六話:陽子ちゃんに自己紹介しよう(できるとは言ってない)
外で話しているのも何だからと、サイハテは地下司令部の作戦会議室まで、皆を案内した。
その理想を忘れるなと、激励だか脅迫だか分からない言葉を貰った陽子とレアは、戦々恐々としながらも彼に引っ付いていたが、流石に作戦会議室では引きはがされてしまう。
「さて、諸君。これより作戦会議を開始しよう」
ズラリと並んだ机と椅子のセットに、皆を座らせたサイハテは唐突にそんな話を始めた。
「今、俺達は弾薬欠乏の憂き目にあっている。そいつを解消する為に……」
「いや、待て待て。俺らをその子たちに、紹介するのが先だろうが」
彼の作戦会議を留まらせたのは、ニックだった。
至極真っ当な事を言った彼を、忌々しそうな目で見た後、サイハテは小さく鼻を鳴らすと了承の返事をする。
「いつ死ぬかわからんお前らに、自己紹介が必要だとは思えないが……ま、いいだろう。番号の若い順からやってくれ」
「ちょっと……!」
とんでもない言い草に、陽子は叱ろうと立ち上がるが、隣に座っていたグレイスに制止された。
「良い良い。彼奴がああなのは、前からでの。親しい人間には、前からそうなのじゃ。要するにつんでれーしょん、とか申す奴だの」
そう言ってコロコロ笑う彼女を見て、立ち上がっていた陽子は大人しく席に座る。
ツンデレと評されたサイハテは、珍しい事に顔を朱に染めて唸るように毒を吐いていた。
「誰がツンデレだ。嫁き遅れ」
「じゃかあしいわい。妻殺し」
「男女で交際するとか、不健全すぎるだろ……男は男と、女は女と交際すればいいと思います」
「やーだね。ぼかぁ男も女も好きなのさ」
「……んっ」
一気に騒がしくなる会議室だが、罵り合いと言った雰囲気ではなく、どちらかと言うと同窓会でのバカ話と言った雰囲気が強めであり、彼らは険悪に見えても和気藹々としている、わけのわからない集団だ。
「そもそも、妾は嫁き遅れなぞではない。いつしか築きたいだけじゃよ……ないすがぁいショタとびゅーりほーロリータの楽園をなっ……!」
くわっと目を見開き、宣言するグレイスを見て、レアが焦りながら陽子の背後へと隠れた。
流石に、あれは危ないと判断したのだろう。
「幼児しか愛せない精神異常者が、よくもほざいたものだ」
そう吐き捨てたサイハテに向かい、グレイスは嘆息する。
「熟し初めが最も美味いと、何故お主は気付かなんだ……ジーク、妾はそれが残念でならない」
開いた扇子で顔を隠し、ヨヨヨと泣き真似する幼児性愛大和撫子を、巨漢変態紳士は冷たい目で見つめていた。
「そこの女子なぞ、食べ頃ではないかっ!!」
そこの女子と、扇子で差されたのは陽子である。
「え? 私? こっちじゃなくて?」
背後に隠れていたレアをついっと突き出す辺り、彼女も肝が据わっていた。
「うむ、そっちもかわゆいが、まだ食べても美味くはなかろう。閨事はお互い楽しく、気持ちよくじゃよ」
そう言ってコロコロと笑うグレイスに、陽子は恐怖を感じる。
「……性感帯の発達云々で、抱く相手を選ぶとは、やはり貴様は変態の風上にも置けない外道だ。俺と貴様は永遠に分かり合う事ないだろう」
「逸物の入る入らないでしか、愛を語れぬ愚か者が、よくぞほざいた! やはりお主は臆病者の愚者よ。あれくらいの年になれば、子供ではなく女だと、何故気づかん」
罵り合う変態と変態。
取っ組み合いが始まりそうな雰囲気だが、喧嘩となった原因に陽子はめまいを覚えそうだった。
「十三歳はまだ子供だ。様々な物を見て学び、聞いて知り、触って解る年齢だからこそ、俺達大人の感性を押し付けるべきではない。彼女が自ら結論を出した時、大人となるんだ」
「十三程の年齢になったからこそ、妾達大人が導くべきであろう。己が成した失敗を子供に授けて、辛い思いをさせないのが大人と言うものじゃ」
なんだか話が逸れ始めているが、陽子としては先程の抱く抱かないの話に戻って貰っては困るので、流しておくことにする。
「人は失敗して成長する。失敗し、反省してこそ、己の知識になり、人間性を成長させる」
「それこそ、大人のエゴと言う物だのう。その失敗を回避できれば、違う事に成長できるというのが、何故わからん」
「違うな、知識で知るのと経験で知るのでは大きな差が出る。いずれ母となる少女こそ、身をもって知るべきだ」
「人は口伝であらゆるものを伝えてきた。わざわざ失敗させる必要なぞ、ない」
話は終わりそうにない。
言い争いをしているグレイスとサイハテを、残りの三人は生温かい目で見つめており、これがアルファの日常だったというのを示している。
しかし、そろそろ前に進みたい陽子としては、いい加減、抱く抱かないの論争から子供の教育論争にまで発展した言い争いを終わりにしてほしい。
「そろそろ、自己紹介して欲しいんだけど?」
子供がいるサイハテと、子供を産むグレイスの教育論は譲れない部分があるのはわかる。
だが、ここでやるべき事ではないのは事実であり、それに気づいた両者は軽く咳払いすると元の位置へと戻っていった。
「あ、終わった? それじゃ、僕から改めてやらせて貰おうかな」
ナイスタイミングでネイトが喋り、自己紹介が行われていく。
彼らの自己紹介を聞きつつ、陽子とレアはホッと胸を撫でおろした。