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終末世界を変態が行く  作者: 亜細万
四章:かつての街で
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二十七話:Iam your father

2000文字程度の短さです。

 東屋琴音。

 その名前を聞いたサイハテは、小さく溜息を吐くと、ゆっくり瞳を閉じた。

 何かを考えている、と言うより思い出していると言った方が正しい様子で、訝しむグラジオラスを放置し、たっぷりと一分程考え込んでから、彼は目を開いた。


「そうか……やはり、そうだったのか」


 そして、何かに納得がいったのか、大きく頷くと、サイハテはその場に胡坐を掻いて座り込んでしまう。

 最早、戦う気なんてないらしく、彼は優しそうな瞳で、困惑するグラジオラスを見つめていた。


「……貴様、何を考えている!? 立て、立ってわたしと戦え!」


 サイハテに戦う気なしと見た彼女は、激昂し、そう怒鳴るが彼は首を左右に振る。


「俺が君と戦う意味は無くなった。斬りたいなら斬れ」


 まるで、グラジオラスに殺されてもいいような言い草に、陽子は頭に血が上ってしまう。

 息を大きく吸い込み、怒鳴ろうとする前に、彼女の叫びに遮られた。


「ふざけるなっ!!」


 マリンフィールドが震える位の叫びだが、悲痛な声だと陽子は感じる。


「わたしは十七年、貴様を斬る為だけに生きてきた! 貴様と戦い、勝利する為だけに生きてきたんだ!」


 それ以外の生き方なんて、彼女は知らないのだろう。

 サイハテと戦って、勝つ為だけに育てられて、剣の腕をずっと磨き続けてきた。ただ一度の合瀬を最高の瞬間にする為に、彼女は生き続けていたのだ。


「だと言うのに、貴様は戦いを放棄するだと!? それが母を殺した男の台詞か!?」


 本気のジークと戦って勝たなくては意味がない。

 殺すだけでは、前に進めない。戦う為に育てられた人間の悲哀だ。


「今、戦いをやめられるなら、何故母を殺した! 何故、母が殺されねばならなかったのだ!! どうして、お母さんを殺せて、わたしを殺せないの!!」


 抑えていた感情が、枷から解き放たれて溢れだす。

 先程までのどこか無機質な彼女はいつの間にか消え去って、そこには十七年間憎い仇(ジーク)を追い求めた一人の少女が現れていた。


「どうしてお前は……わたしをひとりぼっちにしたんだぁ!」


 グラジオラスの根幹にあるのは、孤独。

 彼女に政府から与えられたのはサイハテに対する憎悪だけではなく、誰もが当たり前に享受できる物を奪われたと言う喪失感と、奴を殺すまで永遠に独りと言う、耐えがたい孤独だった。

 少なくともジークには仲間が居た。しかし、グラジオラスは、本当に一人だったのだ。


 ただただ、憎悪に身を焦がす孤独な毎日の中で、唯一出来たと言ってもいい絆が、憎い仇との縁だけであり、彼女は愚直に、サイハテと出会う(殺し合う)のを楽しみにしていたのだろう。

 仇討ちの剣士と、その仇ならば、歪過ぎるがお互い対等の人間関係が築かれる。その一瞬だけを楽しみにして生きてきた、哀れな少女がそこには居た。


 彼女の叫びを黙って聞き続けていたサイハテは、深々と首を垂れると、謝罪と断りの文句を口にする。


「すまない。それでも俺は、君と戦う訳にはいかないんだ」


 彼の意思は変わらない。

 どんな理由があろうとも、グラジオラスとだけは戦わない、なんて強い意志を感じさせる口調だ。


「ふざけるな……どうして、どうして戦わない」


 血が出る程の勢いで、両手で頭を掻き毟る彼女の問いに、サイハテは珍しく言いよどむ。


「答えろジーク! 何故戦わないっ!」


 彼も、その答えは黙っておきたかったのだろうか、表情を歪めると一度だけ、強い口調で彼女に向けて警告を発する。


「……信じられないかも知れないが、それでも聞きたいか?」

「うるさいっ! 答えろ!」


 興奮によって、肩で息をしているグラジオラスは冷静さを失っているように見えるが、どうやら、サイハテも覚悟が決まったようだ。

 表情を引き締めると、ゆっくりと真実を口にする。


「俺が、君の父親だからだ」


 マリンフィールドの空気が凍り付く。

 衝撃すぎる真実に硬直したグラジオラスと、突拍子もないサイハテの答えに脳内が白一色に染まる陽子、どうにも話し方が下手だと呆れるレアがため息を吐き、サイハテの背嚢に収納されたハルカヘッドはスヤスヤと眠っていた。


「……そんなウソで、わたしが騙されるとでも?」


 一転回って冷静になったグラジオラスは、無表情になって言い放つ。


「嘘じゃない。斬りたいなら斬れと言っただろう? さぁ、答えたんだ。もう好きにしろ」


 だが、サイハテの態度を見る限り、どうやら真実のようで、事情を知らない陽子は頭を抱えてしまう。


「……………………よし」


 まだまだ南極程の凍り付いた空気の中、とりあえず頭の中を整理し終わった陽子が、観客席からグラウンドへと降り立った。


「とりあえず、アレよ。どんな根拠があって、サイハテが結論を出したのか。聞いてからでも遅くはないと思いませんか?」


 このままでは、謎を多く残したままサイハテが殺されてしまい、グラジオラスも疑問を抱えたまま、孤独に生き続ける未来しか見えなかったので、そんな提案をさせてもらった。

 陽子の提案を受けた彼女は数秒だけ悩むと、大きく頷いてくれる。


「わかった。話せ」


 このままサイハテが死んでも、損しかなくなってしまう。

 彼が話す根拠を聞いてからでも遅くはないと、思わせる事には成功したようだった。

後三話位で、この章は終わりになります。

次章から、やっと新展開、サイハテが本気出す。

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