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終末世界を変態が行く  作者: 亜細万
四章:かつての街で
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終話:短い旅路の果てに

 千葉の街を抜けて、線路沿いに歩いていた。

 いい加減疲労も溜まっているが、もう少し進めばいくらでも休めるのだからと、旅路を急ぐことにしたサイハテ一行。

 最早、目的の場所まで後数キロと言った距離に差し掛かっていた。


「……」


 サイハテは、風音と出会ってから小刀ばかり見つめている。

 今も下を向いて、先行する陽子とレアの後ろで、小刀を見つめていた。


「サイハテ、転ぶわよ」

「ん? ……あー、そうだな」


 話しかけても上の空である事が多く、陽子のため息は増えるばかりである。


「さいじょー、かみのけ、にゅーしゅできたんだから、しんぱい、いらない、よ?」

「え? ……あー、わかってるよ」


 ダメそうだ。

 聞いているのか、聞いていないのか分からないような返事しかなく、先程から同じような行動ばかりしている。

 何かに執着する事がないサイハテが、珍しく執着しているから放っておいたが、そろそろいい加減にしてほしいとも思い始めていた。


「……サイハテ!」

「敵はいないから、大丈夫だ」


 それでも、警戒はしているらしく、声を荒げて見せても無駄だった。朱色の木材で仕上げられた見事な小刀から目を離す事はない。

 刀を見つめて、一体何を考えているのか、時折空を仰ぐ仕草はするが、しばらくすると小刀観察へと戻ってしまう。彼女との会合を終えてから、この三日間、サイハテはずっと同じことを繰り返していた。


「さいじょー、かんがえごと?」


 何度目になる質問だろうか、つい三十分前もしたような質問を、レアはする。


「ぬ? ……ああ、考え事だ」


 そして、彼も返したような答えを返すのだ。

 そろそろいい加減にして欲しいので、もうちょっと踏み込んでみる事にする陽子は、足を止めると半眼でサイハテを見つめ、口を開いた。


「そろそろ、悩んでいる事とか、話してくれてもいいんじゃない?」


 腰に両手を当てる、いつものポーズで尋ねると、彼は陽子をじっと見つめると仕方がないと言った様子で、考えている事を口にする。


「……俺は、風音の父親面していいのだろうか」


 ぽつりと、消えてしまいそうな程、か細い声で、彼は言った。


「父親かどうかはまだ分からないけど、どうしてそんな考えになったか、教えて貰えるかしら?」

「……ああ」


 少し間があったが、悩みといった様子ではなく、覚悟を決めるのに、少し時間を要した感じだ。


「俺は、臆病な人間だ」


 そう言った彼は暗い表情だった。

 小刀を見つめながら、今にも消えてしまいそうな程、辛そうな表情を見せている。


「恐怖に囚われて、刎頚の友を、何よりも大事な妻を手にかけた」


 最初は死ぬのが怖くて、彼は友を殺した。

 飢餓の恐怖に負けて、共に首を刎ねられても惜しくはないと思っていた親友を、思ったより簡単に殺してしまった。


「そうね、それは変えられない事実よ」


 こう言った時、陽子に容赦はない。

 事実は事実で誤魔化す事は許されないからだ。


「でも、それは父親になるのと、なんの関係もないでしょ」


 そして、自分が信じている善性から、決断を下す。

 大切な者を殺した人間が、大切な人間を作るのは、悪い事ではない。


「……怖いんだ」

「何が怖いのよ」


 父親になる重責だろうか、それとも、これより降りかかってくる困難に対してだろうか。

 陽子の予想はどちらも外れていた。


「風音を含めた君達と、自分の命を天秤にかけられたら、俺は自分を選んでしまう」


 サイハテは強い。

 一人だけなら、この世に存在する何者にも負けないから、サイハテは強い。

 例え、世界で最も優秀な軍師が彼を罠に嵌めても、サイハテはそこから逃げ出して、力を蓄えて軍師を討てる。

 億の軍隊に追いかけられても、逃げ遂せる事が出来るだろう。

 だが、その素晴らしい能力は、誰かを守る事にはとっても不向きだった。

 陽子やレアだけが足枷な訳ではなく、誰かと共にあると言う事が、彼にとっての足枷になってしまうのだ。


「何言ってんのよ。そこは自分を選びなさいよ」


 呆れたような口調でそう言われて、サイハテは顔を上げてしまう。

 彼の視界に、呆れた表情の少女が映る。


「自分の命を大事にする事は、何一つ間違いなんかじゃないでしょうに。あんた、まずそこがおかしいわ」

「……だが、俺が逃げたら」

「あー、はいはい。戦闘中にあんたが逃げたら、私達は死ぬわねー。で、それがどうしたの? あんたを殺せるような相手だったら、結局、私達は殺されるわ。そこであんたが死んでも、意味ないじゃない」

「………………」


 ぐうの音も出ないとは、この事だろうか。


「あのね、サイハテ」

「……ああ」


 そろそろ、いい加減にしてほしい気持ちもあったので、陽子は畳みかける事にする。


「一人を犠牲にして百人を救うとか、なんの意味もないから」

「……なら、君は一人を生かして百人を殺せと言うのか?」

「命の価値は、数じゃないわよ。どれもこれも尊いの、犠牲の上に成り立つ営みとか、糞喰らえ。よ」


 苛烈にして、正道。

 サイハテは、鳩が豆鉄砲を食ったような表情になっていた。


「どっちかが死ななくちゃどっちかが救われない、なんて状況になってたら放って置きなさい。命は尊い物だけど、生きているだけでそれなりに責任が降りかかるの。自分は自分で救わなくちゃいけないの、私達が出来るのは、誰かが生きる事を手助けするだけよ。俺が救ってやるー、なんて、いつからそんなに高慢になったのかしら?」


 初めて出会った時、彼女に教えた事が今芽吹く。

 答えは得たが、まだ聞きたい事がある。サイハテは頬を吊り上げると、陽子に向かって一つだけ質問をした。


「……それが、君の正義か?」


 その問いに、少女は鼻を鳴らして答える。


「そうよ、これが私の正義よ」


 なるほどと、彼は大きく頷いた。


「そうか。いい正義だ」


 サイハテはそう言って笑うと、小刀を鞘から五寸だけ抜いてみる。

 磨き上げられた刀身は鏡のようで、そこには自分の顔が映っていた。

まだエピローグがあるんじゃ。

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