三十話:深刻な電力不足9
「……フッ」
陽子の作戦説明を聞いて、思わず吹き出してしまった。
何しろ、サイハテの考えている作戦とほぼ同じような内容であったからだ。違う部分と言えば、全員が危険か、サイハテ一人だけが危険かの違いだけである。
だが、彼が考えた物より、彼女が考えた物の方が僅かながらも成功する確率が高い。
「君の案で行こう」
サイハテは即決断した。
「え、い、いいの……?」
立案者は少々不安そうだったが、寧ろよく考えたと言ってもいいだろう。
「ああ、ダメな理由がどこにある。まさか俺が君達の安否を気遣うとでも?」
最近伸び始めた前髪を掻き揚げながら、凶悪に笑うサイハテだったが、
「うん。いつも気遣ってくれてるから……」
「………………」
素直に頷かれて、言葉を無くしてしまう。
確かに、気遣っていないと言えば嘘になるが、そこはもう少し恰好を付けさせてくれてもいいんじゃないかと、彼は口の中で呟いた。
「……まぁ、いい。それでは作戦準備と行こうか」
ぼやいていても、未来は変わらない。
背負っていた背嚢を下ろすと、サイハテは中から一つの金属ケースを引っ張り出す。中に円筒型の缶が詰まっているケースだ。
「そら、俺が持ってきたパルスグレネードはこれで全部だ。いいか、一応使い方を説明しておくから、間違えるんじゃないぞ」
金属ケースの蓋を外し、中から缶を引っ張り出して、その中に密閉されているリンゴ型のグレネードを取り出してみせる。
「一番上の突起が安全装置だ。ピンを抜いて、一度叩けば信管が起動する。どんな衝撃でも爆発する敏感な信管だから、普段は絶対にピンを抜くんじゃないぞ。至近距離ならば人間でも黒焦げにする威力がある」
発生する電子パルス自体に殺傷能力がある訳ではなく、パルスに変換しきれなかった余剰電圧が危険なのだった。
陽子はアップルを手に取ると、武骨なカーキ色のそれを見つめると、一つの質問を彼にぶつける。
「ねぇ、これを一斉に起爆する方法ってあるの?」
彼女の質問に、思わず片眉を跳ね上げるサイハテだが、一度は信頼すると決めたのだからと、その方法を教えておく。
「非常に不安定になるし、罠として仕掛けるしか選択肢は無くなるが、あると言えばある」
「どうやるの?」
「安全装置を取り外して、信管同士を銅線でつなぎ、起爆装置に取り付ける事だ」
「起爆装置って?」
「こいつの場合は電流が流れるようにするだけでいい。起爆装置は俺が作ろうか?」
「うん、お願い」
陽子の願いに、少し待てとだけ言って、彼は部屋から出ていってしまう。
この家の付近から、装置に必要な物を探してくる腹積もりだろう、そこまで遠くには行かないだろうし、行っても、彼ならば不安はない。
「……あの、陽子姉さん。僕、さっきの説明でよくわからなかった部分があるんですけど」
そして、二人きりになれば、言いづらい事を口にする潤が居た。
「うん? 何がわからない?」
「その、僕らが囮になるって、どうしてあれが囮になる訳なんです?」
「ああ、あれね」
先程までサイハテが腰かけていたベッドに腰を下ろすと、彼女は手持ちの銃器を点検し始める。
プラズマロングガンから、腰にぶら下げているSIGまで、一度分解しては汚れや破損がないかを確認して、組み立てていた。
「あの殺人メイドたちはね、電子的に繋がっていていると思うの。通信機か、データリンクかはわからないけど一方が発見すれば、もう一方も気が付くのは、わかるわよね?」
わよねと首を傾げた陽子に、少年は大きく頷いてみせる。
それはもう身を以て味わった恐怖である、そうそう薄れる物ではない。
「それは利点でもあるけど、時には欠点にもなり得るのよ。いくら処理能力が高くても、彼女達は人型をしているからね」
人型をしているのが弱点と言われて、潤にも思い立ったようだ。
「ああ、目は二つしかありませんからね」
「そう言う事。見れる方向はそう大きくないってね」
拳銃を組み立てた彼女は、それをホルスターに戻してから笑ってみせた。思わず吊られて笑ってしまいそうな程、綺麗な笑顔だった。
半壊した建築物に、埃と瓦礫塗れの部屋には似つかわしくない光景だ。
「ん、おかえりなさい」
「おう、ただいま」
そうしていると、足音も気配もなく、彼が戻ってきていた。
手には、いくつかの銅線と、少しばかり錆びているがまだまだ使えそうな電子部品を持っており、収穫はあったようだ。
「今から組み立てる。終わったら作戦開始だ、準備はいいな?」
もう既に制作に入っているサイハテに、陽子は返事をする。
「武器は問題ないし、弾薬もまだまだあるわよ。でも……」
「……でも?」
「潤が武器を持っていないわ。正確には持っているんだけど、あの銃じゃ……」
あの銃と言われて、見なくてもわかってしまう。
銃身と撃針がついた、単発式のお手製銃だ。使っている弾薬は拳銃弾な上に、恐らく、黒色火薬を詰めて弾頭をくっつけただけの粗悪なものに過ぎない。
ついでに、先込め式だろう。
「成程な。それじゃあ糞の役にも立たないだろう、俺の銃をと言いたいが……」
床に置きっぱなしの分隊支援火器を持ち上げて、潤と見比べてみる。
少年も、持つには大きすぎる機関銃を見て、サイハテと同じような表情を浮かべていた。
「お、おっきいですね」
「……持てても走れんだろうなぁ」
囮としては不適格になるだろう。
一応、車に予備の銃器は積んであるのだが、サイハテは起爆装置の組み立てがあるし、易々と戻る訳にはいかない。
となると、陽子か潤が向かうしか手段はないのだが、作戦前に無駄に疲れさせる上に、彼女達の足では往復一時間半はかかってしまう。そうすれば日は傾いて、危険度が増す。
彼は腕を組み、考える。
起爆装置を組み立てて、それから走るとなっても時間が足りないだろうし、囮には二人が必ず必要になる。明日に延期すると言う手もあるが、それでは潤の街が心配になるから、それも却下だ。
サイハテがうんうん唸っていると、遠慮がちに潤から声をかけられた。
「あの、西条さん」
少し、眉尻をさげたまま返事をする。
「なんだ?」
声色に感情はないが、取っ付きにくくないと言う、不思議な芸当を見せた彼に、答えてみせた。
「起爆装置、スイッチを押したら電流が流れるようにすればいいんですよね? それ位なら、僕が作れます」
「それなら、お前に任せよう。俺は武器を取ってくる」
サイハテの決断は早い。
「陽子はここの守備を頼む。三十分で戻ってくるから、それまでに起爆装置を組み上げておいてくれ」
「わかりました」
「わかったわ。敵が来ても、なるだけ戦闘は避ける方針でいいのね?」
「ああ、完璧だ。それじゃあ、後は頼んだぞ」
そう言うなり、少しの時間も惜しいのか、彼は窓から飛び降りると一目散に駆け出していく。相変わらず、軽自動車か何かと見まがうようなスピードで、もう見えなくなってしまった。
陽子はプラズマロングガンを持つと、窓の横に隠れて、外の様子を伺う事にした。敵は来ないとは思うが、万が一というのがある。
必死で組み上げている潤の為にも、警戒を休めるつもりはない。




