九話:治療中
死屍累々の会議室の中で、レアが忙しそうに治療している。
サイハテは治療など必要ないと進言したのだが、それは医者のプライドが傷つくと言って、彼女は自業自得のバカどもを治し始めた。
ぎこちない手つきで、陽子もレアの補助をしており、瓦礫に腰掛けて見つめるだけのサイハテとしては微笑ましい、としか感想を抱けない。
「……もう、ち、がとまってる」
傷口から破片を撤去していたレアは、驚愕したような、絶望したような声を上げた。
「そりゃそうだ。俺程で無いにせよ、そいつらは人外染みた再生能力を持っている。その状態で山中に放置しても、三日後位にぴんぴんしながら現れるぞ」
全治半年の重傷を四日で完治させた変態が言うと、信憑性が増す。
「げんだいいりょーに、たいする、ぶじょく」
ニックの傷を縫いながら、レアはぶすくれて見せ、アルファの面々がくつくつと笑った。少女に対する嘲笑ではなく、それはサイハテに向けられた生温かい笑いである。
「……何がおかしい」
一瞬で不機嫌になる彼を、困ったような目で見つめる陽子を尻目に、傷を縫われているニックは語り出した。
「随分と、お優しくなったなぁ」
「うーごーくーなー」
「ほげぇ!?」
煽るような口調で語ってみせたニックだが、身振り手振りを加えたので、レアに思い切り傷口を握られてしまう。
あれは痛そうだと、サイハテは苦笑いする。
「俺は最初から優しいだろ。人類の為に抹殺すべきお前らを生かしているんだからな」
「お前が人類の為にとか、蕁麻疹でそうなんだが……」
「サブいぼは出たぞ、兄妹」
お前ら、俺を何だと思っているんだとサイハテは抗議したが、アルファの面々に口を揃えて言われてしまう。
「悪鬼羅刹と呼ばれたアルファのリーダー」
「おう、否定できない自分が悲しいわ」
悪鬼羅刹と呼ばれる程暴れたのかといえば、そうではない。
中国人はちょっとでも気に入らない事があると、相手を鬼と呼び始めるのだ。レイシズムの極致が中国共産党なのである。
「あんまりうごくと、うごけないよーにする」
そして、主治医のレアに怒られてしまう。
サイハテは機嫌を損ねたら、不味いと思い、口を噤んだが、余計な事を言わせれば天下一品のニックには通じなかった。
「へぇ、どうやって動けなくするか、小さなお口で言ってごらん?」
女には厳しい、ホモの鏡たるニックはそうやって煽り、少女の怒りを買うのだ。
「ぶひんごとにぶんかいして、ばいよーえきのなかで、なおるまでかんきんする。そして、ふやす」
「すいません、大人しくしますんで勘弁して貰えませんか?」
聞いているサイハテも、少し恐ろしくなってしまった。
ただの脅しではなく、レアは自分の出来る事を脅しに使っている。あんまり怒らせると、本当にそんな目にあってしまう。
小さくとも、終末の荒野で生き抜ける少女だって事を、忘れてはいけない。
「……悪くないのう」
既に治療が終わったグレイスは、口元に扇子を当ててそう呟いた。
こっちの言葉も背筋が凍りそうな位怖い。
さりとて、治療自体は粛々と速やかに進んでいた。時折、アルファの面々からちょっかいを出されても、レアは傷口を握ったり、棒で突いたりと、しっかり撃退した上で職務を遂行しているので、皆、好意的な目を向けている。
「童と言うのに、ここまで出来るか。奴が見出すのもわかると言う物」
そんな中で、レアを最も評価しているのは、ロリコンショタコンの二重苦を背負っているグレイスだった。
「いしゃなら、とーぜん」
「あいや、嘲った訳ではない。年の割には出来すぎだと、驚いておるのだ」
年齢と言うのは、一つの指標である。
長く生きている方が、経験が多いのが当たり前なのだから、それを指標にするのは強ち間違ってはいない。ただ、年齢で偉い偉くないが決まるわけではない。
「それと同時に、子供が子供でおれぬ残酷さを、嘆いておるだけじゃ」
子供は早く大人になりたいと願う事が多い。
かと言って、子供に大人の責任を負わせることは、やってはいけない事だろう。それは若しかすると人を殺すより重い罪になるのだから。
「……ぼくには、ぼくのやりたいことがある。そのためなら、こどもじゃなくていー」
「うむ、そうじゃのう」
そう言って、グレイスはゆっくりと目を伏せる。
二人の傍で、様子を伺っていた陽子は首を傾げて、一つだけレアに聞いてみた。
「子供のままじゃ、出来ない事なの?」
子供は子供にしかできない事がある。
それも一つの心理ではあるが、逆に言うならば、大人ではないとできないこともあるのだ。
「こどもはだまっていろ、とか、いわれることもある」
「それだったらサイハテを呼べばいいじゃないの。多分園児服でも着て、喜び勇んでくるわよ」
サイハテの性格をよくわかっている陽子に、アルファの面々が一斉に噴き出す。
確かに、園児服を着て、全力で因縁を付けに来るだろう。お前に俺と同じことが出来るのか、出来るならやって見せろ、と。
「アルファの仕事って、そう言うのも含まれているんじゃない? 私達のバックボーン。反対派を黙らせる抑止力なんじゃない?」
これに驚いたのは、サイハテの方だった。
政治的役割を理解できるような少女ではなかったからだ。
「私はこの国を合議制にしたいの。各自治体の代表者からなる議会によって運営される国家! 草案だって考えているんだから!」
バランスなどは頭にないのだろうが、それはそれでわからなくもない政治体制だろう。
「合議制なぁ」
それを聞かされたのならば、サイハテやアルファの面々は悩むしかない。
合議制が成り立つ程巨大な国家に変貌させるのは、非常に難しいのだ。
ある意味、今の時代は戦国時代の終焉に近く、巨大な勢力が鎬を削っている状態であり、そこに弱小勢力であるこちらが割り込むのは、厳しい。
「まぁ、いい。何か考えておく。君達の望みは、俺が叶えよう。出来る限り」
彼はそう言ってくれた。
陽子とレアは同じように驚いて、顔を見合わせており、サイハテとしてはそんな反応をされたので、渋い表情を見せるしかない。
「……なんだ、不満か?」
「不満じゃないけど……」
「さいじょー、おてつだい、してくれるの?」
さもありなん。
戦力として数えられていなかった事に、少しばかり悲しくなるサイハテだった。
普段、やる気の無さそうな姿ばかり見せていたので、自業自得と言えば自業自得なのだが、それはそれで悲しい気分になる事は解ってもらえるだろう。
「ああ、手伝う、手伝ってやるともさ。手伝う気がなかったら、俺は君達がここにたどり着いた翌朝には、姿を消している」
黙って弾薬を確保して、娘を迎えに行き、どこかで隠居でもしているだろう。
「珍しくやる気になっているんだ。ここからは、本気で戦ってやるし、死にたいとも思わん。だから、遠慮なく使え」
そして、陽子とレアは再び驚かされる事になる。
今まで本気じゃなかったのかと、叫びたくなった。
変態、まさかの本気宣言。
しかし、この変態は装備的な意味で、後二回の変態を残している。
この意味がわかるな?