十五話:人員確保任務3
バケツ型自律兵器から引き出せた情報は、二階の見取り図と、いくつかの映像位だった。
圧縮ファイルに入った映像を、この場で確認するのは骨が折れそうなので、情報を引き出す為の解析は本部に任せる事にする。
無効化されたバケツ達は、プログラミングされた通りの巡回を行っており、サイハテの事を気に止めやしない。
「これより三階に向かう、解析データは俺の端末に送っておいてくれ」
『うん、頑張りなさいよ』
「出来る事を出来るだけ、だ」
三階に上がると、いくつかの警備兵が周囲を巡回している程度だった。
いくつかの免税店があるだけの、ただ広いだけのフロアであり、見通しはそこそこ悪い。屈み、息を潜めれば、そこらの一般人でも抜けれる可能性があるだろう。
故に、サイハテにとっては楽な仕事だった。
こそこそと這いずっている時に、休憩中の警備兵が噂話をしているのを、立ち聞きする。
「なあ、お前知ってるか?」
「あん? なんだよ」
煙草を咥えた男が、面倒臭そうに返事をした。
「地下で作ってるアレ、西の連中から依頼されたんだと」
「西? 西ってーと……あー、あの魔女の軍隊か」
やはり、サバトと繋がりがあったようだ。
それにしても、野盗程度の武装勢力に巨大兵器の政策を依頼するとは、ありえない事だろう。
「あれだろ、とっ捕まえた奴等に作らせてる奴、あんな馬鹿デカいの何に使うんだ?」
「あー、あれな。ほら、東の方に工業地帯があるだろ?」
「海沿いのか?」
「それそれ、それをぶっ潰すのに使うんだとさ。好きに奪っていいし、犯していい。デカくてうまい仕事だ」
とっ捕まえた奴等、と言うのはレアの研究員達だろうか。
もう少しばかり話を聞きたいが、ここのレーダーがドローンを補足するまで時間がない。捕らえられた人員の居場所は、足で稼ぐ事にした。
「女かー……捕まえた奴等の中に、もうちっと若いのが居れば好みだったんだがなぁ」
「それなら、医務室の女はどうだ? あれなら若いし、綺麗な女だろう」
「いやなぁ、手を出そうとしたら、ちんこ食い千切られそうになってなぁ……」
「お前……」
去り際に、医務室の女と言う情報を得た。
若くて綺麗な女、と言う部分に心を惹かれたが、今は仕事で来ている事を思い出し、サイハテは自重する事に決める。
腕の端末を見ると、そこにはレアが解析した情報が送られており、ここの見取り図や巡回路等のデータは既に解析済みだったらしい。
恐らく、映像や音声のデータはまだ時間がかかるので、先に送ってくれたのだろう。
これで、医務室の場所がわかるようになった、彼はゆっくりと中央ビルにある医務室へと歩を進める事にした。
「……」
中央ビルのパスコード式キーロックは、故障している。
ドアノブに手を伸ばし、捻ると、錆びた扉が乾いた音を立てて開く。
医務室に囚われている女性と言うのは、どんな女性なのだろうか、美人と聞いているので、少しばかり胸が膨らむが、遊びに来ている訳ではないのを思い出し、彼は減音機付き拳銃を構えて、ゆっくりと歩を進める。
しばらく進んでも、少しの警備兵としか擦れ違わない。
大した秘密のある施設じゃないからか、それとも、殆どの警備を外郭へと費やしてしまったのか、恐らく後者な理由を感じつつ、サイハテは医務室へとたどり着いた。
医務室の扉は閉まっているが、扉についたガラス窓から中の様子を伺う事が出来る。
三つ程並べられたベッドの前で、銃を構えたまま微動だにしない兵士と、デスクに座って、サイハテに背を向けている茶髪の女性、彼女を見張るかのように配置された二人の兵士が居た。
合わせて三人だ、監視カメラらしきものも、盗聴器を仕掛けるスペースもない。
大した数ではないだが、彼らの練度は他の連中より高いように見える。
どっしりと構えて、全ての死角に対応できるように、自身の立ち位置を調整していた。
銃は、噂の女医へと向いており、侵入者が来ても、彼女を撃ち、女医が逃げても、彼女をすぐさま撃てるだろう体制だ。
無茶は出来ないと判断したサイハテは、引き戸の取っ手に紐をゆるく結びつけると、しばし距離を取った。
策と言うのは、弄する為にある。
少しばかり、遊んでやるつもりだ。
紐を引くと、ゆるやかに扉が開き始める。
少しレールが錆びているのだろう、金属を引っ搔くような音を立てている為、こっそりと侵入するには、別のルートが必要だった。
だが、爆撃まであまり時間がないので、時間がかからないように、考えたのだ。
「……おい」
女医を見張っていた一人が、ベッドの前に立っていた男に声をかける。
「わかってる」
ベッドの前の男は、小さく返事をすると、アサルトライフルを構えながら、開いた扉へと歩んでいき廊下へと銃を突き出した。
そのまま左右をクリアリングし、誰もいない事を確認するとため息を吐きながら肩を竦める。
「誰もいない」
背後の彼らに向かって振り返り、そう言い放った時である。天井に張り付いていたサイハテが彼の背後に落ちて来て、兵士を盾にするため、首に手を回して拳銃を引き抜いた。
僅か一瞬の隙、緊張から解かれた時に生まれる安堵を狙ったサイハテの作戦は、成功を収めたと言ってもいい。
彼等が慌てて銃を構えようとした瞬間、二人の眉間を正確に撃ち抜いてみせた。
残るは、腕の中でもがく男一人だ。
「……お、お前! どこに!?」
喉が圧迫されており、大声を出そうとしても声が出ない。
そんな彼をみたサイハテは、耳元に唇を寄せると。
「シー……」
静かにするように促した。
「ま、待て、取引をしよう……俺が知っている事なら」
「遠慮しよう」
だが、喋ってしまったので、サイハテは兵士の首を圧し折った。
元々、生かすつもりもなかったが、後数分の命を数秒まで縮めなくてもいいではないかと、下らない事も考えてしまう。
拳銃をホルスターに戻し、人が三人死んだと言うのに、同様すら見せなかった女医に、声をかける。
「レア・アキヤマ博士から、君達の救出を依頼されたものだ」
彼女の名前を伝えると、女医はゆっくりと振り返って、返事をした。
「そんな甘さは捨てるようにと、私は教えたのだけれど……」
セミショートの美しい女性だ。
睨んでいる訳ではないのだが、どこか威圧しているような顔立ちの、きつめの美人であり、男が寄り付かないタイプの女性だろう。
値踏みするような視線を、隠す事なくサイハテへと向け、しばらくたった後、口を開いた。
「私は飯塚奈央、見ての通り……医者よ」
彼女の目は、サイハテに自己紹介を求めているようだ。
「西条疾風。見ての通り、ムキムキマッチョの変態だ」
彼女の流儀に従って、名乗ると、奈央と名乗った彼女は、面白そうに声を抑えて笑う。
「変態さんでもなんでもいいわ。ここから解き放って頂戴……籠の中の鳥はこりごり」
色気を多く含んだ目線で頼まれたが、サイハテは揺るがない。
変態とは言え、態々虎穴に入る程間抜けではないのだ。
「申し訳ないが、自由になるのは少し後だ。君と一緒に捕らえられた研究員の元まで案内して欲しい」
女医一人を連れて帰っても、あまり意味がない。
二十代前半で、レアの研究グループに入っていたと言う事は、かなり優秀なのだろうが、今欲しいのは人数である。
「あら、申し訳なく思う必要なんてないわ。エスコートして下さるのでしょう? だったら、私は貴女のキセキレイになってあげるわ……」
色気たっぷりに笑う奈央を見て、サイハテは諦めたように首を左右に振った。
「……ああ、命を賭けて、守ってみせよう」
これは敵わない。
彼はそう思うと、エスコートの約束をする。
「ええ、それなら、案内してあげる。こっちよ」
緩やかに立ち上がった彼女はサイハテの先導を始める。その足取りはどこか楽しそうだが、堂々と歩かれてしまってはたまらないので、彼女の隣に立つ事にした。
キセキレイと言う鳥は、道案内をしてくれるように人間の前に現れる鳥です。
胸からお腹の辺りまで黄色い羽毛に覆われているので、奈央の下着が黄色である事を示唆しています。