幕間:私も行く!
サイハテがステルススキンスーツを着込んでいる時だった。
何も知らされていない陽子が、更衣室へと飛び込んでくる。彼女は顔を真っ赤に染めて、目を吊り上げており、怒り心頭と言った面持ちだ。
「……どうした?」
一体全体、何の用なのだろうと、尋ねてみたサイハテ。
「どうしたもこうしたもないわよ!! 一人で行くって何!?」
今日も今日とて、彼女はサイハテの事を心配していた。
自分も役に立つと言う自負があるので、たった一人で戦場に向かうと言う決断をした上に、黙っていたことが許せないのだろう。
危険な場所へ赴く事に対する心配が九割、黙っていた事に対する怒りが一割の割合だとサイハテは予想し、それは正解だった。
「偵察ドローンから送られてきた映像を見る限り、非常に堅牢な要塞に見える。それでも君は付いて来るのか?」
「当然でしょ!? 尚更そんな所に一人で行かせられるものですか!」
ぷりぷりと怒る彼女だったが、ここは意地でも着いて来させるわけにはいかない。
危険なのもあるが、何より、陽子はここのボスである。
ボスのフットワークが軽いと、部下が困り、彼女にはそれを直してもらう他ない。
故に、サイハテは一計を案じる。
「付いて来てもいいが、長丁場になる。今回は証拠を残したくない、それに協力出来るのか?」
彼の言葉を聞いて、陽子は目を見開いた。
にべもなく断られるかと思ったのだ。
だが、サイハテは付いてくる事を了承した。彼の言う事に協力出来れば、付いて来てもいいと、確かに口にしたのを、陽子は聞いた。
「いいわ。その事に協力するわよ、だから、ちゃんと連れて行きなさいよね!」
嬉しいのだろう、釣り上げていた目じりが下がって、彼女は微笑んでいる。
その笑顔を曇らせるのは、少し申し訳なく思う気持ちがサイハテにもあったが、今回ばかりは付いて来させる訳にはいかなかった。
陽子を連れて行けば、十中八九、敵に発見されてしまう。
そうなったら、人質は殺されるだろうし、それを見た彼女の心は取り返しのつかない傷がつき、待っているのは、自身と同じ未来だろうと、サイハテは予感した。
「ああ、守ったら連れていくさ」
だが、これを出来る覚悟があるのならば、無理にでも連れていく約束はした。守れるのならば、連れて行こうと少しだけ、死ぬ覚悟を決める。
「まず、浣腸だな。排泄物は全部出すぞ、胃に入っている分もな」
「ふーん、浣腸……浣腸!?」
陽子はサイハテから距離を取って、自分の尻を抑えた。
「それは、そのぅ……なんで?」
「作戦行動中に糞がしたくなったらどうする? ズボンの中にする気か? 外で糞をするなんて許さんぞ、証拠になるし、追跡される。人間の糞は解りやすいからな」
「うぅ……」
全部が全部正論なので、彼女は反論しかねている。
それに、浣腸するのも嫌なようだ。
「全部出す必要があるから、俺が見るからな?」
「……や、やったろうじゃないの!! 見たかったら見ればいいんじゃない!?」
顔を真っ赤に染めて、陽子は腕を組むとそう宣言する。
いい度胸だが、まだまだ要求はあるのだ。
「次にカテーテルを入れる。尿道にな」
尿道を聞いて、今度は股を抑え始めた。
そして彼女は言うに事を欠いて、こんな事を尋ねてくる。
「……痛いの?」
「痛くないと思っているのか? そこに何か入れた経験でも?」
「あるわけないでしょっ!?」
「なら丁度いい、これも経験だ。少し広げておいた方がいいしな」
怒りを感じるのか、目を吊り上げて見せたと思ったら、今度は眉尻を下げて頬に朱を入れてみたり、逆に痛みを想像して蒼白になって見せたりと、随分と感情豊かに顔色が変わり続けた結果、陽子は両手で顔を抑えると叫びながら退出していく。
「そんなの無理よーーーーーー!!」
彼女が扉をぶつかるように押し上げて、完全に姿を消した後、サイハテはゆっくりと呟いた。
「……だろうな」
これでやると言えるなら、最早止める手段はないと思う。
だが、陽子は無理だと言い放った。
少女らしい感性を持ち続けてくれて、彼は少しばかり喜ばしい気持ちになる。
何しろ、手慣れた反応をされたのならば、男としても、変態としても面白くなくなるからだ。
「すまんな。君を置いて、俺は行く」
今の陽子は足手纏いだ。
連れて行くのならば、サイハテも命をかける必要があった。
人間を越えた肉体を持っているとしても、所詮はたんぱく質と炭素、それと水の塊なのだから弾丸を受けてしまえば、死んでしまう。
「死ぬわけにはいかなくなったんだ」
救わなくてはならない人が、一人だけ増えてしまった。
彼女の為にも、今死ぬわけにはいかない。
彼はゆっくりと立ち上がると、輸送機が待機している場所へと歩いていく。不機嫌になっているだろう陽子のフォローは、レアに任せる事にした。