十八話:人員確保任務6
水曜日更新(他の曜日に更新しないとは言ってない)
物質を持つ物なら、概ね全てが重力に引かれて大地に堕ちる。
それは鳥であろうと、伝説の男であろうと変わらない。それはどうでもよく、ここで大事なのは、どれだけ重力加速度をつけられるかである。いくら重力に引かれていても、地球には空気と言う、酸素や窒素の混ざった物質が満ちており、物質同士がぶつかり合えば、それだけ速度は落ちるのだ。
つまりは、あまり物質に触れないようにすればいい。
体を降りたたみ、天井でも蹴って速度を稼げば、鉄帽をかぶった人間の頭程度ならば、弾けさせられる。
踏みつぶした、名も知らぬ誰かの脳の感触を、ブーツの裏で味わいながら、サイハテは立ち上がった。顔を顰める事もせず、アサルトライフルを構えて、目につく人間に向かって引き金を引いた。
悲鳴を上げる事なく、血と肉の混ざった飛沫を上げながら、彼は倒れる。
訓練で、そう言った感情は抑制できるようになっているから、不快感や罪悪感に囚われる事はない。戦闘中にそんな物を感じるのは、非合理だからだ。
踏みつぶされた彼の隣に立っていた兵士が、目を丸くする。
戦闘中に、驚いてはいけない、例え驚いても、兵士であるならば、敵に銃を向けなくてはならない。
肘の辺りを指に引っ掻け、思い切り引いてバランスを崩してやる。すると、どうしても踏鞴を踏みながら、こちらに倒れ込んでくる訳で、そこで足を払うと、容易く転倒させる事が出来る。
「おっぶぇ!?」
顔面から倒れた彼は、変な悲鳴を上げて、悶絶してしまう。
痛そうな落ち方だったから仕方ないとは言え、容易く無力化されるようでは、兵士失格だ。
彼の頭を小銃で撃ち抜いて、サイハテは眼前で広がる銃撃戦に目をやった。
「手榴弾!!」
「もうねぇよ!!」
「対戦車ロケット!!」
「もうねぇよ!!」
「じゃあどうしろってんだよっ!!」
「俺も知らねぇよ!!」
仲良く喧嘩しながら、自律兵器に向かって銃撃を加えている姿が目に入る。
あのバケツ型自律兵器は、形も相まってか、小火器に対する防御はかなり強いらしく、バトルライフルの弾丸もはじき返しながら、元気に暴走していた。
「ハイジョ、ハイジョ」
「ホロベ、ヒューマン」
「オマエ、キノコハ? タケノコハ?」
「キノコガシコウ」
「タケノコニアダナス、オロカナキノコメ。シネ」
バケツ達も、何故か同士討ちを初めてしまっている。
サイハテは腕に付けたハッキングツールを見て、これにどんなウイルスが入っているのか、非常に不安になってきた。
とりあえず、彼らは味方で間違いないのだから、不安を抱えつつも、バリケードを作っている兵士達の側面へ回り込み、銃撃を開始する。
「あぁ!! 田中がやられた!!」
「退け! 退けぇ!!」
「俺まだやられてねーよー!! 待ってーー!!」
側面からの銃撃で、完全に士気が崩壊したのか、野盗の兵士達は見事な手際で、中央ビルへ撤退していく。
その背後をバケツ型自律兵器達が追いかけている。
「ニンゲンコロス、タダヒトツノコタエ」
「タナカ、コロス。ショアクノコンゲン、タナカ」
「キノコガシコウ」
「タケノコガシコウ」
田中への熱い風評被害と、きのこたけのこ戦争が発生しつつも、彼らは自分の仕事を行うようだ。
半数でもバケツ達を戻せないかと、腕の機械を弄り回すが、どうやら彼らは完全に自由になったらしい。こちらの命令に”fucking Son of a bitch!!”と返答を返してきた。
「……自由に、生きるんだぞ」
もうこうなってしまえば、後は彼らの行く末を見守るだけしかできない。
サイハテは去って行ったバケツ達に敬礼をすると、上階で隠れている救助対象達を呼び寄せる。
「後、少しだから、頑張ってくれ。彼らの自由に、背かない為にも」
そんな台詞を言われても、研究員達は首を傾げるばかりだ。
「ここのビルにいる敵は、全て排除したと思っていい。もう、救助のための輸送機が上空に待機している。滑走路まで急ごうか」
ここに来て初めての朗報に、救助対象達は沸いた。
目覚めてから、それなりに長く閉じ込められていたのだろう。あれくれ者達から解放される喜びと、銃撃戦から脱出できる喜びが合わさって、大きな歓声となっている。
だが、ここで気を抜いて全てがパァは困る、渋い表情のサイハテは、冷たく言い放つ。
「喜ぶなら、輸送機に乗ってからやってくれ。外にはまだ敵が居るんだからな」
その一言で、彼らは押し黙る。
「静かになったようで何よりだ。それじゃあ、俺に走って付いてこい。輸送機は着陸体制に入って貰った。そこまで走り抜けるぞ」
しつこいようだが、返事は必要ない。
それだけ言ったサイハテがさっさと走り出してしまったので、研究者達も、泡を食いながら彼の後を追うしかないのだ。
ここで取り残されたら、せっかくの自由もパァなのだから。
「……」
床に落ちているガラスの破片が、背後から追いかけてくる研究者達を映している。
全員問題なく付いて来ている事に、サイハテはホッと胸を撫で下ろした。
「はやく着陸しろよ、長くは留まってられないぞ」
『分かってるって! もう着陸する! お前も急げよな!』
「ああ、よくわかっている」
第一ターミナルの一階から滑走路に向かって飛び出すと、百メートル程先に、一機のVTOL輸送機が降りてくるのが見える。
だが、あちこちから外に出ていたであろう、野盗の部隊が集結し始めている。もう、時間なんてない。
「走れっ!!」
駆け抜けるしか、手は残っていなかった。