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終末世界を変態が行く  作者: 亜細万
四章:かつての街で
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二十八話:いきなり父宣言されても、困るだけ

「……何から話したものか」


 サイハテは胡坐を掻いたまま腕を組むと、悩み始めた。

 殺されないに越した事はないが、彼は別に殺されても構わないと思っている。

 グラジオラスにはサイハテを討つだけの理由と、討っていい権利があるのだから、行く末は彼女に任せると決めた。

 でも、その前に教えてやるべきだろう。


「東屋琴音は、俺の妻だ。籍も入れたし、結婚式も挙げた」

「つまり、貴様は自分の妻を手にかけた訳か」


 どうやら、話の出だしを間違えたらしく、場の空気が更に凍り付く。

 父親だと言う証明になってもいなければ、聞き方によってはグラジオラスを煽っているようにしか聞こえない言葉だ。

 明らかに、失言だった。


「そうだ。命令だった」

「命令だったからって、自分の奥さんを手にかけるのは違うと思うの」


 今度は陽子から責められてしまう。

 だが、それは当然の事であり、サイハテが反論する事はない。


「ああ、今でも間違っていると思っているよ」


 追及は間違っていない、彼もそれは認めている。

 一度は逃げると決断したが、結局は妻を殺してしまった、ジークと呼ばれていた怪物がサイハテなのだ。


「殺した後に知った事だが、琴音はその時妊娠していたらしい。三ヵ月と半分位の大きさだったと教えて貰った」


 妻と共に、己の子を一緒に手掛けたと知ったとき、彼は一体どんな気持ちだったのだろうかと、陽子はサイハテの横顔を見つめる。

 視線には気付いたが、今は構う余裕がないので、話を続けるサイハテだった。


「娘が生きているかも知れないと、思い始めたのは思い出の廃墟での事だ」


 思い出の廃墟、それはサバトと明確に敵対する事になったあの廃墟だろうと、陽子はあたりを付けたが、グラジオラスはわかっていないようだ。

 首を傾げている姿は、年相応の少女らしく、サイハテの話に夢中になっている事がわかる。


「確信したのは、君が俺の仲間を叩きのめした病院内でだ」

「……待て、あの病院とわたしに、接点はない。貴様らが来る前にデータを漁ったが、それらしいものは見かけなかった」


 ジークが目指すから、何かあるのだろうと予想していたのか、グラジオラスの行動は的確であった。


「俺が見たのは、あそこの院長室から行ける地下。机にアルファナンバーズのマークがあったからな、調べてみたら案の定だった」


 陽子とサイハテが見た、沢山のビーカーが浮かんだ異様な部屋。

 同じ物が病院の地下に存在したのだろう。


「そこの最奥には、琴音が居た。いや、今も居ると言ってもいい」


 彼はなんでもない事のように言い放ち、静かに目を伏せた。

 陽子は、サイハテが何を感じているのか、わからない。

 身を焦がす憤怒を秘めている様子もなく、心砕く悲嘆でもなさそうで、目を伏せているだけで何も感じなった。


「彼女の遺骸は、腹が裂かれていた。恐らく、取り出されたのは君だろう。グラジオラス」

「………………」


 魔女と呼ばれている少女は、何も語らない。

 十七年間の孤独と、グラジオラスは言っていた。

 彼女の顔立ちはどう見ても、十代のそれであり、とてもではないが、成人しているようには見えない。肌の艶や、髪の滑らかさを見れば、彼女が長い人生を歩んでいない事はよくわかる。


「それで、娘と確信した理由だっけか」


 グラジオラスが語らないなら、サイハテが代わりに語る。話が大分逸れていたが、彼女の聞きたい事は根拠だ。


「……無いんだ。根拠なんて」


 彼の言葉を聞いて、陽子はひっくり返りそうになってしまう。根拠が無いのに、自分は貴女の父だと確信できる神経がわからなかった。


「……どうして、父だと名乗った?」


 だが、それが功を奏したのか、グラジオラスから殺気らしい殺気が消えており、随分と対話の姿勢が見えてきている。


「……………………お、怒らない……か?」


 長い沈黙の後、サイハテが捻り出した言葉に、彼女も陽子も呆れてしまった。


「怒らん」

「怒らないわよ」


 二人の白けた視線に痛みを感じ出したが、ここまで言って語らぬわけにはいかない。


「似ているんだ。琴音と俺に」


 しばらく言葉を待ってみたが、他に何か言うでも無く、彼は冷や汗を流しながら黙り込んでいる。

 どうやら、あれ以外に理由はないらしいと陽子は思った。


「……そうか」


 戦う気なんて、どこかに飛んで行ってしまったのか、冷や汗を流すサイハテの前に、グラジオラスが胡坐を掻いて座り込む。

 膝に肘を立て、頬杖を突く姿はどこか貫禄がある。


「ちなみに、わたしはどこがお前に似ている?」

「目鼻だ。口元は琴音そっくりだ」

「……そうかぁ」


 先程までの背筋が凍るような沈黙ではなく、どこか間の抜けた珍妙な静寂が場に訪れた。

 居心地が悪そうなサイハテが、全力で目を反らし、そんな彼をグラジオラスがじっと見つめている。


「……言われてみれば、似ている」


 彼女はサイハテの血が付いたままの小刀で、自分の顔を確認してそう呟いた。

 陽子もこそっとサイハテとグラジオラスの顔を見比べてみたが、確かに似ていると思った。親子と言われれば納得できる位、似通っており、彼女が感じていた既視感は、これによるものだったのだろう。


「……似ている。似ているが、それだけではお前を父とは認められん。他にないのか」


 そんな事を聞くグラジオラスは無表情である。

 しかし、彼女から歩み寄ってきたので、ここで納得のいく根拠の一つでも上げられれば、戦いは避けられるのだろう。

 陽子は、サイハテに期待する。

 嘘でもいいから、何かしらの根拠を上げればいいのだから。


「…………………………すまない。無い」


 長考を必要とした彼は、しばらく考え込むと結論を出した。情けない方向で。

 娘かも知れない敵と戦いたくない思いと、娘かも知れない敵に嘘を吐きたくない彼の二面性がせめぎ合って、後者が勝ったのだろう。

 要するに、ヘタれたのだ。


「………………………………フンッ」


 怒り顔になったり、悲しそうな表情を見せたり、百面相した後、彼女はムスッとしている。

 その表情はとにかく不満を感じているようで、ものすごく不機嫌そうであった。


「……すまない」


 もう一度謝罪をするサイハテは、今までにない位、情けない。

 見るからにしょんぼりしており、無駄遣いを母に責められる父の有様を、陽子は思い出してしまう。助け舟を出すべきなのだが、出せる船が無くてはどうしようもない。見守る事にした。

 不機嫌そうながらもそわそわしているグラジオラスは、サイハテの言葉を待っているのだろうが、何か言うべき彼は上目遣いで、彼女の機嫌を計っている。

 だが、まだチャンスはあるのだ。彼女が望む言葉、とにかく、父親らしい言葉でもかけてやれば、ツンツンしながらでも靡いてくれはするだろう。


「…………ごめん」


 ダメだった。

 サイハテが口にしたのは、ダメ押しの謝罪だった。

 とうとう不機嫌が天元突破したのだろう、グラジオラスは立ち上がると、勢いよくサイハテの頬を張って、くるりと踵を返してしまう。


「帰る」


 不貞腐れた子供のような声色でそう言って、さっさと出口に向かってしまう彼女の背中はどことなく寂しそうだった。

 見ていられなくなって、彼女に声をかけようとする陽子だったが、それより先に、サイハテが口を開く。


「迎えに行く!」


 グラジオラスが足を止めて、耳を澄ませている。


「俺が父親だって証拠を持って、必ず迎えに行く! だから……!」


 彼は胸の前で強く拳を握ると、大きく息を吸い込んだ。


「待っていてくれ。長くは待たせない」


 珍しく、サイハテは怯えを表情に出していた。

 グラジオラスに、拒否されるのが怖いのだろうか。


「……」


 彼女はしばらく足を止めて、彼の言葉を聞いていたが、肩を竦めると再び歩きだしてしまう。

 その背中は寂しげで、今すぐ駆け寄ってやりたい気持ちになる。


「……後」


 聞こえているか、どうかは分からないが、サイハテが大事な事を今更、彼女が去るその時に口にした。


「君の名前は、グラジオラスなんかじゃない。風音だ」


 風音、その名前を聞いた彼女がゆっくりと振り返る。

 選手達が出てくるゲートに夕日が遮られて影になっており、顔は見えない。


「琴音と、一緒に決めたんだ。女の子が産まれたら、風音にしようって。だから、君の名前は……」


 今日のサイハテは情けない姿ばっかりだ。

 先程はヘタレて、今は情けない表情を見せている。

 そんな姿は見るに忍びなかったのか、グラジオラス、もとい風音は手に持っていた何かを、サイハテに向かって投げつけた。


「風音って……いてぇ!」


 額に直撃した小刀が、ピッチャーマウンドへと転がる。

 サイハテは額を摩りながらそれを拾い、首を傾げた。


「……情けない顔するな。ばーか」


 投げた張本人は、そんな捨て台詞を吐くと、さっさと姿を暗ませてしまう。

 拾った小刀は、サイハテの眼を抉らせた奴である。

 キョトンとした表情の彼は、小刀を手に持ったまま、投げつけられた意図を計りかねており、仕方ないので陽子が助け舟を出した。


「貰っていいんじゃない?」

「……いいのか?」

「ダメだと思うなら、後で返せばいいでしょ」

「そういう物か?」

「そういう物よ」


 サイハテは未だ、首を傾げている。

 本当に、今日はいいところなしだった。

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