ユニークアクセス五万人突破記念:サイハテさんちの食事事情
基本的に、サイハテ達は三人揃って夕食を取る。
昼間はサイハテが出かけていて、食事を取らない事もしばしばあるのだが、夕食だけは必ず戻ってくるので、三人揃って取る風習が出来てしまった。
かつての襤褸屋で、三人揃って食事を取っている最中の事だ。
「君達はもう少し、食べた方がいい」
隠された泉で取った川魚の干物を齧りながら、彼はそう言った。
余りにも唐突な物言いだったので、味噌汁を飲んでいた陽子は咽そうになり、白米を食べていたレアは固まってしまっている。
「……いきなり何?」
味噌汁を食卓に置いて、陽子は尋ねてみた。
「普段の運動量と、ここで摂取できるカロリーは大きな差が出ている。このままでは体力も落ちてしまうし、免疫力だって落ちるだろう」
詰まる所、サイハテは心配しているのだった。
確かに、二人の少女は目覚めた時と比べると体重も落ちてきているし、脂肪が減って筋肉の筋が薄らと見え始めている。
モデルのような体系になっていたので、陽子の方はこっそりと喜んでいたのだが、いけない事なのだろうかと、彼女は思案した。
「でも私、スタイル良くなってるわよ? お腹は周りはきゅっと縊れて、モデルみたいな体系になってるし」
「君達女性の言う、痩せているは、医学的にも世間一般的にも、栄養失調と言うんだがな。スタイルが良くなっている訳ではない」
ピシャリと、彼は陽子の喜びを否定する。
「特に、君達は成長期だ。普段、過度な運動を与えている俺が言っていい事ではないが……もっと食べた方がいい。摂取カロリーと消費カロリーの天秤は釣り合っている事が理想だ。体も綺麗になるぞ」
「それはぼくもわかってる、けど」
今でもお腹一杯食べれているので、これ以上食べるのは厳しい。
レアの言いたい事は、陽子にもよくわかった。
食後はお腹がぽっこり膨らむ位食べないと、サイハテが怒るので食べており、これ以上は胃袋に入れようにも入らない。
「……そうか、お腹一杯か」
アスリートにとっては食事もトレーニングの一つである。
彼らは毎日厳しいトレーニングを積んでおり、食べないと痩せる所か、壊れた筋肉すら修正できなくなってしまうのだ。
そして、二人の少女も中学校の部活動等鼻で笑える位の運動を、行っている。
ちょくちょく必要な物をスカベンジしに行くし、車で行ける範囲は限られているので、一日二十キロくらいは、平気で歩く上に、感染変異体との戦闘や、背中に担いだ戦利品等の荷重によって、消費カロリーは大変な事になっていた。
「………………うーん」
腕を組み、サイハテは唸る。
これが兵士志望の若い男性ならば、無理矢理詰め込ませる事が出来るのだが、二人は幼い子供だ。食事がトラウマになってしまったら、笑うに笑えない。
そんな彼の脳裏に、名案が思い浮かぶ。
「食事の回数を増やすか」
「それもちょっとキツイわよ……」
ダメだったようだ。
確かに、今でもお腹がぽっこり膨らむ位食べさせているので、消化に時間がかかっている。確かに、これ以上食べさせるのは不可能に思えた。
「いや、三食食べる物の量を減らせばいい」
腹十分目の食事ではなく、腹八分目にまで抑えて、消化を早くし、その分余計に食べさせる戦法である。
「とにかく、やってみる価値はあると思う。十時のおやつと、三時のおやつの時間を作ろう」
「それ、つくるの、よーこだよ?」
「おやつは俺が作る。情報網の構築も、一段落ついたところだしな」
とにかく少女達は過労気味なので、その分の仕事をサイハテが受け、休ませて栄養を溜めなくてはならない。
幸い、家に必要な物は揃っており、スカベンジをしばらく中止することは出来るだろう。
「喜べ、俺はパティシエレベルのお菓子製作技術を持っている。体重プラス三キロは覚悟しろ」
小麦粉に砂糖とミルク、ついでに卵もあればなんだって作れるのだ。
「ちょ、ちょっと! 三キロは増やしすぎよ! せめて一キロ位に負けてよ!」
やる気になっているサイハテに、陽子が強く抗議した。
ここまで痩せられたのに、そんなに増やされてはたまらないのだろう。
「ぼくもさんきろは、ちょっと……」
レアも渋っている。
研究や製作に夢中になると、平気で三日四日は風呂に入らない彼女も、一応は女の子であり、それほどの体重増加は受け入れられなかった。
「二キロは筋肉の増加分、一キロは身長諸々だから安心しろ。今の君達は痩せすぎだ、俺が適度な栄養と訓練を与えてやる。スタイルを今よりもよくしてやるからな、震えて待て、きっついぞ~」
そう言って、サイハテは楽しそうにトレーニングメニューを作りにかかる。
紙とペンを持って、彼は鼻歌を歌いながら、何かを書き込んでおり、声をかけるのは憚られたが、それでも聞かずにはいられなかった。
「……サイハテ、それ、さぼったらどうなるの?」
くるりと振り向くサイハテの表情は、戦闘の時と同じ、感情を覆いつくした無表情だ。
「ケツの穴を拡張する。俺の腕が入るまでな」
それを聞いて、絶対にさぼれないなと思う陽子だった。