二十五話:深刻な電力不足5
少年の遺体を葬ってやりたいと考えたが、サイハテは許可してくれないだろう。
死にかけか、死んだばかりの遺体がある場合、それは近くに敵が居るサインである。
「行きましょ」
のんびりしていると、その敵が戻ってくるかも知れない。
涙を飲んで、先に進む事にした。
少し進むと、ちらほら、先程の少年と同い年位の子供達が死んでいた。どれもこれも、目は開けっ放しで、どこかしらを千切られており、苦悶の表情を浮かべている。
「酷い」
陽子は思わず、そう呟き。
「ああ、酷いな」
彼が賛同してくれた事に驚いた。
驚きで目を見開いている彼女に対し、サイハテは肩を竦めると言葉を続ける。
「どいつもこいつも、持っている武器はこん棒か、パイプピストルばかりだ。保田の方に町があると聞いたが……そこから来たのか?」
言及した酷さは武器の事だったが、それでも遺体の目を閉じてやる位の優しさはあるようで、武器を彼らの胸に置くと死体の目を指で閉じていた。
彼にしては珍しい、死者に敬意を払う行動である。
「保田ってどこ?」
「ここから海岸沿いに、南だ。鋸南町、だったか? 俺も記憶が定かではない」
「ふーん?」
「昔な、一度だけ妻と魚を食いに行った事がある位だから、正確に覚えていない。記憶力には自身があるんだがな……俺も年か?」
「あんた、二十歳かそこらでしょうよ……」
加齢について、真剣に悩み始めるサイハテを見て、陽子は呆れたように言い放った。彼はハゲでも気にしているのか、頭頂部を触って安堵の息を吐いている。
大丈夫なようだ。
「いや、わからんぞ。俺はデザインドヒューマン、でっかいビーカーから産まれた神持たざる者だ。クローンは寿命が短いと言う相場があるし、俺もテロメアが短いのかも知れないな」
「私がおじさんとか、お父さんじゃなくて、男として見ている時点で、若いわよ。私まだ十三よ?」
本気で心配しているのか、それとも冗談を言っているのかわからないサイハテを前に、ため息を吐きつつそう言ってやる。
視界の端には、田舎御用達の大型ショッピングモールの廃墟が建っており、彼が大きく迂回し始めたので、陽子もそれに続く。
住宅街を抜けると、河川敷と運河が続いており、その対岸に火力発電所はあるようだ。
「川ね、どうする? 無事なボートがいくつかあるみたいだけど?」
「やめておこう、感染変異体が居るかも知れないし、違う敵からも丸見えだ。橋を探そう」
そう言ったサイハテは、河川敷からそれて、また住宅街へと入っていく。
違う敵、と言うのは狙撃手を警戒したのだろう。
「ところで陽子、ちょっとこっちの角から偵察して欲しいんだが」
しばらく歩いていると、彼が残った家の角から、突如として手招きをし、疑う事なく少女は同じように、角から道路を覗きこんだ。
サイハテの手には、いつの間にか小型の双眼鏡が握られており、一点を見つめているのが解る。
何かあったのだろうか、と疑問に思いながらもそちらの方に視線をやってみると、超人的な視力がある物体を捉えた。
「あれって……」
目を凝らせば凝らす程、一キロは先に居るであろう彼女が鮮明に映ってくる。
「ハルカ、よね?」
「君がそう見えるなら、ハルカなんだろう。俺にはそれっぽい位しかわからん」
そう言いつつも、彼は戦闘準備を行っている。
分隊支援火器のコッキングレバーを引いて、初弾を薬室に送り込んでいた。
「待ってサイハテ。あのハルカ、壊れかけてる」
忘れがちではあるが、ハルカは戦闘用メイドロボと言うロマン溢れているのか、ただの産廃なのか分からないロボットだ。
工業化が進んだ現代、ハンドメイドの工業品と言うのは非常に珍しい。だから、視線の先にいるハルカは彼女の姉妹機なのだろう。
「武装は、何を持っているか見えるか?」
「えーっと……」
サイハテに指示された通り、道のど真ん中でボーっとしているハルカタイプを見てみる。
「左手は金属骨格がむき出しになっているから、何も持ってない。だけど、右手に自分より爪を持っているわよ、何あれ?」
「さぁな。俺にはわからんが……仮定は出来る」
「仮定?」
「少年達の傷口だ。どれもこれも引き千切られた痕と、炭化した痕を発見した。どれもこれも、同一の武器でやられているのは間違いない……そして、その武器の特徴に合致するのは」
「あの爪って訳ね……」
こんな会話をしていても、ハルカタイプが動く事はない。
一点を見つめてボーっとしているだけで、微動だにしていないから、故障しているのかと勘ぐってしまうが、巨大な爪は高温を放っているようで、周囲の空気が歪んでいる。
「奴は動いていないか?」
「うん、さっきからずっと止まっているわ」
「……少し待て、奴に動きがあったら教えてくれ」
陽子の背後では、サイハテがポケットから地図を取り出していた。
少年達の死体があった場所はマーキングしてあるのか、それを眺めて、何かを計算しているようにも見える。
「ねぇ、サイハテ?」
「奴が動いたか?」
「ううん、何しているのかなって」
「いいから、見張っててくれ。動きはないな?」
「……うん」
何も教えてくれないサイハテに向かって、少女は唇を尖らせるが、特に反応はない。
後で説明してくれる事を期待しつつ、陽子は動かない機械侍女の見張りに戻るのだ。
「やはりな」
二分ほどの時間を要し、地図とにらめっこしていたサイハテは顔を上げた。
「何かわかったの?」
見張りをやめたりはせず、背中越しに問いかけると、彼が大きく頷いた気配がする。
「ああ、発電所の屋上に観測手が居る。奴に見つかったらあのハルカが吹っ飛んでくるぞ。かなり大回りになるが、迂回しよう」
「うん、休憩はある?」
「途中の建物で三十分取る、よく見張ってくれたな」
褒められて悪い気はしないので、嬉しそうに笑う陽子。
だが、のんびりしている場合ではないようで、サイハテは軽く彼女の頭に手を置くと移動を開始してしまった。
町中のハルカは、相変わらずボーっとしている。