二十四話:深刻な電力不足4
水曜日更新(今日は月曜日)
瓦礫の平原の奥に、発電所と言う名の城が鎮座している。
煙を吐き出す為の煙突や巨大なタービンを回すための施設は見受けられず、ただ、変電所と各所に電気を通す為の電線が、あるだけなのに、サイハテが知っている火力発電所よりはずっとずっと巨大だった。
恐らく、彼の時代にある原子力発電所並みにデカいだろう。
「よし、ここで降りよう」
僅かに残っている無事な家屋へと、車を移動させ、サイハテはそう言った。
「ここから歩っていくの? 結構距離ありそうだけど」
「警戒するに越した事はない。ここからは遮蔽も多いから、小回りの利く生身の方が、車よりも安全だ。怪我をして君にぴゃーすか泣かれるのは、ごめんだからな」
「そう、だったら怪我する度に泣いてやるわよ。あんたの為にね!」
揶揄ったつもりが、上手く躱されてしまった。歯を見せて笑う陽子の頭に、軽く手を置いて、サイハテは後部座席から持ってきた銃火器を引っ張り出す。
彼の体でも、小さく見えない分隊支援火器を担ぐと、彼女は小首を傾げて訪ねてくる。
「何それ、機関銃?」
「いいや、分隊支援火器だ」
サイハテがそう言っても、少女の疑問に答えは出ない。
「それ、何が違うの?」
首を傾げる陽子。
「大差はない。どれもこれも、機関銃の仲間だからな」
「……むぅぅ」
バックパックに、予備の銃弾を詰めながら返答し、背後で彼女が頬を膨らませている気配を感じ、彼は笑う。
「違いと言えば、弾薬の大きさ位だ。敵に向かって撃つ以外に、使い道はない。こいつは5.56mm、ミニミの子孫だろうな」
ストックを優しく叩いたサイハテは、それを肩口に担ぐと、じっと少女を見つめる。
彼女が持っている銃は、アサルトライフルによく似ていた。
しかし、弾倉も無ければ、コッキングレバーもない。銃床から銃口まで、白いプラスチックのような物質で覆われており、玩具みたいな見た目だ。
「君こそ、それはなんだ? まさか、俺の知らない未来武器なのか?」
彼は、知らない武器は使わない主義らしく、陽子の銃に向けて怪訝な表情をしている。
「そうよ。この子はプラズマロングガンって言うんだって」
「ロングガン? 名前の割には、カービン銃位の長さしかないんだが……」
小さな陽子に、丁度いいサイズなので、間違いなくカービンサイズだろう。
「違う違う、レアの世界では、ライフリングのないライフル型兵器をこう呼ぶんだってさ」
手を振った彼女は、そう付け加えて語った。
「良い威力よ。サイハテも撃ってみる?」
「いいや、遠慮しておく……」
未来のマシンガン、アサルトライフル、ショットガン、ロケットランチャーならまだ使いたいと思っただろうが、流石にプラズマロングガンなる、珍妙な武器はサイハテも使いたくない。
「大体、プラズマとはなんだ。そんな物がどうやって飛んでいくんだ、空気で拡散してしまうだろう」
「あら、ちょっと思考が古いわね。この子は820メートルまで真っ直ぐ飛ぶわよ、弾速も実体弾より早いしね」
「……未来と言うのは度し難いな。荷電粒子がそんな小さな銃で撃てるのか」
再び老人になった気分を味わっている彼に、陽子が得意満面の笑みで語る。
「技術は日進月歩なのよ」
サイハテは思わず笑ってしまった。自分が作った訳じゃなかろうに、何故か彼女は随分と得意げな様子だったからだ。
嬉しそうな陽子を見て、二三回、軽く頷いて肩を叩いた。
「そろそろ、行こう。君とのお喋りは楽しいが、やらなければならない仕事がある」
そう言った後は、いつもの合図だ。
人差し指を地面に向けて、二回程突き出す、彼特有の合図。
屈めと言う意味だ。
「今日も元気に這い蹲って行きましょうか」
手慣れた反応を、少女はして、サイハテと同じように屈んで、歩き始める。
瓦礫は歩き辛いが、姿を隠す絶好の場所となる。千葉の街でも、その後の廃墟群でも屈み歩きをしていたので、随分と足が太くなったと陽子が思う。
けれど、多少肉付きの良い方が、彼に受けはいいようだ。
足を出していると、サイハテの視線が向かっているのが解る。
見られるのが嫌なら、スカートやショートパンツを穿かなければいいだけの話なので、彼女は変態に目くじら立てる事はない。
今はカーゴパンツを穿いて、ジャングルブーツの履いているので、彼の視線は感じなかった。
「……」
前方を歩くサイハテが、止まり、ハンドサインで合図してくる。
(敵、二人、迂回、着いてこい)
耳を澄ませると、グールのうめき声が聞こえた。
(わかった、ついていく)
陽子も、彼に見えるように影を使って、ハンドサインで返事をする。
ちゃんと見ていてくれたようで、小さく頷くと、彼は進路を変更して歩き始める。瓦礫の山を屈みながら歩くのは、辛い以上に歩みが遅い。
逸る気持ちを抑えながらの行軍となった。
発電所までの道程を、中程突破したころだろうか。
サイハテが突如として振り向き、唇に人差し指を当てた。
怪訝そうに、眉を顰める少女の耳元に口を寄せると、小さな囁き声で彼は言う。
「いいか、大きな声を出すな。音を立てるな、何を見ても、驚くな」
サイハテの言葉に、彼女は更に不可解そうな表情になった。
屈んだままでは、話し難かったのだろう、少し迷った後、彼に抱き着くと小さな唇を耳に寄せる。
「どういう事?」
「死にかけが居る。酷い傷だ、もう助からない」
「……それ、本当?」
「ああ、本当だ。絶対に助からん、鳩尾から下がない……どうする、死ぬまで待つか?」
そんな大怪我なのに、死んでいないと言う事は、やられてすぐなのだろう。
一分も持たずに、その死にかけている人は死んでしまうだろう。しかし、彼の死を待つなんて選択肢は陽子にはなかった。
「看取ってあげましょ」
「……わかった、君が望むならそうしよう」
瓦礫の山と山の間に出来た谷を、抜けていくと、そこにその人は居た。
鳩尾から下がなく、上半身だけで痙攣する、死にかけの人。
陽子は思わず悲鳴を上げそうになるが、口を押えて、彼に近寄っていく。死にかけの人は血塗れだが随分若いように思える。
彼女と同じくらいか、それより若い、寧ろレアに近い年頃の、男の子だった。
死にかけの少年は、陽子を見つけると碌に力も入らない手を伸ばし、必死に血の泡が出る口で、何かを喋ろうとしている。
「……、……。…………」
何を言っているかは聞こえないが、彼の口を読めば、何を伝えたいか位は理解する事が出来た。
少年の手を握り、陽子は彼の頭を自分の膝に乗せてやる。
「もう大丈夫、一人じゃない、寂しくない」
聞こえたか、聞こえていないか、定かではないが少年は眠るように目を閉じて、安らかに眠ったように見えた。
彼女の行動は、決して間違いではないはずだ。
少しは楽な気持ちで逝けただろう。
「……ほんと、世の中糞ね」
少年の手を、胸の上で組ませてやると陽子はそう呟いた。
「そいつは、まだマシな方だ」
少女の呟きと、少年の為の涙を見たサイハテは、なんの感慨も無さそうにそう言った。
美しい女の膝で死ねる、と言うのは一つの誉れではないでしょうか。
サイハテの言う通り、名もなき少年はまだマシな死に方でしょう。
何しろ、この世界での一般的な死に方と言うのは、もっと救いがないからです。
娼婦は性病にかかって、全身がドロドロに溶けて死ぬのが一般的。スカベンジャーは感染変異体のエサか苗床。スラムの少年少女は、酔っぱらいに殴り殺されるのが多いんじゃないでしょうか。
世の中クソッタレですね。本当にありがとうございました。