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終末世界を変態が行く  作者: 亜細万
一章:放浪者の町
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三話

 放浪者の町ワンダラータウン、川の中州にある中継地点の町である。

 長い年月によって、川の流れが変わった利根川、その中洲に大きな町を立てたのだ。ここは日本一ホットな地帯である東京栃木群馬を通らずに、近畿地方や東北地方にいける港街の二つに挟まれた町な為に、様々な人間が通り抜ける町だ。

 文明が終わっても、人類は前文明の遺産を食いつぶしながらも、そこそこな暮らしが出来ていると言えよう。例え、街中を人型猫や人型蜥蜴が闊歩して、ちょっと路地裏を覗き込めば婦女子が強姦されていたり、強盗殺人の真っ最中だとしても、そこそこな暮らしと言ったらそこそこな暮らしなのだ。


「ふんっ!」


 そして、サイハテのスレッジハンマーフルスイングに匹敵するパンチが、スリの頬骨を粉砕したとしても、そこそこな暮らしなのだ。

 陽子は地面に倒れ臥し、痙攣するスリの女性を見ながら、


「ちょ、ちょっとやり過ぎなんじゃないかな……」


 と苦言を申し立てた。


「えー……手加減したんだけどな」


 本気でぶん殴ったら、一般ピープルの頭なぞスイカのように弾け飛ぶとはサイハテの言葉だ。拳一つでユーはショックなのである。


「まぁ、生きてるからいいけどね」


 陽子も大分この終末世界に毒されてきたようで、ぶら下げた拳銃に手を当てながら、そんな事を言っている。レアも、しつこく絡んでくる酔っ払いにレンチの殴打を加えている時が多々ある。


「……なーんか、荒んでるわよねー」


 陽子は周囲の貧民街と差して変わらない民度の中心街を見ながら、ごく当たり前の事を喋る。サイハテとしては今更感が否めない。


「ま、豊かでない世界ってのはここに似たような雰囲気ばかりだからな。俺達が強いって知り渡れば、手を出してくる奴らも減るさ」


 弱きに強く、強きに弱いのが人間の本性だ。

 ここの現状はある意味正しいのだろうと、陽子も予想は出来ている。


「で、サイハテ、情報収集ってどうするの?」

「もう終わったよ」

「え?」


 荒んでいるなら仕方がないと、話題を変えた陽子に飛び込んできた情報は驚くべきものだった。誰にも話しかけてもいないのに、情報収集は終わったと言っているのだ。


(……からかわれてる? って訳じゃなさそーね)


 サイハテの足取りは真っ直ぐで、ある一定の地点へと向かっていることが見て取れる。一体全体どうやって、目的地の場所を知ったのだろうか?

 などと、疑問の表情を浮かべていると、それを見て取ったのか、サイハテは答えを教えてくれた。


「道行く人間の噂話やら世間話やらに耳を傾けていたんだ。酒場からの談笑も聞こえてきて、俺が情報を集めるには十二分な状況下だ」


 サイハテは、とんでもない事を、なんでもない事のように言い放った。

 それを聞いた陽子の表情は思わず引き攣る、往来は様々な喧騒に満ちており、道行く人間は百や二百じゃきかない程に多くて、その中の噂話や世間話なんかは、雑音にしか聞こえない程の喧騒だ。それを聞き取ったとサイハテは言った。

 しかも、陽子やレアと談笑しつつ、スリをぶん殴って、カツアゲするチンピラをぶちのめしていたとでも言うのだろうか。


「と、とんでもない変態ね……」

「……今変態関係なくないか?」


 服だって来ているし、何か奇抜な事をしている訳でもないのに、酷い言い草である。


「褒めてるのよ」

「そのほめかたは、まちがってる、きがする」


 レアだってツッコミを入れちゃう程のひどさだ。

 そんなこんなしている内に、サイハテはあれが目的の建物だと、そこそこ大きな木造の建物を指差している。

 その建物には看板があって、その看板には、


「マーセナリー、ネスト?」


 傭兵の巣と書かれていた。

 アメリカーンな、酒場風の建物で、マカロニウェスタン風のドアの向こうには屈強な男達が、朝っぱらから質の悪そうなビールを飲んでいるのが見て取れる。


「本当にここでいいの?」


 どう考えても、敵側の建物であるマーセナリーネストに、陽子は眉間に皺を寄せる。ぶっちゃけ入りたくないが、こんな往来に放置されたら陽子やレアなぞ一気に裏路地に引き込まれてしまうだろう。


「いいんだよ、おっじゃまー」


 腰が引けている陽子とは裏腹に、サイハテはさっさと中に入ってしまう。レアも、こう言った場所に興味あるのか、サイハテの後ろに続いている。


「あ、待ってよ!」


 サイハテが中に入ると、陽子の周囲が一気に殺気立ち、身の危険を感じ慌てて彼の背を追いかけて中に入る。傭兵たちの視線が、一気にこちらに集まってくる。サイハテの体つき、立ち振る舞いから値踏みするような目に、陽子やレアを嘗め回すような視線すら感じる。

 様々な憶測が、彼らの脳内で溢れているのだろう。

 サイハテはそんな彼らを一瞥すると、カウンター席でこちらを値踏みしているおやっさんの元へと真っ直ぐ歩いて行く。背筋を伸ばし、胸を張った堂々とした立ち振る舞いを行って魅せた。


「よう、こんちわ」


 カウンター席の前で、サイハテは気さくに挨拶をしてみせた。


「ここに来れば仕事が貰えると聞いてきたんだが、細かいルールなんかを説明してくれるとありがたい」


 酒場の親父は強面の表情を更に引き締めると、磨いていたグラスを適当な場所へと置いてからゆっくりと口を開く。


「ここはお前さんのような若造が女連れでくる場所じゃないぞ」


 表情によく似合った、低くて強烈な威圧感のある音色が、頭と同じくらいに太い首から発せられている。あからさまな威圧に、陽子は思わず身を竦める。


「なに、こんな場所だから色気がねぇと思ってね。俺からのサービスって事にしといてくれよ」


 おどけたようなサイハテの言葉に、親父は思い切り鼻を鳴らした。


「度胸と図体だけはいっちょまえだな、若造」


 敵意ある瞳が、サイハテへと向けられる。

 周りで酒を飲んでいた傭兵達もそれに呼応して、ピリピリした雰囲気を出している。そんな状況に飲まれた陽子とレアは脂汗を流しながら、落ち着かない様子で周囲の状況を見ているが……敵意の中心であるサイハテはヘラヘラと不気味に笑っている。


「おやっさんや」


 サイハテはいつもの軽い調子で、親父に声をかける。


「……なんだ」


 それに対する酒場の親父は、妙に重苦しい調子で声を絞り出している。


(……絞り出している? あれ、だって威圧されているのはサイハテで……でもなんで、親父さんの方が余裕がないの?)


 そこで陽子はそんな疑問を感じてしまった、サイハテはヘラヘラ笑っているだけのはずなのに、どうして威圧している人間の方が余裕がないのだろうかと。

 陽子はそれで、本能的に避けていたはずなのに、今のサイハテの表情を見て、尻もちを着いてしまった。


「なんで……なんでこの状況で……あんたはブラジャー食べてるの!? しかもそれ私のじゃないの!!」


 陽子は思わず叫んでしまう、周囲の傭兵達が、今までの緊張感はなんだったのかと頭を垂れているのが見える。

 全力で睨みつけながら、もぐもぐとブラジャーを食べているサイハテと、それに対して全力で困っている酒場の親父と言う構図に変貌している。


「返して私のブラジャー!! それは食べ物じゃないから、お腹減ってるなら何か作ってあげるからぁ!!」


 陽子はサイハテの口に咥えられたブラジャーの端を掴んで、取り返そうと引っ張っているが、残念ながらサイハテの顎の力の方が強いらしくて、ブラジャーは微動だにしていない。


「って、これ私が今朝つけた奴じゃない……あ、今の私つけてない!? 何時の間に盗ったのよ!!」

「そりゃ、酒場に入る時だよ。つか気づけよ」


 サイハテが喋った隙に、陽子は口元からブラジャーを強奪する。涎でべちょべちょのそれを、嫌そうな目で見た後で、仕方なしにポシェットへとしまうのだった。

 変態(サイハテ)は少しばかり残念そうな目を向けた後、誰の物とも知れない赤いTバックパンツを、頭に装着した。


「ああー! てめ、そりゃあたいのパンツじゃねーか!!」


 酒場の一角から、そこそこ美人な女傭兵が悲鳴に似た怒鳴り声を上げている。そちらの方に向き直ったサイハテは、どうだと言わんばかりの表情を見せると自らの懐から色とりどりの下着を引っ張り出すのであった。

 酒場内の女達が一斉に悲鳴を上げる。盗まれた下着の持ち主はサイハテが通った通路に面している女性ばかりの物だった。


「死ね変態!!」

「あたいのパンツは安くないよぉ!!」

「い、いつのまに!?」

「それ、お気に入りだから返して貰えるかしら?」

「なんで俺のトランクスまでスっているんだ……」


 酒場の面々は様々な悲鳴を上げている。そんな中でサイハテは、


「あっひゃっひゃっひゃっひゃっひゃ☆」


 両手を叩いて、すごく楽しそうに、そして煽るように笑っていたのであった。

本領発揮のサイハテ、盗まれた下着はスタッフがおいしくいただきました。

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