二十七話:深刻な電力不足7
適当な家屋に逃げ込むと、こちらを見失ったのか。爪を持ったハルカ型は周囲を散策し始めた。
吹き飛ばされた腕の断面からは、スパークが迸り、まるで怒りでも抱いているかのように探していたが、諦めたのだろう。表情を歪ませると、跳躍してどこかへと去って行く。
「……悪い事しちゃったかしら?」
そんな様子を、サイハテを一緒に見ていた陽子が、そう評した。
「元々故障していた方だ。切除の手間が省けたじゃないか」
申し訳無さそうな少女に対し、男の方は悪びれた様子もない。
殺人機械侍女がどこかへ行ったのを確認すると、すぐに興味を無くして、救出した少年の方へと視線を向けている。
彼に釣られて、陽子も男の子を見てみると、少年の有様が理解できた。
糞と小便でズボンを濡らし、未だ恐怖で震えているので、哀愁を誘う姿だ。
女の子みたいな顔立ちに、華奢な体をしているからか、陽子は彼を自分より年下だと判断した。そして、リュックの中から水を取り出し、洗ってあげようとしたその時である。
「止せ」
水を持った手を、サイハテに捕まれて制止されてしまう。
当然、少女は苛立った。
腕をつかむ彼を睨み、なんでこれを止めなくてはいけないのかと、表情と視線で抗議する。
「男に情けをかけるもんじゃない。そらっ」
子供、ではなく、男、とサイハテは呼び、水をひったくると少年の方へと投げ渡してやった。
「この家にもバスルーム位はある。そこでとっととケツを洗ってこい、服はくれてやる。ソイツは処理しろ、出来るな?」
声色が優しくない、陽子はそう感じた。普段のサイハテは、子供と話す時、随分と穏やかな口調をするものだが、今回は随分と厳しい口調だ。
それでも、少年は嬉しかったのだろう、パァっと笑い。
「あ、ありがとう!」
礼を言って、部屋から退出していく。
随分と可愛らしい男の子だ。
「ねぇ、サイハテ。もう少し優しくしてあげたらどうかしら?」
「必要ない」
相手は子供なんだから、と言う陽子の進言をにべもなく、サイハテは切り捨てる。
当然、少女の機嫌は悪くなってしまう。
「なんでよ。私より年下の男の子よ?」
「だろうな。随分と小さいが、十二歳位の年齢だろう」
十二歳位と聞いて、彼女は驚いているだろう、何しろ、レアと同い年位にしか見えない程、小さいのだから。
「だったら優しくしてあげたら?」
「優しくされた方が、傷つく時もある。男ってのはそう言う生き物だ」
「ふーん? 変なの」
みっともない姿を女に見せるのは忍びないだろう。
そう言う配慮なのだが、やはり、わからないようだ。
「それで、あの子どうする? なんの考えも無しに助けちゃったんだけど……」
不機嫌そうな表情から、申し訳無さそうな表情へと変わり、陽子が尋ねてくる。
とは言えど、脊髄反射で助けようとするのは、彼女の良い所でもある。別段、サイハテは目くじら立てる事もなく、ゆっくりと口を開いた。
「目的は果たす。着いて来るか来ないかは、アイツに決めさせる」
積極的に他人の人生へ口を出したりはしない。
元の街に戻って平和に暮らすも良し、それともこちらに着いて来て、兵士の訓練を受けるもよしと、彼は考えている。
「そっか。来てくれると嬉しいね」
にっこりと微笑んで、陽子は本心から言っていた。
館山要塞に来ても、待っているのはサバトとの戦争である。彼の事を考えるなら、元の街へと戻って平和に暮らすよう諭すべきなのだが、彼女はそれを考慮していないらしい。
戦争を知らない、子供らしい意見だ。
「来ない方が、長生き出来るかも知れんぞ」
「長く生きる事が幸せじゃないでしょ?」
「それもそうだな」
そんな雑談をしていたら、尻を洗ったらしい少年が戻ってきた。
遠慮がちに部屋の扉を開き、顔だけを覗かせている。それに気が付いたのは、サイハテで、彼と目が合うと、少年は少し迷って、部屋に入ってくる。
「よう、もういいのか?」
彼が何かを言う前に、サイハテは気遣うような言葉を投げかけた。
「は、はい! 水と服、ありがとうございました!!」
気を付けをして、大きな声で礼を言う少年を見て、随分といびつな教育をされていると思った。恐らく、殴って躾けられたのだろう。
殴って躾ける徴兵軍は非常に弱い、やはり、軍隊は志願制でなくてはならない。
「こちらからいくつか、質問がある。それに答えて貰いたい。尚、君には黙秘権があり、答えたくない質問には答えなくてよろしい。いいか?」
彼が廃棄した服の肩には、スカベンジチームの徽章があった為、ハーグ陸戦条約に従って捕虜として扱わなくてはならない。
サイハテは変な所で真面目である。
「はい! なんでも聞いてください!!」
気を付けの姿勢を崩さず、少年は大きな声で返事をした。
「よろしい、では、君の名前と出身地を答えて貰おうか」
「名前は谷村潤! 出身地は保田港町です!」
潤と少年は名乗る。
そして、サイハテの予想通り、保田から来たであろうスカベンジャー達の一員だったらしい。聞かなくてはならない事が増えた。
「では、ここに来た経緯と君の仲間の事を教えてくれないか?」
「……ここに来た理由、ですか?」
「答えたくないのなら、答えなくてよろしい」
「いえ、話します。ここに来た理由は……」
少年の口から、ぽつりぽつりと、来た理由が語られる。
土台おかしな装備だとは思っていたが、来た理由も理由で、おかしい物だった。