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終末世界を変態が行く  作者: 亜細万
五章:アルファ・クラン
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十一話:暇になった陽子

 アルファの面々が出払って、疲れた表情のレアが、


「ねる」


 と言い残して会議室から去って行ってしまう。


「うん、お疲れ様。怪我人が出たら起こすね」

「ういー」


 なんて会話で見送りつつ、彼女は散らかった会議室の片づけを行っていたのだが、掃除や片づけに慣れた陽子だ。

 一時間程度で、破片や瓦礫などは片づけ終えてしまい、手持ち無沙汰となってしまった。


「……暇ね」


 なので、千人位が一斉に食事できそうな巨大な食堂で、一人寂しくお茶を飲んでいる最中であった。保存ガスによって保管されていた、摘みたてと変わらない風味の玉露に一人で舌鼓を打つのは寂しいものだったが、レアを起こすわけにもいかないし、サイハテ達は戦闘中である。

 結果として、一人でお茶を飲む位しかやる事がない。


「………………ほんと、暇、ね」


 分厚い防弾コンクリートに覆われた広いだけの食堂は、耳が痛くなるほど静まり帰っており、小声で呟いただけでも、大きく響いたように聞こえた。

 やらなくてはいけない事も多いが、それは陽子一人では到底成しえない事ばかりである。

 出来ない事を無理にやって、状況を悪化させるわけにもいかないので、大人しくしているのが、一番の選択なのだった。


「……あ~なたとわったし♪」


 それでもあまりにも暇すぎるし、ゲームは千葉の街で投棄してしまったので、現状歌う事位しか、出来る事がない。

 なので歌う事にしたらしい。


「あゆーんだ、きのぉ♪」


 かつて、平和な時代で歌っていたラブソングを、ついつい口ずさんでしまう。

 それなりに売れてはいたが、大御所と呼べるほどのアイドルではなかった。それでも、五人の少女で会場を熱狂させられたことは、良い思い出となっている。


「くりかーえしの日々♪」


 そして、ここから先の歌詞が浮かばなかった。

 デビューの曲だと言うのに、歌詞をすっかり失念してしまっていた自分を、陽子は少しだけ恥じる。

 いい思い出はいい思い出だが、所詮思い出であり、先を見始めた自分には不要なものなのだろうか、と、中学生特有の謎の思考で悩み始めた。


「うーん……」


 思考が飛躍し、ここに来るまで、いろんな事があったと陽子は思い返すようになる。

 目覚めて混乱している時に、サイハテは突然股間を見せびらかしてくるし、そんな変態から逃げ出そうとしたら、よくわからない怪物にも襲われた。


「普通なら着いていかないわよね。絶対そうよね」


 等と、陽子は当初のサイハテに対しての評価を下す。

 それでも、少女にとって食欲由来の殺意は怖かったのだ。


「サイハテは変態、間違いないわね!」


 そんなもの十中八九分かり切っている事だが、出会っていた当初に思考を戻した陽子は、そう結論付ける。

 最初は身の危険を感じていた。

 彼はこれ以上ない位、男性を感じさせていて、力のない少女でしかない陽子は、いつ彼が牙をむいてくるのか、気が気じゃなかった。


 ともに暮らしていくうちに、その疑念は薄れていったのだが、サイハテの評価を変えたのはあの一件だろうかと思い出す。

 小さいけど、仲間の中で一番賢いレア。

 彼女をなんのメリットもないのに、迷う事なく救おうとしてくれた事だろう。


 武器だって碌なものがなかった。

 それでもサイハテは、敵の中に突き進んでいき、陽子は初めて人を殺してしまった。銃を撃てば無力化出来ると思っていたのが、弾薬の誘爆によって、命を奪ってしまう。

 あれ程言葉に表せない不快感も、この世にはないと、彼女は思い返す。


「……………………」


 そして、今の陽子は、サイハテの感性が人間のソレだと理解している。

 善性が無い訳ではない、だが、善人と呼べる程の善性ではない。

 彼は、敵となった人間全てを抹殺する。

 でも、彼の感性は人間なのだ。どこまで行こうとも、どこまで堕ちようとも、彼はその感性を抱き続けるだろう。


 その選択が、己を深く傷つけると理解していても、彼は人間でいる事をやめなかった。

 サイハテが人間である事を捨てていれば、あそこまで無気力になる訳もなかったのだから、皮肉なものである。


 人間としての理性を捨てなかった理由は、陽子にもなんとなくはわかった。

 己が新人類の女王と呼ばれた時と同じ心境だろう。

 望んで怪物になりたい人間なんて、この世には存在しないからだ。

 ”俺は人間だ”と彼は人知れず叫び続けていたに違いない、出なければ、ドMが泣いて逃げ出す程の苦行なんて行えないだろう。


 家族と会えたのは、僥倖と呼んでもいいだろう。

 彼が初めて、人間性をむき出しにしたのが、あの一件である。

 娘に投げつけられた小刀をじっと見つめて、その意図を測り兼ね、己にどうあるべきかを問う。

 グラジオラス――風音と呼ばれた彼女に嫌われたくないと言う気持ちから発露した、彼の人間性を見て、陽子は少しばかり嬉しくなったのを覚えている。

 ちょっとだけ、思われる彼女に嫉妬も感じたが、それは別の話だ。


「……いい、傾向よね」


 そう呟くと、


「何がだ?」


 サイハテに返事をされてしまう。

 椅子ごと倒れそうになる体を引き戻し、振り返ると、そこにはすっかり硝煙臭くなった彼がそこに居た。

 いつもの如く無表情で、何考えているかわからない上に、一つしかない瞳で、静かに見つめる彼の姿は、見慣れたものであり、どこかホッとしてしまう出で立ちだった。


「えっと、お帰りなさい?」

「……ああ、ただいま」


 少し間があったのは、疑問形なのを疑問に思ったのだろう。

 何でもかんでも口に出す人間ではないので、頷いて返事をし、サイハテは座らずに言葉をつづけた。


「武器の確保は完了したが、死体が溢れている。清掃を完了するまで今日は休みだ」


 恐らく、死体が腐って病気が発生してはたまらないからだろうと、陽子は予想する。


「俺もすぐに片づけに戻る。怪我人はいないとレアに伝えてやってくれ、君は……そうだな。弁当を頼みたい、出来たらここに置いておいて構わないから、早く休んでくれ」


 言うだけ言って、さっさと仕事に戻ろうとするのも、彼の癖だろう。


「ああ、うん。何がいい?」

「……そうだな。アミノ酸を摂取できる食物を多めに頼む」

「ん、わかったわ。片づけ頑張ってね」


 陽子の言葉に、彼は一度だけ頷くと足早に部屋を出ていった。

 ここで、出しゃばってもサイハテはいい顔をしない。

 ならば、任されたことは全力でやるだけだと、腕まくりをして、下拵えもしていない食材に向かって格闘を始めるのだった。

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