三十三話:ハルカタイプ、その性能
レアが言うには、ハルカタイプには三つのバリエーションが存在するらしい。
サイハテ達と共に居たハルカのような万能型と、爪ハルカのような白兵戦型、そして屋上に陣取っているであろう電子戦型の三タイプだ。
この三タイプで一個小隊を形成し、敵防衛ラインを突破していくのが彼女達の役割らしいが、何故メイド型なのかは、サイハテにもわからない。
して、彼はその性能とやらを見せてもらった事がある。
総評すれば驚異的の一言に尽きるだろう。
七十メートルは垂直に飛び上がれる脚力に、時速百三十六キロ程度の最高速度、歩兵が携行出来る小銃弾程度では傷もつかない位には頑強で、人を簡単に捻り千切る腕力さえ持っている。
しかし、欠点もある。腹部に搭載した有機融合炉と、胸にあるアイアンリアクター、まぁ要するに鉄原子核熱炉が彼女の電力源だ。
それが発する熱量を緩和する為に、大量の水を必要とする事。
余った熱量は頭部の放熱パイプ、要するに彼女が持つオレンジ髪から放出されているから、熱源探知からはまず逃れられない。
ついでに言うと、彼女のナノスキン装甲と言うのは、微細機械が集まった物であり、衝撃を感知すると硬化する性質を持っている。しかし、摩擦には弱いと言う欠点があるので高周波ブレードを防げない。
「……」
息を殺して、発電所の外壁を登っているサイハテはそんな事を思い出していた。
つまり、彼が奴を仕留めるには気が付かれないよう、完全に身を隠した状態で鉄原子核熱炉を破壊する必要がある。
頼りになるのは刀一本とは、なんとも武装面で不安の残る作戦だった。
しかし、元来、ハルカ型は航空機や周囲の電子機器、または軍事偵察衛星とデータリンクする事を前提に作られた兵器だ。十全なスペックを発揮できていない状況ならまだ勝機がある。
サイハテは幾重にも張り巡らされたパイプを乗り越え、あちこちに設置されている機関銃タレットや動体センサーに引っかからないように、移動していく。
陽子に、観測手の居場所は聞いているから、探索する手間は省けている。
後は、どうやって奇襲するかだか、生憎、奇襲して一撃で仕留めると言う技術は一つしか知らなかった。彼に出来るのは身を隠して背後から急所を突く事だけ、胸に鉄原子熱核炉がある事は知っている。後は美味くやるだけだ。
パイプを登り切り、天井の縁に指を掛けると、片手でぶら下がる。
胸元からこっそりと手鏡を出して、これまたこっそりと屋上を覗いてみる。すると、そこにはオレンジ色の髪をした侍女が立っていた。
メイド服は雨と海風で痛み、ところどころ破けてしまっている。破けた部分もそうで無い部分も、白い肌と青みがかった金属の骨格が見えてしまっており、放って置いても遠くない内に故障してしまう事が目に見える。
自動メンテナンス機能も、限界があると見えた。
彼女が首を動かして左右を確認するだけで、その関節は軋みを上げて、鈍い音を立てている。
誰の為に、この施設を守り保全しているのか、それを考えたら少しばかり寂しい気持ちになるが、技術は人の為に使われてこそだ。
サイハテは容赦なく、彼女が顔を背けた時に襲い掛かる。
足音も無く、呼吸も無く、衣擦れもしないとなれば、音はしない。彼女が風を切る僅かな音に気が付いた頃には、背から胸へと、紫電を纏う白刃が突き出ていた。
「――――あっ」
壊れかけた人工声帯から、ノイズ混じりの声が聞こえる。
刀を引き抜くと、彼女達の血液、白い電解液が溢れて屋上を染め上げる。もう、電解液を循環させるポンプも動いていないのだろう。
酒瓶を傾けたように、トクトクと穴から白い液体が溢れていた。
「……まだ、動くのか」
刀を引き抜いたサイハテは、彼女が果てるまで見守っていようと思っていたのだが、目の前の電子戦型は一度ついた両膝を立てて、もう一度立ち上がろうとしている。
「……敵、発見。排除、排除ぉ!!」
彼女は手に持っているチェーンガンを彼に向け、何度も引き金を引くが、潮風で錆びつき過ぎたのだろう。引き金を引く振動で、パラパラと錆砂が銃から堕ちるだけだった。
あまりにも、鬼気迫る表情だが、どこか忍びない姿だ。
サイハテは一歩一歩近寄ってくるメイドが、自分の間合いに入るまで待つと、水平に構えた刀で一閃し、首を跳ね飛ばしてやった。
「おやすみ」
皮一枚で繋がった首を引きちぎり、背嚢に詰め直してからゆっくりと歩き出す。
どうやら、配置されていたセンサーやタレットは、統括者であるハルカが死ぬと機能を停止する仕組みだったようだ。
後は発電所内から目標の部品を回収し、陽子達の援護に向かうだけだが、少しばかり悪い事をしてしまった気持ちになる。
「……次は、もうちょっとまともな任務を与えてやるからな」
持って帰って初期化すれば、レアなら何かしら役立ててくれるだろう。
それを期待して、ちょっとだけ罪滅ぼしをしたような気分になるサイハテだった。