序章エピローグ
草原を一台の車が疾走する、ガチガチの軍事仕様で個人的にカスタムされたワンオフ機だ。ちょっとそこまで行ってくると言って、コンビニに行くにはちっとばかし大袈裟な車であった。
ゴツく、頑丈で、凶暴なジープを運転しているのは可憐な少女である事が更に驚きを増幅させてくれるだろう。セミロングのストレートヘアを後頭部で一纏めにしているのが特徴的だ。助手席には我らが変態が鎮座しており、少女の運転をサポートしている。
「中々に上手くなったじゃないか」
変態、もとい西条疾風ことサイハテが少女を褒める。
「そう? サイハテがやったカーチェイス程じゃないわよ」
可憐な少女こと、南雲陽子が大した事でもないかのように言い放つ。陽子の言っているカーチェイスとは三日前の列車ムカデとの追いかけっこだろうな、とサイハテは思い、苦笑いするしかないのだ。
「俺はあの時ほど自分の運転技術を恨んだ事はないがね。あいつと戦うのは二度と御免だ」
「誰だってそうよ」
キロピードとの追いかけっこ後、大怪獣決戦勃発だ。柔い精神の持ち主なら発狂していてもおかしくはない、自称天才美少女ことレアも夢でよく見るようである。
「ところで、珍しいな。ポニーテイルなんて」
サイハテは三日前の恐怖を振り払うように、陽子の髪型について言及する。
「髪の毛、石鹸で洗ってるからキシキシなのよ。こうしとかないと髪の毛絡んで痛んじゃうの」
この辺り、サイハテはさっぱりわからない。
無理な行軍をしていると言うのに、あるものでなるべく美しくあろうという女の考えは、理解出来ないものであった。例えば、陽子が森の中を逃げる諜報員だったとして、サイハテが追跡者だとすれば、陽子が数キロ先に居ようとサイハテはその位置を匂いの鎖から割り出す事が出来る。
それに、多少薄汚れていても、サイハテは気にしないと言うのに、誰の為に綺麗にあろうとしているのかも理解が出来なかった。
「俺はセミロングの方が好きだがなぁ……」
「そう?」
サイハテがそう言うや否や、陽子は髪を纏めていた紐を解き放つのだ。黒く、艶のある髪が重力に従って落ちる。
「ああ、そっちの方が君らしいよ」
その姿を見たサイハテの言葉を聞いて、
「そう」
陽子は少しだけ嬉しそうだった。
「みかんかーん」
後部座席では暇を持て余したレアが蜜柑の缶詰を見つけては喜んでいる、あの子は色気より食い気のが大事なのだろう、年齢的にも。
「ねぇ、サイハテ」
「うん?」
「暇だから、あんたの事を何か話してよ。諜報員とは言っても、幼少期の思い出とかあるんでしょ?」
「ぼくもきょーみある」
陽子の言葉に、いち早く反応したレアが座席の間から顔を出している。
サイハテは困ったかのように頬を掻くと、どうしたものかと腕を組んでしまう。幼少期の思い出と言っても、自分の幼少期は碌でもなかったのだから。
「幼少期なぁ……」
腕を組んだまま、幼き頃の記憶を振り返る。
「俺は不燃ゴミのゴミ捨て場で産声を上げて、そのまま施設に入った。俺みたいな両親不明の子供たちが入るNIAの直轄施設だ」
いきなりヘビーな話が飛んできたと陽子は苦虫を噛み潰したような表情になる。
「小さな頃から訓練訓練でなぁ、まともな思い出なんてないんだよなぁ。あるとすれば、そうだな……恋人が出来た事位か?」
「あー……その人は?」
「中国内戦で裏切ったから、俺が殺した」
「…………」
それ以上は語らない。
例え、彼女が核ミサイルを発射しようとした張本人でも、それがNIAからの任務であったとしても、サイハテは、語ろうとはしない。時間の流れに置き去りにすべき真実もあるのだから。
「……ねぇ、サイハテ。あんたは、空港で殺されたって話だけど」
本の内容かと、サイハテはピンとくる。
「あんたは、それでよかったの?」
「それでよかったんだよ」
「……そっか」
本のラストは、NIA内で強力な発言力を持つに至ったサイハテを、処分する為の任務であった。空港で平和団体3000人に囲まれて、援護もなく、たった一人で、サイハテは倒れたのだ。国内の危険を排除する為に、複数人の欲望の為に、彼を邪魔に思った人間の為に、彼は死んでいった。
「今は生きている。それでいいじゃないか」
サイハテの答えは、簡潔であった。
「……だって、裏切りじゃない」
「そうだな」
「あんたは、あんだけ忠義を尽くした国家に裏切られたのよ? 恋人まで奪われて、それでいいの?」
「だから、それでよかったんだよ」
サイハテの言葉に、陽子は思わず顔を背けてしまう。人間は、次代に繋ぐ為には、時には死ななくてはならない事を陽子は理解できていないのだ。サイハテ的には現代に生きていた老人の様に老醜を晒さなくて済んだと思っているのだが、それは陽子には理解できない感情であった。
「…………………………」
不貞腐れたように、運転に集中する陽子にサイハテは、少しばかり真実を語ってやる。
「……あの戦いはな、最後に俺が死ぬことで終わったんだ。逆に言えば、俺が死ななくては終わらなかった。平和団体と銘打ったテロリストどもを一掃しなければ、日本に未来はなかった。NIA上層部は、確かに俺が邪魔だったんだろうが、それを除いても俺が死ななければ終わらなかったんだよ。テロリストが沢山の不幸を産んだだろうからな。大多数の幸福の為に、俺は死ななければならなかった」
「そんなの間違ってるわ」
「……そうかもな」
それ以上は会話が続かない。
しばらく三者無言のまま、道ならぬ道を進んでいく事になる。
「……俺は銃座にいる、用があったら呼んでくれ」
サイハテはそれだけ言うと銃座についてしまう。
陽子はそれを見送ると、溜め息を一つだけ吐いて、自分の愚かしさに呆れるのであった。