十六話;人員確保任務4
彼女が案内した先は中央ビルの二階だった。
道中、奈央が何度も巡回する兵士に見つかりかけるハプニングがあったが、必死の思いで敵を排除し、事なきを得る。
おかげで、どこかサイハテはやつれていた。
「あら、西条君、お疲れ?」
「……まぁ、少し疲れているが、問題はない」
原因である彼女は、とてつもなく愉快そうに微笑んでいる。
こう言った女は、案外多いタイプで、男が自分の為に頑張っている姿が好きな為、無茶ぶりをしたり、困らせたりする、かぐや姫だ。
「それで、この先か? 君のお仲間が捕らえられている場所は」
「ええ、ここで地下にある兵器を作らされているの。酷いと思わない?」
「さてな。俺からはなんとも言えん」
強制労働が酷いのか、それとも優秀な頭脳を兵器作りに使うのが酷いのか、彼女の真意は計り知れない。
確かに両方とも酷いと呼べるかも知れないが、他の場所に比べれば大分マシである。
奈央の顔色は良く、身なりは清潔に保たれているので、それなりな扱いを受けている事は見て取れる、放浪者の街で飢えている子供達から見れば、羨む環境だろう。
それでも、彼女にとっては不幸なのだ。
「まぁ、冷たい人」
揶揄うような口調の奈央。
「冷凍保存されていたからな」
彼女の揶揄いに、サイハテは皮肉で返す。
拳銃を構えて、マガジンを引き抜く。弾薬が全て装填されているのを確認し、マガジンキャッチの中へと弾倉を押し戻した。
「貴女はここに居てくれ。ついでに隠れて貰えると、大変ありがたい」
「ええ、それが貴方の望みならば、私は隠れましょう。貴方は何を?」
「いい加減、時間がない。正面突破で決着をつける」
腿に括り付けたピストルホルスターに拳銃を戻し、担いできているのに使わなかったアサルトライフルを構え、コッキングレバーを引く。
これでチェンバーに初弾が装填されたはずだ。
拳銃弾八発、小銃弾三十一発、再装填無しで撃てる弾丸はたったこれだけだが、合わせて三十九発もあれば十分に思える。
「銃声が止んだら、こっちに来てくれ。なるだけ急いでな」
「ええ、承りました。西条君も、怪我しないようにね」
「努力しよう」
そう言って、奈央と別れたサイハテは、研究員が閉じ込められている部屋につながる通路の、角に身を潜めた。
曲がり角から、手鏡を突き出して、部屋の前に立っている兵士二人の姿を確認する。
距離は大股で六歩程、サイハテならば、一秒かからずに詰められる必殺の間合いだ。これから銃撃戦になる事と、内部に居るであろう見張りに気づかれるリスクを考慮して、音の出難い刃物で仕留める事にした。
「暇だな」
「そうだな」
ナイフを引き抜いて、タイミングを伺う彼の前で、兵士達は気を抜きながら雑談している。
警邏中でも、気を抜いてはいけない理由は、絶対に不審者が来ない確証がないからであり、そんな確証があればそもそも警邏はいらない。
手首のスナップで、予備のナイフを投擲し、奥の兵士を殺傷する。
「種田!?」
完全に気を抜いていたからか、手前の兵士は驚愕し、身を硬直させてしまう。
楽な仕事でよかったと呟いたサイハテは、兵士の口を押えると、肝臓と腎臓に一発ずつ、逆手に持ち替えて心臓を抉って、彼を始末した。
「こんな事していたら、体が鈍りそうだ」
予備のナイフも回収し、適当に血と脂を払ってナイフホルスターへと戻して、室内への突入準備を整える。
中の様子を耳で伺うと、かなりの人数が蠢いている音や、ぼやきやため息などが聞こえてきた。
音が混ざっているので、中に何人いるかはわからないが、音が混ざり合う程の人数が居ると分かった事だけはありがたい。
腰に括り付けたポーチに手を伸ばし、中からグレイスから貰ったドアブリーチャーを取り出す。
サイハテの掌に収まる程度の小ささで、ちょっとした防弾処理された程度ならば容易く吹き飛ばす威力があるとの事だ。
ドアに張り付けて、爆風が来ないよう、横に立って起爆を待つ。
「……」
これ以上ないタイミングだろう。
ブリーチャーの爆薬でドアが吹き飛んだ直後、対空装備に仕掛けてあった爆薬が同時に起爆する。
二つの爆音は、中に居た兵士をこれ以上ない位混乱させる。予期せぬ現象が二つも起こってしまえば、ちょっとばかり実戦経験がある程度では、混乱を防ぎようがない。
一人しか戦力が確保できないのならば、その混乱によって生まれる僅かな隙を、逃さず突くが好ましい、サイハテはそう教えられ、育てられた。
兵士達が、彼を認識できたのは一瞬だろう。
爆音につられて外を見てしまったのが、運の尽き、入口からの射撃音に気づいた頃には、涅槃へと旅立っていた。
「レア・アキヤマ博士から、君達の救出を依頼された西条疾風だ」
爆音に次ぐ爆音と、奇襲による銃撃で倒れた兵士を、唖然と見つめていた研究員達の前に進み出て、サイハテはそう名乗る。
「問答をしている時間はない、爆撃の後に、ここを脱出する。死にたくなかったら、黙って俺の指示に従え」
彼らは迷い、戸惑っているが、本当に時間がないのだ。
研究員達の代表らしき人物が前に出て、サイハテに是非を問おうとしたその時、大地が揺れる程の衝撃波が襲い、共に鼓膜が砕けそうな爆音が響いた。
それも一つ二つではなく、多量に振り続ける。
「……もう一度言う!! 死にたくないのならば、俺に従え!!」
そんな中、爆音に負けない程の大声で怒鳴られてしまえば、彼らは従う他なかった。