七話:弾薬補給作戦
白兵戦が得意なサム、あらゆる乗り物を乗りこなすニック、そして、爆薬のスペシャリストであるグレイスと自己紹介が終わり、サイハテが作戦会議を再開する運びとなった。
小さなプロジェクタが、白い壁面に図面を投影しており、それはこの拠点の見取り図だろう。あちこちに赤いインクで×印が描かれていて、崩落している場所がわかりやすい。
「諸君、弾薬の備蓄が百を切った」
彼の第一声は、猶更ピンチである事を自覚させる言葉だった。
たった百発の銃弾で何が出来るのかと聞かれれば、近所の人を射殺する位しか答えられない備蓄量だ。
「幸い、食料や医薬品等は、三万人が三ヵ月生活出来る分が確保できているので、現在の問題は弾薬の欠乏のみと言えよう。よかったな、そこまでピンチじゃないぞ」
「危機的状況なのには、変わりなかろう……」
サイハテの皮肉に、グレイスが呆れたように言った。
「何、俺達五人が揃えば、楽な仕事には変わりない。では、見取り図に注目してくれ」
投影された見取り図に、ぴたりと当てられた長い棒。
その先には隔壁で封鎖された地区が映っている。
「現在、この区画には溢れんばかりの感染変異体が存在しており、弾薬や火器等が残っている貯蔵庫は、ここにしかない。他の弾薬庫は保全機能が故障して、酸化した金属が散乱しているか。空だ」
封鎖された区画の最奥に、その武器貯蔵庫はあった。
陽子はこっそり隔壁を乗り越え、ダクトからその区画を覗いた事があったが、普通の人間ならば数回は死ねる程の変異体を確認している。
「しつもーん」
突如として、ニックが手を挙げた。
「おう、なんだ?」
基本的に真面目なサイハテは、仕事中にふざける事はしない。ふざける時は、陽子やレアが疲労困憊の時に、気分を変えさせる時位だ。
「そこの保全機能が無事って、なんでわかんの? とうとうサイキックにでも目覚めたか?」
「違う、俺にそんな珍妙な力はない。レア、説明してくれ」
「あい」
壇上の彼に指名された、ゆるふわ半眼系マッドサイエンティスト舌足らず幼女が、プロジェクタが投影された壇上へと上がる。
レアを見つめるグレイスの目がやばい。血走っている。
「ここのぎかんたんとー、れあ・あきやまです。ぼくがつくったほぜんきのー、せんねんのどうさほしょーをしています。せーかくにゆーならば、ほぜんきのーのこしょーではなく、でんせんがだんせんしたため、でんりょくきょーきゅーがとだえ、きのーをてーししました」
つまり、再び電力供給が行われれば、貯蔵庫にある保全機能は再び動作するとの事だ。
「……そうだったのか」
「うん、きょーきゅーされれば、またうごくのはかくにんしてる」
陽子とじゃれていなければ朝の段階で報告されたのだろう。
誤魔化したい気持ちの表れか、サイハテは少し申し訳なさそうに目を反らした。
「……と言う訳らしい。他に質問は? 無ければ続けるぞ」
他に質問はないらしく、彼は咳ばらいを一度すると再び見取り図に向き直るが、ちゃっかりとレアは彼の隣に立って手を握っている。
不安を感じている少女の手を、振り払わない位の優しさは、サイハテも持っているようだ。不安の原因は鼻息荒いグレイスだが。
「さて、本作戦の目的は感染変異体の完全排除、及び除染である。本作戦に求められるのは武器庫までの隠密性、閉所での戦闘能力だ。敵に気づかれないように接近し、武器弾薬を確保。その後に殲滅し、除染を行う。つまりはいつもより楽な仕事だな、確保後は好きに戦っていい」
彼が好きに戦っていいと言った瞬間、部屋から全員が喪失したかのような錯覚を、陽子は感じた。
周囲を見渡して見ると、彼らは消えたのではなく、そこにしっかりと存在しているのだが、どうにも彫像等が並んでいるような空虚さが空間に残っている。
「ほう? どこまで好きにやっていいのかや?」
「施設の損壊を避ける程度だ」
「そのレベルか! 燃えてきたな!」
「むっ」
新しく来た三人組は、彼の決断を支持し、ただ一人だけ反対意見を述べた。
「待った。こいつ等に好きにさせると、消耗が激しくなるから、僕反対。その後の弾薬調達すんの、誰だと思ってんだ!」
「お前」
反対意見を述べたネイトだったが、サイハテに膠も無く応えられてしまう。
「お前なぁ! この時代で! まともな弾薬が! どれだけ貴重なのかわかってんのか!? いつもの調子でじゃんじゃんばりばりばら撒かれると、僕が大変なんですけどねぇ!?」
「じゃんじゃんばりばりって、パチンコみたいだな」
「今そんな話してねぇよ!!」
すっ呆けたような物言いをしたサイハテに向かい、彼は食ってかかる。
胸倉まで掴み、唾を飛ばしながら怒鳴るネイトだったが、掴まれている彼は感情のない瞳で、見つめて、煽てるような言葉を発した。
「大丈夫だ。お前なら出来る、俺は信じている」
サイハテからの無類の信頼を感じる言葉に、残ったアルファの面々が同調する。
「そうだ、お前なら出来る! 諦めんなよ!」
「そうじゃそうじゃ。ネイトにしか出来ぬ事だからのう。頼りにしておるぞ」
「んっ……」
言葉の端々から感じる、揶揄う気配にネイトは顔を真っ赤に染める、恐らく、怒りだろう。
「なんだよ! みんなして!! そんな僕に無茶ぶりするのが楽しいか!?」
「ああ」
「むしろなんで楽しくないと思ったの?」
「馬鹿だのう、死ぬのかいな?」
「むっ」
「ふぎぃーーーーーーー!!」
猫のような雄たけびを上げて、地団駄を踏む少女のような彼を中心として、笑いの輪が広がっている。
サイハテとサムだけはその様子を無表情で見つめていたが、グレイスとニックは楽しそうにネイトの周りを回って煽り続けていた。
「ねぇねぇ、今どんな気持ち?」
「無茶ぶりされるのは、どんな気持ちかえ?」
そろそろやりすぎだし、話を進めてほしいと思った陽子は、それを止めようと前に出て、サイハテに制止される。
抗議の視線で彼を見つめると、サイハテは左右に首を振って陽子の手を握った。
反対側にはレアの手を握っており、いつの間にか壇上から陽子の元まで移動しているのに、驚く。
「そろそろ、アイツがキレる。逃げるぞ」
「……あんたねぇ」
火を付けておいて、その台詞はないんじゃないか。
そう言おうと思ったが、半ば引き摺るようにして会議室から連れ出されてしまい、抗議するタイミングを逃してしまった。
「テメェらそこに直れ! 刻んでやるわ!!」
サイハテが会議室のドアを閉めると同時に、中から野太い男の怒鳴り声が聞こえて。
「よし、久しぶりに全力で喧嘩するか! かかってこい!」
楽しそうなニックの応答と共に、暴れる音が響き渡る。
「妾に牙を向けるか……不敬なるぞ!! 童ぃ!!」
ついでに火薬が連鎖して炸裂する轟音と、地響きが中から響き、天井から埃が落ちてきた。
そんな乱闘を扉の外から聞いていた陽子は、眉間に皺を寄せると大きなため息を吐く。
「これ、死人が出るんじゃないの?」
「これ位なら死にはしない。いつもの事だ」
「……やばんすぎる」
ケロッとしているサイハテは置いて、陽子とレアは顔を見合わせて、もう一度大きなため息を吐くのだ。今日分かった事は、アルファナンバーズは隙あらば殺し合いをおっぱじめる危険な奴等な事位だった。
伝説の諜報員達の日常(挨拶代わりに殺し合う)
でもそれ位じゃ死なない辺り、この人達おかしい(小声)