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終末世界を変態が行く  作者: 亜細万
五章:アルファ・クラン
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バレンタインデー短編:貴方にチョコレートを:前

 武骨な防弾コンクリートで囲まれた部屋を、可愛く彩っているのは南雲陽子だ。

 鉄パイプで出来た、頑丈だが少々味気ないベッドも、毛織物や染めたシルクで彩り、華麗に仕立て上げている辺り、彼女の女子力を感じる。

 陽子は部屋の隅に置かれたベッドの上で惰眠を貪っていたが、部屋中に鳴り響くアラームによってたたき起こされた。


「んー……」


 兎が時計を抱きしめているような目覚まし時計を停止させて、彼女は煩わしそうに眼を開く。

 ぼんやりとした視界には、黒い天井が映っており、それがまた陽子の目覚めを妨害する。普段ならば、後一時間と三十分は惰眠を貪っていた所だろうが、今日は成さなくてはならない事がある。

 その為に彼女はサイハテが起きるより早く、起きたのだ。


「ふわぁ……ぁふ」


 途中まで出た欠伸をかみ殺し、クローゼットの前に移動する。

 お気に入りの熊柄ピンクパジャマを脱ぎ捨てて、動きやすい長袖Tシャツと、足のラインを美しく見せるカーゴパンツを引っ張り出し、下着から着込んでいく。

 下着箪笥の奥深くにしまってある、乙女の最終兵器を引っ張り出し、姿見の前で合わせる陽子。


「……んー、やっぱり普通が一番、よね」


 スケスケレース下着を合わせるが、彼女はそう呟いて、最終兵器を再び箪笥の奥深くへとしまい込んだ。

 身に着けるのは、いつもの白い下着一式である。変に気取った下着なんかを着けると、彼がドン引きしてしまう。

 それで無くとも、男と言うのは女の身に着けている下着より、その中身に興味がある奴等である。


 どこぞの変態は中身より下着の方に興味深々だが、あれは特別な例だろう。女性が恥ずかしがる姿ではなく、下着に付着した老廃物の方が嬉しいらしいし。

 何はともあれ、無事に着替えた陽子は鏡台の前でささっと髪を梳り、手っ取り早く髪を整えると足早に厨房へと向かった。


 館山要塞の厨房は、数百人数千人の料理を一度に、しかも大量に出す為か、とてつもなく巨大な上に、様々な道具がこれでもかと言う程揃っている。

 時代が移り変わっても、美味な食事と言うのは人間の根幹を成す物らしく、長期戦を想定した(とサイハテは言っている)要塞ならではの設備と言えよう。


「なぐも!」


 厨房には妖精のような眠そうな少女、レアが先に待っていた。

 手にはミルクチョコレートを沢山持っており、それだけでやる気十分と見受けられる。陽子は眠そうな表情から一転、人懐こそうに笑うと、彼女に向かって優しく声をかける。


「準備万端ね」

「もちろん! さいじょーにおいしーっていってほしー」


 今日は二月十四日。

 乙女の聖戦(ジハード)、バレンタインデーである。愛しい人の笑顔を見る為に、己が気持ちを伝える為に、はたまたは職場や学び舎での円滑な人間関係の為にも、日本乙女とある為には外せない日だった。

 甘く蕩けるチョコレートは乙女の真心、恋心なのだ。


「やるわよ!」

「うんっ!」


 陽子とレア、幼いとは言え乙女である。

 今日は気合たっぷりで、どっかの変態にあげる為、早起きしてまで厨房と言う名の戦場へ赴いてきている。絶対に美味しいと言わせるためにも、今日まで研究を欠かさなかった。

 その努力が報われるかどうかは、この一時に詰まっているのだ。


「あら、チョコ作りかしら?」


 そんな気合十分な二人に声をかける妙齢の女性。

 レアの依頼で連れて来られた女性研究員兼医療統括責任者の奈央だ。チョコレートを湯煎している少女二人の背後から唐突に声をかけ、大層驚かせた。


「な、奈央さん? 朝、早いですね?」


 唖然としているレアを尻目に、陽子は遠慮がちながらも、しっかりと声をかけている。


「ええ、私もチョコレートを作ろうと思って」


 そう言って、奈央は懐から数枚のチョコレートを引っ張り出した。

 江戸製菓のホワイトチョコレートと、ミルクチョコレートの組み合わせだろうか。二人が作ろうとしているチョコとは、かぶらないラインナップである。

 彼女は板チョコを扇子のように広げて振ると、湯煎の為に、違うコンロへと向かって行った。


 しかし、聞かなくてはならない。

 作ったチョコを誰にあげるのか、それを尋ねなくてはならない。これは乙女の聖戦だからだ。


「あのぅ、誰に差し上げるんですか?」


 それはいつも陽子の役目、案外、レアは人見知りする性格なのかもしれない。


「同僚と、西条君達にあげるのよ。まぁ、お義理ね」


 その返答を聞いて、二人の少女は胸を撫で下ろす。

 陽子やレアと違って、奈央は立派な大人の女性だから、サイハテが靡く可能性が最も高い人でもある。スタイルだって抜群だし、肌は荒れ気味だが、見てくれだって男垂涎の養子だ。

 普通にやりあっても、女の魅力で負けている。だから、二人は最も警戒しているのである。


「そうですか……」

「よかった」


 だったら何も警戒する必要はない。

 二人はあの変態に、グルメ漫画の如くリアクションを取らせる事に集中すればいい。溶けたチョコレート相手に格闘を始めた少女達を見て、奈央はわずかながらに微笑むと、自分もチョコ作りに熱中するのだった。


 朝六時、朝風呂を終えたサイハテが腹を空かせて、食事を求めにやってくる頃に、チョコレートは完成する。

 陽子の紅茶を使ったチョコガナッシュはいい匂いがするし、レアが初めて作ったチョコブラウニーは少し焦げてはいるが、十分食べれるものだろう。


 二人は、さっさとチョコを作って出ていった奈央の事に気が付かず、息を潜めて食堂でサイハテを待ち受けていた。

 一生懸命隠れている様子は伝わるが、ちょくちょく食堂に現れるアルファナンバーズにはバレバレで、訝しむような視線を向けられている。


 そこに、足音も無く目的の人物が現れた。

 どこで手に入れたのか、レアが昨日まで履いていたパンツを巻き付けてある骨付きチキンを齧りながらの登場である。

 彼の中で焼き鳥は、タレか塩かパンツの味付けなのだろうか。


「……君達は何をしているんだ?」

「いや、あんたこそ何を食べているのよ……」


 一発で隠れている場所が見破られ、彼に怪訝そうな声色で尋ねられたが、逆に聞き返してやった。

 めでたいかどうかはよくわからないが、せっかくのバレンタインデーにとんでもない物食べながらの登場で、二人の少女は少しご立腹である。


「見てわからないか。鶏肉だ、レア味の」


 悪びれもなく言い放つサイハテに、非難の視線が集中した。

 半眼になる陽子と、元々半眼で眠そうなレアの視線だ。それを受け止めながらも、涼しい表情のままでいられるのは、大概だろう。


「……ぼくの、おいしー?」


 このままでは埒が開かないので、口火を切るのはゆるふわマッドサイエンティスト幼女だ。


「ああ、程よく塩気が効いていて、口の中に君の香りが広がってな。大変美味だ」

「……あっそ」


 真剣な表情で、幼女のパンツをもっちゅもっちゅと食べている変態に、パンツの主は赤面して目を反らした。

 こいつにはもう少し、デリカシーとか、気遣いとかないのだろうか。そう思う陽子だったが、こうなったサイハテに何を言っても無駄なので、さっさと本題に入る事にする。


「ねぇ、サイハテ。今日は何の日か知ってる?」

「煮干しの日だな」

「…………………………」


 冗談めかして言うと、陽子は怒ったかのように目を吊り上げ、レアは悲しそうに眉尻を下げた。


「冗談だよ。今日はバレンタインデーだ」


 彼は二人の反応に満足すると、肩を竦めて言った。少女を揶揄うのは楽しいのか、口に咥えた骨が上下している。


「それで、なんだ。俺にカードでもくれるのか? 生憎、俺は何も用意していなくてな……」

「カードじゃないわよ」

「かーどじゃない」


 バレンタインデーとは親しい者同士で物を送り合ったりする。本来は恋人の日で、愛を誓いあう日なのだが、日本では変な発展を遂げて、チョコレートを女性から貰える日になっていた。

 恐らく、製菓企業の陰謀だろう。


「違うわよ。チョコレートよ、チョコレート」

「せいよーしきのが、よかった?」


 少女の反応は様々だ。

 それでいて尚、何かを隠すように後ろ手をサイハテに向けようとしない。日々成長中の二つの胸が、変態に向けられているのは、非常に危険なのだが、わかっているのだろうか。


「ほう、チョコレートをもらえるのか? それは嬉しいな」


 どうでもいい話だが、世紀末変態こと西条疾風は食べる事が好きである。

 どんな食材でも、美味ければ好き嫌いはしないので、メニューに困る事はないが、不味ければ見る見る内に凄く悲しい表情をされるので、料理長の陽子はとてもとても気を使っていた。

 このチョコレートが口に合うかどうかはわからないが、なんとしてもこれだけは渡したかった。幸いな事に、サイハテは助け舟らしきものを出している。食い意地が張っているとも言える。


「う、うん……サイハテ、ハッピーバレンタイン」


 綺麗に包装されたチョコレートを手渡すと、彼は優しく受け取って微笑んだ。


「ありがとう、すぐに食べさせて貰うよ」


 時たま見せる自然な笑顔に、胸が高鳴る陽子。ついつい顔を反らしてしまうので、まじまじと見た事がない、視線を元に戻した時には、その笑顔は消えているからだ。


「さいじょーさいじょーぼくからも」


 レアから手渡された、大きな箱は手慣れていないが、しっかり包装されている。


「ありがとう、可愛い包装だな。頑張ってくれたのか?」

「……う、うん。ぶかっこー、だけど」

「そんな事ない。素敵だよ」


 ふわふわの金髪に伸ばされる手、普段よりも優しく撫でられたレアは、潤んだ瞳で、見つめてはいけない変態を見ている。じぽ確の事案発生で、お巡りさんは忙しくなるだろう。


「それでは、さっそくいただこうと思うのだが……いいかな?」


 二つの箱を抱えて、彼は少しだけ弾んだ声で尋ねてくる。

 なんだか普段と違うサイハテを前に、二人の少女はただ頷く事しか出来なかった。二人の胸中にあるのは、いつもより二割増しで優しいサイハテが、悲しむ出来事にならないよう位だった。

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