三十二話:侍女撃滅作戦2
サイハテと陽子達は避難場所としていた廃屋の前で別れた。
少女が考えた作戦は至極単純な物で、単純だからこそ、成功する確率も高い。
解れた道先で、パルスグレネードを使ったトラップの設置作業を進めつつ、立案者たる陽子は後ろ暗い表情のまま思案していた。
「陽子姉さん、こっちの作業は終わりました」
潤に声をかけられて、ようやく、自分がやっていた作業が終わった事に気が付く位、彼女は考え込んでいた。焦ったように顔を上げた少女は、無理矢理笑顔を作ると少年に向かって労いの言葉をかける。
「ご苦労様。それじゃ、サイハテから連絡が来るのを待ちましょうか」
指揮官は腕を組んでふんぞり返るのも仕事だと、別行動の彼に教えられたので、愚直までとはいかないが素直に実行している陽子の姿は痛々しい。
「はい。わかりました」
潤も素直に頷くと、少女と一緒に適当な物陰に隠れる為、移動を開始する。
隠れる理由は単純、爪装備のハルカ型が巡回している可能性があるので、発見率だけでも下げておこうと言う魂胆である。しかし、サイハテのように隠れ慣れている訳でも、隠れ方を知っている訳でもないので、気休めだ。
それでも、遮蔽物に隠れている事から、棒立ちしているよりは発見される確率は下がるだろう。
微々たる下落だが、しないよりはずっとマシである。
「……陽子姉さん、西条さんは本当に一人で良かったんですか?」
爪を装備したハルカ型が巡回して来るまでは、待ちの一手だ。
余りにも暇なので、潤は思わずそんな不安を口にしてしまう。その不安は陽子も感じている物だが、ここで士気を下げても仕方ない。
少女は無理矢理笑みを形作ると、大きく頷いて返事をする。
「大丈夫よ。あいつはすっごい兵士なの、ずっと昔にジークって呼ばれていた位、凄い兵士」
「ジークって、あの物語のですか? 御伽噺だったんじゃ……」
少年は随分と訝しんだ発言を口にした。
文明が消え去ってから二百五十年、それが真実であると確認する術のない記録は、現代を生きる人間にとって物語と変わりなかった。それ故の反応に陽子は少しだけ悲しくなる。
「偽物なんかじゃないわ。あいつは、本物なのよ」
本物と言われても、潤は首を傾げる他ない。
サイハテは筋骨隆々の偉丈夫だが、それだけで伝説の諜報員だと分かる訳がなく、彼の反応も致し方ない部分がある。
元々頭に血が上りやすい陽子だが、それを咎めない程の冷静さは持ち合わせていた。
「今は私達の心配をしましょ。成功するかどうかは、五分五分なんだからね」
「それもそうですね」
素直に頷いた潤を見て、少女は胸を撫で下ろす。
ここで自棄になられでもしたら、今までやった準備が台無しだからだ。
陽子側に取れる策は待ちの一手しかない。
ハルカ型は機動力、火力、展開力どれをとっても一級なので、そうでもしなければ攻撃のチャンスが来ることはないのだ。
「とにかく、待ちよ。チャンスが訪れるまで、ずっと待ち」
「長丁場になりそうですね」
「……そうね」
早く片付けば、サイハテの援護に行けるのだが、こればかりは運が絡むので少女達にはどうしようもなかった。
二人は息を潜めながら、爪ハルカが通るのを待ち続ける。
一方その頃。
変態のお兄さんは海を泳いでいた。
水をかき分けながら、暗い青で縫ったシュノーケルで呼吸し、水しぶきを立てないよう慎重に海中を進んでいる。
目指す先は発電所、観測手が居る場所までだ。
海と言うのは厄介な物で、潮流によって流される所か、終末前でも危険な生物が多々存在する。
毒を持ったタコに、刺胞生物のクラゲ、肉食のサメやシャチならまだいい方で、サイハテが恐れて居るのはそんな毒を持った生物だ。
刺されると酷い痛みを伴う上に、二回目以降ではアナフィラキシーショックを起こす可能性だってある。
人より優れた免疫組織を持っているアルファナンバーズにとって、そう言った自然の動物と言うのは天敵であった。
しかし、今サイハテが恐怖しているのはクラゲではない。彼より深い位置を優雅に泳いでいる全長六百メートルは超えて居そうな巨大ウツボとか、水面を走行している巨大アメンボである。
「……」
やるとか言うんじゃなかった。
そんな後悔を胸に抱えつつも、彼は作戦目標に向かって前進していた。
奴らを刺激しないように、緩やかに泳ぎつつ、速やかに目標へ向かうと言う器用な真似をしている。臆病者と言うのは、ビビらせれば不可能を可能にするのだから、始末に負えない。
相変わらず、海底付近では常識はずれなサイズのウツボが泳いでいるし、いつぞやの千葉海岸で見た巨大甲殻類ビクラブが闊歩しており、サイハテの恐怖心を更に煽る。
自由に身動きが出来ない海中で、奴らと戦闘になる事だけは絶対に避けたかった。
変態は危険な海を行く。