二十三話:深刻な電力不足3
「ふえっくしょい!!」
サイハテが派手なくしゃみをする。
助手席で、携帯ゲームを嗜んでいた陽子は、少しばかり迷惑そうな様子を見せるも、すぐにその表情も消え、心配そうに声をだした。
「風邪? 大丈夫?」
「……いや、ムズムズしただけだ」
彼は鼻を人差し指で擦り、返事をする。
そう答えたからか、彼女の興味は運転する変態から、手に持っている携帯ゲーム機へと移行する。先程ちらっと画面を覗いた時は、なにやら牧場を経営していたが、今は島で街を作りつつ、住人を労働させたりしていた。
「シュミレーションゲームか?」
高速道路から降りながら、サイハテが尋ねる。
「そうよ。好きなの」
そう言いつつも、流石にゲームは飽きたのか、それとも酔ったのか、陽子はゲーム機のスイッチを弄って電源を落としてしまう。
「ねぇ、サイハテ、今どこに向かってるの?」
「富津市だ」
館山方面から館山自動車道に乗って、山だらけの富津市まで進めば、そこに火力発電所がある。
サイハテの時代にはあったのだが、今の時代はどうだかわからない。
現役女子中学生の陽子に尋ねても、分からないだろう。発電所の場所を知っている女子中学生と言うのは、往々にして、奇妙な存在だからだ。
高速道路を降りてから、瓦礫だらけの市道をゆったりと進む車。
管理がされなくなった道路は、雨によって擦り減り、風で乾いてひび割れていく。重量物たる、車が通らなくても、時間の重みが、頑丈なアスファルトを砕くのだ。
インフラには、保全の為に、定期的な投資が必要になる。
「……見えないわねー?」
山間の住宅街を通っていると、陽子がそう言った。
「まだ見えないさ」
サイハテが答える。
「富津の火力発電所は、海沿いにある」
「火力発電って、随分古い言葉よね。今はもう使われていないんじゃない?」
「俺の時代だと一応現役だったんだよ……」
陽子から見れば、五十年位前の技術だろうか。
彼女の時代には、最早歴史に残るのみの技術になっており、実物が稼働する事はない。実物があるのは、博物館位だろう。
道路で何かの肉を齧っていたグールを跳ね飛ばし、しっかりと踏み潰して、旅は再開される。
「発電所を復旧させるのはいいけど、どうやって電気を持ってくるの? 電線とか、全滅しているはずでしょう?」
陽子の疑問は最もだった。
時代の流れによって、老人になったような錯覚を起こしていた彼は、気を取り直すと、左手をヒラヒラ振って、答え始める。
「ああ、電線を修理しながら、とは言わない。俺達が探すのは、拠点にある発電機の部品だ」
「発電機の修理……あー、壊れてたわね。でっかいのが」
今の拠点、便宜上、館山基地と呼称するが、基地は現在、予備電源で動いているに過ぎない。
原因は、メインジェネレータの故障、それも、かなり重要な区画が故障しているらしく、修理しようと頑張っていたレアが、匙の代わりにモンキーレンチを投げていた。
「ジェネレータコア、と呼ばれる菱形のでっかい水晶みたいな部品が、壊れているそうだ。レアに絵を描いて貰っている」
陽子の方を全く視ず、サイハテは懐から折りたたんだ画用紙を取り出して、押し付けてくる。
それを手に取って、広げて見てみると、随分と下手糞な絵が色鉛筆で書かれていた。
「この、水色の菱形がそうなの?」
「ああ、なんでも、コイツを使って、金属で核融合が起こせるらしい」
「ふーん? どうやって?」
「説明されたし、論文も渡されたがさっぱりわからん。だが、発電量、効率共に、旧来の原子力発電なんぞ、目じゃないらしいぞ」
凄い技術の結晶らしいが、それが解る人間は物理学者位だ。
ただの諜報員と女子中学生には、遠い世界の話である。
「ふーん、それを見つけて持って帰るのが、今回の仕事?」
「ああ、航空写真を見てみたが、まだ発電所らしき建造物があるのを確認した。無駄足には、きっとならない。と思う」
「その根拠はあるのよね?」
「無論だ。その発電所は、まだ稼働しているらしいぞ。レア曰く」
無人になっても、稼働し続ける発電所の保全は、随分と楽そうだ。
でも、おかしな話がある。
「稼働しているって、誰が保持しているのよ。廃墟に電気なんて来ていなかったじゃない」
人間が作り出す物と言うのは、単純な方が頑丈で長持ちしやすい。
素材や何やらも加わってくるのだが、発電所みたいな巨大で精密な機械の塊だと、その論調が当てはまる事はない。何故なら、この時代の人間は、テクノロジーに飢えているからだ。
稼働状態の発電所なぞ、あっと言う間にスカベンジャーが群がって更地になるか、それとも人が集まってきて、町になるかだ。残っていると言う事自体、おかしい。
「さぁな。知識のあるバンデットが居るか、それとも電気を保持できる感染変異体が居るか……もしくは保全機能のある自動兵器と言うパターンもあるだろうな」
「銃弾が通用すると、いいわね」
陽子は、無理矢理着いてきた事を後悔したが、それでも、彼を一人で突っ込ませるよりはマシだと思い始める。
何はともあれ、気を引き締めなくてはならない、もう海が見えてきた。