十四話:レアからのお願い
サイハテが成田空港まで出向いたのには訳がある。
出向くより三日ほど前に、レアは要塞の中心部にある広い部屋を、自身の研究室へと改造して欲しいと頼んで来たのだ。
無論、サイハテ含むアルファの面々も協力して、とりあえず情報処理設備位はでっち上げる事が出来、子供の様に彼女は喜んでいた。
「じんいんのいばしょ、さっさとさぐるね?」
と言ったレアに、彼はもう一つお願いを付け加える。
「それと、傍受出来た武装勢力の通信を解析して欲しい」
情報の速さが、勝利を別けると言っても過言ではないので、必須の事項だった。
レアもそれは解っていたようで、二つ返事で了承し、その日は解散した。彼女はサイハテに頼まれた事と、自分のすべきことを行う為に、研究室に籠る事にしたようだ。
彼は勤勉な彼女を少しばかり、心配するのと同時に関心して、その場を離れた。
レアからの要請が飛び込んで来たのは、翌日になってからである。
「さい、じょー!!」
朝早く、サイハテの寝室に飛び込んで来たレアは、息も絶え絶えで、蒼白を通り越した顔色をしていた。
これはただ事ではないと、ベッドに腰掛けていた彼は、枕元から飲みかけの水を取り、彼女へと進める。
「それ、どころ、じゃ、ない……!」
両手をぶんぶんと振り回して、レアは状況を説明し出した。
「ぼくの、ぼくのぶかが、やとーにとらわれてる!」
「君の部下? ……ああ、終末前の部下か。どう言う事だ、どこでそれを知った?」
彼女にそう問うと、一度大きく息を吸い、一気に説明をする。
曰く、サバトの無線を傍受したので、コンピューターで暗号を解析した見た所、途切れ途切れであるが成田空港に自分の部下が囚われているとの事がわかったらしい。
奴等から支援を受けていて、自由経済陣営の補給線や経済を荒らす仕事を請け負っているらしい、報酬は武器弾薬だとの事だ。
「……君が焦っている理由も聞いていいか?」
「いっしゅーかんごに、さばとがぼくのぶかをつれてっちゃう。そーなると、むこーで、どんなめにあうか……」
となると、タイムリミットは一週間だ。
レアが従えていた研究員は、彼女並みとは言わないが、優秀なメンツなのだろう。
それでなくとも、この時世でホワイトカラーの人材は得難い物だ。見す見す敵性武装勢力に渡してやる事もない。
「わかった、すぐに準備して迎えに行こう。その為にも用意して欲しい物があるのだが」
「よーいできるものなら、さいぜんをつくす!」
彼女の気合は十分である。
少しばかり無理を言っても、用意されるのだろうが、彼女にあまり無理をさせたくないと考えているサイハテは、任務と作戦に必要不可欠なものだけを伝える事にした。
「まずは輸送機、出来れば垂直離着陸がいいが、無ければヘリでも構わん」
「それなら、ひとばんあれば、よーいできる」
それが用意できるなら、最低限任務の遂行は可能だったが、あまり無茶をさせない範囲で確率をあげる為の物も要請する事にする。
「後は対地攻撃手段を用意して貰いたい。野戦重砲でも、ミサイルでも何でもいい。とにかく、遠距離から攻撃できる手段があると助かる」
「ん? んー……どろーんのみさいるでも?」
「用意できるなら有り難い」
「ふつかほしい」
「わかった。それまでに俺も準備を整えておこう」
VTOL輸送機と、対地ミサイルを積んだドローン、これだけの支援があるならば、後は如何様にでも作戦を立てられる。
サイハテはレアの頭に手を伸ばし、乱暴に撫でると、ゆっくり口を開いた。
「頑張ってくれると嬉しいが、無理はしなくていい。最低限、VTOL輸送機があれば、任務遂行は可能だ」
送られたのは、急く少女に対する思いやり。
相変わらず何を考えているかわからない表情だが、随分と優し気な声色だと、レアは思った。
「だいじょーぶ、さいじょーがかなしむなら、むりはしない」
「ああ、そうしてくれると助かる」
彼の手が、少女の頭から離れて、彼女は少し名残惜しいと考えたが、あんまりゆっくりしている暇はなかった。すぐさま作業に取り掛からなくては、時間を無駄にしてしまう。
時間が減れば減るほど、サイハテは危険を冒す羽目になってしまい、下手をすれば帰ってこない可能性だってあるのだ。
「すぐにじゅんびする。さいじょーも、がんばって」
言うだけ言って、レアは走っていく。
それなりに彼女も焦っているのだろう。
サイハテは懐から紙巻煙草を取り出すと、ジッポライターで火を付けた。香りではなく、喉越しを楽しむ粗野な煙草と、昔は嫌っていたが、物のない時代になれば、吸わなくてはならない。
グルカのブラックドラゴンなんて贅沢は言わないが、それでも葉巻が恋しくなる。
「……フンッ」
似合わずに甘ったるい言葉を吐いたので、口の中がむず痒いだけだと言い訳して、彼は武器庫に向かって歩いていく。
こんな姿を妻が見たら、なんと言うだろうか。
嫉妬するだろうか、それとも笑うだろうか、どちらの反応でもいいので、もう一度だけ、彼女のコロコロ変わる表情を見たかった。
眉間に皺を寄せながら、喫煙者としてはマナー違反の歩き煙草をしていたら、すっと伸びて来た手に取り上げられてしまう。
そちらの方に視線を寄せると、半眼になった陽子が居た。
「……煙草は体に悪いから駄目よ」
半分程しか吸えてない煙草を、ブーツの裏にこすりつけて消している。
彼女は運がない、とてつもなく運がない。
今日のサイハテはこれ以上ない位に、虫の居所が悪かった。
「………………」
彼女の目の前で、もう一本、煙草の火を点けてやる。
すると、陽子は途端に目を吊り上げて、手を伸ばしてきた。
「もうっ! 子供みたいな事をして!」
取り上げられてしまう。
もう一度、ブーツの裏でもみ消そうとする陽子の手を取り、サイハテは彼女を自分の体に引き寄せた。
そのままそっと、陽子の額にキスをして、ポカンと口を開けて呆ける彼女の手から煙草を奪い取り、口に咥えて去って行く。
煙草の肴は女の肌がいいとは、誰が言った言葉だろうか、先程よりも少しばかり美味くなった気がする紙巻煙草を味わいつつ、少しばかり機嫌がよくなったサイハテだった。
「……ッ!! なんなのよぅ!!」
背後から、彼女の慟哭が聞こえ、クツクツと笑うのだ。
陽子には悪いが、歯の浮くようなセリフを言ったせいで、虫の居所が悪かった。呪うなら己の不運でも呪っていてくれと、サイハテは紫煙を燻らせる。
終末世界には煙草が不可欠。