謹賀新年:トイレ
先に謝罪します。
新年しょっぱなから、大変申し訳ない。
放浪者の街にある庭付き襤褸屋は、外にトイレと浴室がある。
襤褸屋にあったトイレと風呂は経年劣化で瓦礫の山になっており、サイハテは急遽汲み取り式のトイレと、簡素なボイラーを使った風呂を建築した。
陽子とレアは年頃の少女でもあるので、彼の行った行為に称賛の言葉を惜しまない。
女の子にとって、外で用を足したり、三日も風呂に入らないのは、死に等しい行動だからだ。
その中でもトイレは、サイハテが元々あった納屋の、むき出しになった地面へ穴を掘って、適当にでっち上げた便座と壺を取り付けただけの突貫工事であり、薄暗い上に妙にただっぴろい。
さらに、スラムから中央街へと抜ける大通りに入口が向いているのが、欠点だった。
それでも、外でするよりはずっとマシだと、少女二人はよく利用しているのだ。
今日も、陽子が用を足そうと小走りでトイレへと向かっている。
どうやら、この前スカベンジした時に見つけた漫画を読みふけり、ギリギリまで我慢していたようだ。彼女の足取りは忙しなく、どこか気が流行っている。
立て付けの悪いドアを無理矢理開き、中に入ると同じように無理矢理閉めた陽子は便器に向かって歩きだし、足を止めてしまう。
「……いやん、えっちぃ」
サイハテが丁度用を足し終わったところだった。
彼は僅かに泡食った陽子を見咎めると、揶揄うような野太くした声で、喋る。
「うん、確認しなかったのは、悪かったわ。でも漏れそうなの、どいて」
揶揄われた事で冷静になったのだろう、彼女は落ち着いて言い放つ。
「ん、すぐに出よう」
ちゃんと過ちを認められるいい子なので、ごちゃごちゃと説教を垂れるような面倒な真似をサイハテはしない。
女性の排泄を覗きたい気持ちはあるのだが、前それを行ったら一週間程TKGを出されたので、変にちょっかいを出すのは止めている。
立て付けが悪いので、いい加減直さなくてはいけないと思っているドアに手を伸ばし、引いてみたが開かない。
しばし、停止したサイハテは、力加減等を変えて、何度か開けようとするが、トイレのドアは壁と一体になったようにうんともすんとも言わなかった。
不審に思った陽子が、少しばかりイラついたような声で、彼に懇願する。
「ねぇ、私、漏れそうなの。早く出ていってほしいんだけど?」
「……どうやら、ドアが壊れてしまったようだ。開かない」
少女が固まり、変態が肩を竦めた。
三秒ほどの硬直したような沈黙が流れ、陽子の口からは悲鳴が上がる。
「嘘! そんな!!」
下腹部を抑えて震える彼女を見て、大分切羽つまっていると、流石のサイハテも理解した。
少女に羞恥心を抱かせず、ここから脱出するにはもはや一つの方法しかないように思える。
「ドアを破壊すれば外に出られる。五分だけ時間をくれれば、仮初のドアでここを塞ごう」
たった五分と言えど、我慢させるのはよくはないが、彼女に羞恥心を抱かせるよりは大分マシな気がする。
変態にしては珍しく、性欲や本能を差し置いての提案だった。
普段のサイハテならば、出られない事を理由に、トイレに長く居座った事だろう。
「……無理よ。漏れちゃう」
だが、陽子はか細い声でそう返事をするとその場で足踏みをする。
本格的に拙い状態らしく、彼女に余裕と言ったものは存在しない。下腹部を抑え、襲い来る便意か尿意に堪え、目じりに涙まで溜め始めている。もう、手段を選んでいる場合じゃないと、サイハテも陽子も思い始めていた。
「仕方ない、しろ」
「……い、嫌……裸とか、そう言うのなら未だしも、トイレを見せるのは、嫌」
だが、乙女の尊厳が楽になる事を妨害する。
一時の恥で、楽を得る事が許せないのだろう。
「手段を選んでいる場合ではないだろう。パンツを汚すか、汚さずに出すかの違いしかない。どっちにしろ、君は今夜羞恥と自己嫌悪に濡れる羽目になる」
「あ、あんたねぇ……! 他人事だと思って好き勝手言ってくれるじゃないの……!!」
絶対に屈しないと言い放ちそうな視線で、サイハテを睨む陽子。
「憎んでくれていい、恨んでくれていい。所詮、俺は変態だ。心の奥底で、君の用足しを見たがっている部分だってあるんだ。その年でお漏らししたと言う不名誉より、用足しを覗かれた被害者になればいい」
「……ちょっと感動しかけたけど、どっちにしろ私は恥ずかしいのね?」
「残念ながら、君が羞恥を回避する手段は無い」
彼が宣言すると、少女は諦めが着いたのだろう。頬を真っ赤に染めて、変態を睨むと、諦めたようにショートパンツを下ろして、便座へと腰掛ける。
幸いな事に、暗くて出している様子は見えない。
しばらく、怒りか羞恥か判別付かないが震える彼女と見つめ合い、サイハテは一つの感情を抱く。
(気まずい)
こう、変態ならば悦びを抱くべきなのだろうが、覗きではなく、仕様がなく見るしかないと言う状況は、物凄く気まずかった。
しばらくすると、陽子は諦めたのだろう、俯いて、排泄することに集中するようだ。
固形物の落ちる音がトイレの中へ反響し、その度に少女は恥ずかしそうに身震いする。
「……物凄く申し訳ない気持ちなのだが」
サイハテが悪い訳ではないが、彼はそう思ったらしい。
「……奇遇ね、なんだが私も申し訳ない気持ちよ。臭くない?」
陽子が悪い訳ではないが、彼女もそう思ったらしい。
「ここは元々臭いから、わからん」
「嗅がないでよ……」
「いや、一応深呼吸しておく。美少女は大腸菌まで美少女だって決まっているからな」
「……あっそ」
褒められても全く嬉しくない。
陽子は顔を背けて、急いで排泄を終わらせると言わなくてはならない事を、サイハテに伝える。
「理不尽だけど、ごめんね。先に謝っておくね?」
「……よし、来いっ!」
どっしりと腰を下ろして身構える彼に向けて、少女は手を振り上げて、叫ぶ。
「この変態っ!!」
そのままサイハテの頬へと平手打ちをお見舞いした。
「ご馳走様でした!!」
食らった彼はいつも通りの反応を返す。
陽子の頭はもう混乱を通り越して混沌に踏み入れている。
恥ずかしいやら、申し訳ないやら、様々な感情が渦巻き、言葉にできない叫びが胸の中を去来し続けていた。
今回は、全く悪くないサイハテには申し訳ないが、それでも、ひっぱたかないと気が済まなかったのだ。
余談ではあるが、この一件があったからこそ、お嫁に貰ってもらわなくてはならないと考え始めた説が、陽子の中では主流である。
謝ったので、この話の苦情は受け付けません。
BANされませんように