ブックマーク800件突破記念サイドストーリー:こだわりのピストル
「んーんんー♪」
夜寝る前に、サイハテの部屋に遊びに来た陽子とレア。
彼女達は非常に珍しい光景を目にしてしまう、あの彼が、いつも不機嫌そうな表情で、鼻歌なんて歌ったところを見た事ないあの変態が、少しばかり唇を緩めて、鼻歌なんて歌っているのだ。
「ど、どうしたの!? 病気!?」
「………………いきなり、失礼だな。俺だって、鼻歌位歌うぞ」
「みたことないから、おどろいている」
少女二人が、驚愕に包まれているのを見て、サイハテは一つしかない目を反らして、手元に注ぐ。
そこには、彼があの施設で見つけてから愛用し続けている、古い拳銃があった。
高級そうな銀色のフレームに彫られた、これまた名匠が手掛けていそうなオリーブのエングレーブ。象牙のグリップガード等々、実用面と鑑賞面において、これでもかとカスタムされている、相棒の45口径拳銃だ。
綺麗な拳銃だと、陽子は思ったが、彼にとって、少しばかり似合わない銃だった。
西条疾風は、戦場を生き抜いただけあって、実用性と信頼性に拘る素振りが多く、実用面のカスタムなら未だしも、あれだけ鑑賞面にお金をかけているのは、少しおかしいと思う。
「ねぇサイハテ、そのピストル……」
「ああ、俺には似合わない、と言うんだろ?」
彼も、自分には似合わないと思っているらしい。
「……どうして? そのてっぽー、かっこいーよ?」
分解された45口径が散らばるテーブルまで近寄って、シルバーのメタルスライドを手に取ったレアは、そう言った。
彼女の幼い顔立ちが映し出される位、磨き込まれた綺麗なスライドだ。
「きれー」
幼いとは言え、レアも女。
ピカピカ光る、美しい物は大いに好んでいる。
「陽子はな、こんな目立つ拳銃を、隠密が得意な俺が持つのはおかしい、少し変だと言っているんだ」
顔が映るほど美しく磨き上げられているからこそ、その銃は非常に目立つ。
太陽光を反射し、街灯の明かりを反射し、どこにいてもピカピカ光るのだ。
「ふーん? じゃーさいじょー、いらなくなったら、ぼくにもらえる? このじゅー、かっこいー」
「それはダメだ。死んでも手放さん、だが、君が護身用の武器が欲しいと言うのならば、後でかっこいいのを見繕う」
「わーい、だから、さいじょーすき」
ダメ、と言われてしょげたレアだが、サイハテは違う武器をプレゼントしてくれると聞いて、両手を挙げて喜ぶ。
「サイハテサイハテ、私にも」
「君にはSIGがあるだろう……」
「あんたに選んで欲しいのよ」
「……わかったよ」
小さく息を吐いた彼は、苦笑しながらも了承する。
銃が欲しい訳ではなく、サイハテからのプレゼントが欲しいのだと理解できたからこその、苦笑だ。
二人の少女は、思いの外喜んでおり、これは約束を反故する訳にはいかないなと、ぼんやり考える彼の部屋には、和やかな空気が流れている。
「ねぇ、サイハテ」
「うん? どうした?」
この空気なら、聞き出せると踏んだのだろう。
陽子が、彼に質問をする。
「そのピストル、大事にしているみたいだけど、なんで?」
素朴な疑問だった。
財産などにはあまり拘らないサイハテが、執着していると言ってもいい銃なのだから。
「ああ、これは……M1911は、命の危機を幾度となく救ってくれた銃なんだ」
喋りながらも手際よく、分解されていた部品を元に戻し、壁に向かって構えて見せるサイハテ。
「どんな状況でも確実に動作して、敵を殺してくれた。強い衝撃力があるから、物を破壊する事もできた。それに、長く使っていたから、手によく馴染んでいる。初めて握ったその日から、コイツは俺の命を救い続けたんだ」
彼が滑り止めのついたロングトリガーを引くと、リングハンマーが作動し、撃鉄を引っ叩く乾いた音が響く。
「ただ、それだけの話だ。ただの拘り、それ以上の理由はないさ」
最も信頼するから、カスタムパーツを購入し、改造する。
最も拘っているからこそ、美しく磨き上げ、金を使う。
「M1911はいいぞ。当たれば敵をひっくり返せる、その分、反動は強いが使い続ければ、その内慣れる。俺はコイツで、五十ヤードピンホールショットを、連射できめられる。握っているだけで、銃口がどこに向いているかを理解できれば、一人前だ」
そう言ったサイハテは、ホルスターに銃を押し込んで二人の少女をじっと見つめた。
「地下にいるからわからないだろうが、もう夜も更けてきた。君達は、そろそろ寝た方がいい」
「あ、この部屋、時計すらないからわからなかったわ……」
「さいじょー、いまなんじ?」
「夜十一時四十三分だ」
彼に時間を告げられると、陽子とレアは大分遅くなっている事に焦ったのだろう。話もそこそこに部屋を出ていこうと、就寝の挨拶をしてくる。
「私、もう寝るね。おやすみなさい」
「ああ、おやすみ」
「ぼくもねる。さいじょー、おやすみ」
「おやすみ」
返事の為に、二度ほど会釈をしたのを見届け、二人は部屋を出ていった。
ホルスターに収められた、拳銃を引き抜いて、サイハテはメタルスライドに映る、自分の顔を見つめると、口を開く。
「本当に、いいプレゼントだったぞ。琴音」
立ち上がって、換気扇のスイッチを入れると、ポケットに隠し持っていたサンクリストバルの吸い口を噛み切り、火を点けた。
「……ああ、奈央が加入してくれて、助かった」
久しぶりの葉巻を味わいながら、彼は呟く。
「俺って、そんなに物に興味がなさそうに見えるのか……」
愚痴だった。
どうでもいい与太話。
サイハテが好んで吸っていた葉巻はコイーバのシグロシリーズ