二十六話:深刻な電力不足6
ハルカタイプを避けて、しばらく歩いただろうか。
丁度、埋め立て地にかかる橋が見えて来て、そこで二人の行軍は止まった。
あのハルカは、施設保全の命令でも受けているのだろう、橋は綺麗に残っており、戦車が通る事も出来そうな位の保全具合だ。
しかし、問題がある。
「遮蔽物がないな」
橋の上には、終末世界の賑わいたる錆びた車すら無く、発電所までの視界は、これ以上ない位クリーンだ。こんなところを歩いて渡ったら、一発で発見されてしまうだろう。
「迂回する?」
「いいや、これ以上の迂回は危険過ぎる……」
観測手が居る事と、イオンモール付近にハルカ型が居る事は確認しているが、敵の戦力がそれだけである保証なんてない。
サイハテは他の戦力に見つかり、挟み撃ちになる状況を警戒している。
「じゃあ、どうしましょうか? そこら辺の建物で夜になるまで待つ、と言うのはどう? いいアイデアなんじゃない」
「ああ、君は知らないのか」
名案を思い付いたと言わんばかりの陽子に対し、彼は後頭部を掻きながら言い放つ。
「ハルカは暗視装置が必要ない位、夜目が利く。ここから発電所まで、一キロちょっと、間違いなく見つかるだろうな」
人間と同じ感覚器を持つハルカ型だが、その感覚器官の性能は、人間を凌駕している。彼女達より優れている目を持つのは、陽子位だ。
「そうねぇ……あ、サイハテサイハテ」
販売所を兼ねた海苔製造所の建物から|リーン【覗きこみ】している彼女が、サイハテの袖を引っ張る。
「なんだ?」
「発電所の屋上にハルカが居るわ。爪ハルカとは、違う個体みたい」
「……ここから見えるのか、凄まじいな」
屋上に居るのは監視ハルカとでも、呼称すればいいだろう。
「当然、私は二キロ位なら、その人の顔を認識する事が出来るわ」
久しぶりのドヤ顔とやらをする陽子。
そんな彼女を見て、サイハテは思わず苦笑いしてしまう。すっかり情を抱いてしまっているのは、いけない事なのだが、今更誤魔化しが効く訳でもないので、態度を変える事はない。
「そうか、なら、そのハルカがどちらを向いているかわかるか?」
「んー、そうね。南の方をじっと見ているわ。何かあったのかしら?」
「なんだと?」
南から来たばかりなので、気になってしまったのだろう。
彼はそちらを見て、驚愕した。ハルカが跳躍した時の土煙を発見してしまったのだ。
「バカな! いつ見つかった!?」
サイハテが驚いたので、陽子もついついそっちを見てしまう。
するとそこには、大きく飛び跳ねたであろう爪ハルカが、滑空しながらこちらに迫っている姿がある。何かを追いかけているように見えるが、それは間違いなく二人の元へと迫っている。
「か、かなり近いわよ!?」
「なんで見つかった……? まぁいい、逃げるぞ!」
力強く少女の腕を引き、変態は走り出す。
時代が時代ならば、事案だ。
腕を引かれながらでも、陽子は爪装備のハルカが迫っている方向から目を離さなかったので、彼女がこちらに向かっている原因を理解してしまう。
「ねぇ、サイハテ。男の子が追いかけられてる!!」
「放って置け! 見つかったのは自己責任だ! 俺達が助ける義理なんてない!」
「じゃあ離して! 私だけでも……!!」
腕を掴んでいるサイハテの手を、振り払おうとする彼女を見て、彼は眉間に皺を寄せた。
君が行ってどうなるんだとか、死ぬだけだと怒鳴ろうとしたが、陽子に怒鳴っても逆効果だろう。何しろ、救える可能性が一厘でもあれば、彼女は救おうとするのだから。
「仕方ない……!」
らしくないとは分かっていても、ここで彼女を死なす訳にはいかない。
「俺が行く! 住宅街に逃げ込むから、君はそこの角から援護しろ!!」
「……うん!!」
大輪の花が咲くように、笑った陽子は胸が高鳴る位可愛らしかったが、それに浸っている時間も惜しい。少年のすぐ後ろまで、爪を振り上げたハルカが迫っており、余裕はなかった。
分隊支援火器を構え、走りながら機械侍女に射撃を加える。
「おい、ちびっこ!! こっちだ!!」
必死に逃げている少年へ怒鳴り、自身が居る方向へと誘導する。彼も気付いてくれたようで、フォームのなっていない無茶苦茶な走り方でサイハテの方に逃げてきた。
ちらりと彼の方向を見て、汚い少年だと印象を受ける。
泥塗れの傷塗れ、必死に逃げてきたのだろう。ズボンは濡れて膨らんでいた。
「……いい根性だ。こっちに来い!」
小便を漏らし、糞も漏らし、泥だらけの傷だらけ、鼻水と涙と、恐怖で歪みまくった顔をしているのに、少年はまだ諦めていないようだ。
彼の背を押してやり、陽子が居る方へと押しやってやる。
「目を閉じろ!!」
そして二人へと警告を放ち、サイハテはパルスグレネードを投げつけた。ハルカの顔に当たったが、怯ませる効果すらない、だが、それは衝撃信管の特注品だ。
「―――――――――――!!」
紫電と共にグレネードが弾けると、彼女は声にならない悲鳴を上げた、チタン合金で出来た骨格がきしむ音だろう。
地面に叩きつけられたハルカに、プラズマロングガンの青白い光弾がぶち当たり、皮膚の残っていない腕を吹き飛ばす。
「援護はもういい! 逃げ込め!!」
富津市の四丁目に逃げ込めば、観測手からも爪ハルカからも逃れる事が出来るだろうが、唐突に増えた足手纏いを思い、サイハテは少しばかりの頭痛を感じるのだった。
いいガッツだ。