総合評価2000突破記念サイドストーリー:添い寝の誘い
お祝いです。
拠点は地下深くにあるので、今が夜か昼かはわからない。
唯一確認する方法は、部屋に備えられたデジタル時計位だろう。
ベッドと、ガンキャビネット、そして小さな本棚位しかない殺風景な部屋で、サイハテは寝っ転がっていた。
就寝前にぼんやりするのが、彼が好む行為であり、今日も今日とてぼーっと、灰色の天井を飽きずに見つめている。
「サイハテ、少しいい?」
そんな事をして、無駄に時間を消費していると、ノックの音と共に、遠慮がちな声を掛けられた。
よく通る、耳心地のいい声は聴きなれた物で、誰が来たか変態にはすぐにわかった。と言うより、変態たる生物、発せられた声から女性の年齢位は推察できないといけない。
「入って、どうぞ」
来たのは陽子だろう。
ベッドから身を起こして、返答をすると部屋の扉がゆっくりと開いた。
そこには予想通り、彼女が居たが、サイハテは驚いてしまう。恰好がいつもの彼女ではないからだ。
「なんだ、その恰好は」
彼が眉間に皺を寄せて、怪訝そうな面持ちで尋ねる。
まぁ、いつも通り、見慣れている人間が見ないと不機嫌に見えるだけなのだが、付き合いの長い陽子は、それが訝しむ表情だとは分かっていた。
「に、似合う?」
等と、恥ずかしそうにポーズをとって見せる彼女は、随分と蠱惑的な恰好で男の寝室を訪ねている。
体のラインが透けて見える赤いネグリジェ、しかし、ライン以外は見えないと言う、なんとも高級娼婦が着るような寝間着を着て来たものだ。
「似合わん。君にその恰好は合わない」
だが、変態はぴしゃりと切って捨てた。
変に女の色香に騙されて、余計なことを口走るようでは、まだまだ三流の男だ。
「そ、そう……頑張ったんだけどなぁ」
「努力の方向性を間違っている、その服は後十二年程経ってから着るといい。君位の年頃は、フレッシュな色気が売りだ。ショートパンツとタンクトップで、十分男を魅了出来る。変に気取らず、今持っている物で勝負した方が、勝率は高いだろう」
「え、うん。次からそうするね」
しかし、思ってもいないアドバイスを貰って陽子は思わず面食らう。
そんな彼女を見て、呆れたような息を吐くと、彼は言葉を続けた。
「それで、俺に何の用だ? 深夜にファッションショーする為に来たわけじゃないだろう。俺はドン小西じゃないからな」
ドン小西と言う単語に、首を傾げる陽子だったが、目的はちゃんとあったようで自分の目的を、おずおずと話し始める。
「別に、変な意味とかは、ないけど……」
「ないけど?」
「一緒に寝ない?」
「……」
サイハテが目頭を押さえた。
ベッドに腰掛けたまま、足を組んでそんな格好をしているので、まるで考える人のようになってしまっている。
しばらく、陽子には己の心音しか聞こえない静寂が続き、彼はたっぷり二分程考え込んでから、口を開いた。
「君は」
珍しい事に、サイハテが言い淀む。
「私は?」
ここに来る前、部屋の鏡台で練習した角度の小首傾げをする陽子。
「そんな恰好で、男の部屋に来る意味が解っているのか?」
彼の隻眼が動き、少女を睨むような形をとる。
少しばかり気圧されたが、彼女は知っているのだろう。何度も頷いて、そう言う意味だと伝えた。そして、サイハテは大きなため息を吐いた。
「ダメだ。天地がひっくり返ろうが、宇宙が滅ぼうが、俺は子供は抱かないと決めている。君の気持ちは嬉しいが、応えられない」
陽子の年齢は多感な時期だ。
恋をすることにも、性行為にも興味が沸いている年齢で、たまたま近くにいた彼が、信頼できる男性だったので疑似的な恋愛感情を抱いているに過ぎない。
それをうまく伝えようと思案していると、少女が喋り始めた。
「私は子供じゃないよ」
「いいや、子供だ」
「サイハテは、せっ……エッチを神聖視しているの?」
セックスと言おうとして、言い淀んで言い回しを変えたみたいだが、余計卑猥な響きになっている。
「いいや、違う。体が未熟な時の性行為は、危険だからそう言っている」
「未熟じゃないわ。ちゃんと生理も来てるよ?」
「それはあくまでも生物としての機能と言うだけだ。大人になった証拠じゃない、避妊しても危険が付きまとう」
「サイハテが私を傷つける訳ないじゃない」
なんというか、無駄に高い信頼だ。
「その信頼は嬉しいが、だったら何故、大人になるまで待てない。君がもっと大きくなって、立派な女性になったら誘えばいいじゃないか」
「あなたは……」
いつの間にか、陽子との距離が縮まっていた。
彼女はサイハテの膝に手を乗せて、縋り付くような目で、彼を見つめる。
「私が大人になっても傍にいるの?」
少女の口から出た言葉は、漠然とした不安だった。
いつか、自分の傍から、どうしようもないスケベで、天然ボケで、傷だらけの癖に頼りがいのあるサイハテが居なくなるのでは、と常々考えている。
そして、それは予感ではなく、予知に近い物だろう。
「…………」
今度は、男が黙る番だった。
何も言えない、安い嘘では彼女を騙せないからだ。
長い沈黙が続き、お互い見つめ合うだけになってしまった。
猫を連想させる目を持つ、可愛らしい顔立ちの少女と、隻眼の野性味あふれる男が見つめ合っている。時代が時代なら、警察が吹っ飛んでくるだろう。
「保証は出来ない」
沈黙を破るのは、いつもサイハテの仕事だ。
「保証は出来ないが、君が望む限りは傍にいよう」
こんな未来志向な言葉は、自分に似合わないと思う彼だったが、その言葉を引き出せた陽子は花開くように笑っている。
「じゃあ、エッチしましょ!」
そして、顔を真っ赤に染めると、そんな事を言い放つ訳で。
「待て待て、君は俺の話を聞いていたのか?」
「聞いていたわよ。リスクがあるんでしょ? でも、サイハテは子供が居れば絶対に生き残るだろうし、これはサイハテの為なのよ。喜んでリスクをかぶるわ」
どこか、混乱しているような言い訳をして、彼女は男らしくネグリジェを脱いだ。
「待て! 服を脱ぐな! ええい、俺にこんなセリフを言わせるんじゃない! 話を聞け! そして落ち着け!」
「やれば出来るのよ!」
「何をバカな事を!」
裸になった陽子は、がっしりとサイハテに組み付いてくる。そして、彼の鼻はある臭いを検知した。
「んっ!? 酒臭い!? 君は一体何を呑んできた!?」
「ネイトに進められたジュースよ!」
「またアイツか!! こら、離れろ!! 目が座っているのも道理だな!!」
「うひっ、くすぐったい」
押しのける時に、両手で胸を押してしまったが、嫌がる素振りすらない上に、どんどん顔が赤くなってきており、吃逆まで止まらなくなっている。
「ひっく! サイハテは~いつもいつも私に心配かけひっく! わらしがどんなおもひでうぇっく!」
「酒癖が悪いな! 君は!」
胸倉を掴まれ、全力で揺さぶられながらも、サイハテは怒鳴る。
揺れながら、ベッドの傍にある本棚に置いてあった水を取って、陽子の前に突き出す。
「ほら、水だ! 飲んで寝てくれ!」
「んー……?」
ひったくるようにして、コップを受け取った彼女は、まじまじとそれを見つめて、にっこり笑う。
「えいっ」
弱り切った彼の頭目掛けて、コップをひっくり返したのだ。
美少女に水をかけられて、びしょ濡れになる変態は、眉尻を下げてとても困っていそうな面持ちだった。それを見た陽子は、何故かすっかり気分が良くなっている。
「てやー!!」
「抱き着くな!」
ダイブするように飛びついたと思ったら。
「んー……」
そのまま寝付いてしまった。
スヤスヤと寝息を立てて、気持ちよさそうに眠っている、眠りの美女ならぬ裸の美少女。これ以上ない据え膳なのだが、据え膳を食べるはずのサイハテは、お腹一杯だ。
「……おやすみ、陽子。今日の事を覚えてないといいな」
彼女をベッドに寝かせてやると、枕元に置いてあった拳銃を装備する。
弾はある、整備も完璧、引き金を引いて弾が出ないはずがない位の素晴らしい出来栄えだ。
「野郎ぶっ殺してやるっ!!」
今回ばかりは、流石にマジ切れするサイハテだった。
陽子ちゃんはビッチじゃありません!!
ただ、物凄く酒癖が悪いだけなんです!!
尚、ネイトはミサイルに詰め込まれて発射されたもよう。