二十六話:グラジオラス、その花は
雄たけびと共に、宙を舞う刃が射出された。
刃はまるで、舞い散る落ち葉のように不規則で、それでいて正確にサイハテの元へと飛んでくる。踊る刃とはこの事かと、彼は脳内で思い、手に携えていた拳銃を向けて、半数を撃墜する。
数発、外してしまったが別段問題ない、六つ程度の刃なら、近接格闘で十二分に対処が可能だからだ。
刀を引き抜き、四つを撃墜、二つを躱して見せた。
「サイハテ、危ない!」
観客席から、陽子の悲鳴が届く。
宙を舞う刃で視界を塞ぎ、グラジオラス自身はサイハテの背後へと回っていたからで、彼に匹敵するほどの恐ろしいスピードだった。
「わかっている!」
雄たけびのような返事と共に一瞬で振り返り、粒子剣を高周波ブレードで受け太刀して見せる。鍔迫り合いになって、不利になるのは高周波ブレードの方だ、力任せに振りぬいて、彼女を吹き飛ばし距離を取る。
その際、火花が派手に散って、両者の服に焦げ目を付けた。
金属粒子を高速で回転させる粒子剣と、高周波で刃を震わせる高周波ブレードは相性が悪い。
実体の刃がない粒子剣は、刃毀れや曲がったりして切れ味が落ちる事が無いのに対し、高周波ブレードはその両方が起きて、その内使えなくなってしまう。
先程の一合で、サイハテの刀は一部分が欠けてしまっており、何度も打ち合っていれば、その内折れてしまう事が伺えた。
「シャァァァァァァァァァァァァ!!」
呆けている時間はなく、気勢を上げたグラジオラスがそこまで迫っている。
踊る刃とはよく言ったものだと、サイハテは剣を受けながら思う。
武術としては異端と言ってもいい。日本流の剣術だけではなく、西洋のフェンシングから、中国の剣術までもが織り交ざったごちゃ混ぜの剣術に、押され始めた。
手首を返し、変幻自在の軌道を産み出すフェンシングかと思えば、突き出した状態から腰で振る中国剣へと変貌、それらから生まれる致命的な隙を、防御に適した素肌剣術で防ぐ。
秒間十二合の合瀬では、相手の動きを読めたとしても関係がない、防戦一方になるだけだった。
「くそっ!」
サイハテはそれらに対して、攻め手を変え、相手の柄頭を掌底で弾いて見せたが、加えられた力に対してグラジオラスは、脱力をして見せる。
完全に攻撃をいなされて、間合いの外へと移動されてしまい、産み出した相手の隙を利用できないでいるサイハテは、一筋の汗を流す。
「………………」
彼女は唇を吊り上げて、狂暴な笑みを見せた。
相対しているサイハテなら未だしも、遠くから見ている陽子ですらひっくり返ってしまいそうな殺気に、彼は渋い表情を作る。
グラジオラスが一歩踏み出せば、彼が一歩下がり、彼女が下がれば、サイハテが踏み出す奇妙な静寂が生まれる事になった。
その静寂を破るのは、やはり彼だ。
サイハテは切先を下ろして、グラジオラスに問いかける。
「……一つ聞きたい!」
ちらりと、己の持つ刀を見てみるが擦り減って細くなってしまっていた。
これでは次の合瀬で圧し折れて、彼女に斬られてしまう。
「……何?」
次攻めれば勝利が決まると言うのに、グラジオラスはサイハテに応えてくれる。
「君の……」
だが、彼はらしくもなく、言葉を詰まらせ、彼女を苛立たせた。
「わたしの、なんだ。言ってみろ!」
それでも、サイハテは躊躇する。
聞いてはならぬ事を聞くような、むしろ聞きたいが聞きたくないと言ったような様子で、ゆっくりと口を開く。
珍しい事に、彼の声は震えていた。
「お母さんの名前を、教えてくれないだろうか」
サイハテは、弱々しく微笑んでいる。
その様子を見た彼女は、今までにない位不機嫌そうな表情で答えた。
「断る」
取り付く島もないとはこの事だろう。
強い拒絶の感情が、言葉には詰まっている。
「……どうしても、教えて欲しいんだ」
そう言って、彼は持っていた刀を投げ捨てた。
拳銃の弾は切れている、装弾する余裕をグラジオラスは、与えてくれない。これでもう、サイハテは死ぬ。
陽子は悲鳴を上げそうになるが、ぐっと堪える。
「………………」
彼女は彼を殊更不機嫌そうな目で睨みつけると、腰に結わえていた小刀を投げつけて、言い放った。
「ならば、その刀で左目を抉れ。さすれば、答えよう」
到底、飲めぬ条件を出し、グラジオラスは嘲笑う。
出来ないと思っているのだ、彼女は、サイハテがそんな事をするはずがないと思っているのだ。
「サイハテ、ダメェ!!」
陽子が制止するが、サイハテは刀を拾うとそのまま自分の左目を抉ってみせた。
深く傷つけたのだろう、左目から鮮血が溢れて、彼の頬を伝う。
「……これで、いいか? 教えてくれ、君のお母さんの名前を」
小刀を鞘に戻し、グラジオラスへと投げて返却しつつ、サイハテはなんでもない事のように言い放った。
彼女は動揺し、目を反らす。
二つしかない自分の眼を、あっさりと抉ったサイハテに対する動揺だろうか、それとも、そこまでして母の名を聞きたがる彼に対する恐怖だろうか。
「……いいだろう」
だが、覚悟は決まったらしい。
彼女は表情を引き締めるとある人物の名前を言い放つ。
「母の名は琴音。東屋琴音だ」