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終末世界を変態が行く  作者: 亜細万
四章:かつての街で
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二十五話:陽子とグラジオラス

 千葉マリンフィールド。

 かつては鍛え上げられた野球選手達が、しのぎを削っていた戦場にて、陽子とグラジオラスは観客席に座り込んでいた。

 彼女はお土産と称したレアを膝の上に乗せて、頬ずりしているが、陽子から警戒を外す事はない。


「……えっとぉ」


 とにかく、会話しなくてはならない。グラジオラスと名乗った美女と、自分達に何の関係があるかをはっきりさせなくてはならないと、陽子は決意を固めた。


「何?」


 切れ長の綺麗な瞳が、少女に向けられる。

 どこか感情の読めない、自分を殺し尽した目だった。


「……っ私達をどうして攫ったんですか?」


 出会った頃のサイハテみたいなグラジオラスに、少したじろいだが、ここで退いては女が廃ると言わんばかりに、尋ねてみる。

 彼女は一度だけ目を閉じると、ゆっくり見開いてこう答えた。


「君にそれを知る権利はない。あるのはわたしに着いて来る事」


 つまりは答えないと言う事だ。

 こうにべもなく断られると、話が詰まってしまう。

 だが、質問はまだあるのだ。


「……じゃあ、なんでここで待機なんですか? 誰を待っているんです?」


 攫ったのならば、サイハテの手が届かない場所へと逃げてしまえばいいのに、グラジオラスは彼にメッセージを残してまで、ここで彼を迎え撃とうとしていた。


「そんなの、決まった事」

「うにぃーーーー……」


 レアのほっぺを引っ張りながら、彼女は答える。


「ジークを殺す為、それだけ」


 伸びに伸びた頬は、手を離されると波打ちながら元の形へと戻る、随分と柔らかそうなほっぺだ。


「……殺すって、サイハテ。ジークが貴女に何を?」


 グラジオラスの目的は穏やかじゃなかった。

 故に、その理由を問い質さねば陽子は納得できるはずもなく、踏み込んではいけないと分かっていても聞かなくてはならない。

 それは、少しだけ昔、ここの廃墟で一番最初に彼から学んだ、大切な事がまだ胸の奥で輝いているからだ。


「………………」


 彼女は、少女の問いかけを聞いて、少しだけ迷いを見せた。

 でも、それも僅かな間だけで何を考えているか分からない無機質な瞳で、こう答える。


「あいつがわたしの仇だから」


 答えを聞いても、余り驚かなかった。

 彼と共に歩んでいけば、いつかそんな人間に出会う予感がしていたからだ。だから、その時の為に用意しておいた言葉を、彼女に言わなくてはならない。

 陽子は戦う力のない少女である。

 相手が激高して、腰の獲物で襲い掛かって来れば、九分九厘殺される自身があるが、それでも言わなくてはならなかった。


「復讐なんて、むなしいだけだと思います」


 それは正論。

 一から十まで正しいだけの言葉に、グラジオラスは口角を吊り上げる。


「そうだね。虚しいだけだ」

「……だったら!」

「それでも、わたしはあいつを殺さなくちゃ、前に進めないんだ」


 肯定し、反論しようとした陽子を、持論で押し潰した。


「わたしの人生は憎悪から始まった」


 グラジオラスはそう言って、膝に抱えていたレアを手放し、陽子に押し付ける。


「母を殺したアイツが憎くて、恨んで恨んで、全部が空っぽになっても、憎悪は消えなくて……」


 陽子は、彼女と語り合っている最中、しぐさや言葉尻から既視感を感じていた。


「だから、この燻りを消すために、ジークを殺したい。ただただ、次の一歩を踏み出す為に、殺したい」


 似ているのだ、その憎き仇に、似すぎているのだ、サイハテに。


「空っぽのわたしが、人になる為のステップなんだよ」


 母の死と言う呪縛に捕らわれ続けたグラジオラスは、次の一歩を踏み出す為に彼を殺害しようとしている。

 そして、陽子は知ってしまった。

 彼女の行いは、それもまた一つの正義なのだと。

 もう、なにも言えなかった。

 間違いじゃない事を、否定する事は善性を信じる陽子には出来ない。口を閉ざしてしまった少女と、復讐者と成り果てた少女の間に、一迅の風が吹く。


「ころさない、ほーがいーとおもうけど」


 黙りこんでいた少女、レアが唐突に口を開いた。

 グラジオラスと陽子は揃ってレアを見て、見られた少女は少しだけ居心地が悪そうに身じろぎをする。


「何故?」


 彼女が言った。


「……ぼくからは、こたえられない」


 少し迷って、少女が答える。


「……それはないだろう、そこまで見せつけて置いて、お預けは酷いよ」

「それでも、こたえることはできない。こたえは、すぐそこまできてる」


 苛立っているグラジオラスを尻目に、レアは懐からスマートフォンのような機械を取り出して、画面を見つめた。


「……ほら、きた」


 二発の銃声が響き渡る。

 驚いた二人が聞こえた方向へと首を向けると、そこには一人の男が立っていた。


「ジーク……!」


 苛立っていたはずのグラジオラスが、喜色を見せる。

 感情が消えていたはずの瞳がランランと輝き、近くに居るだけで吐き気がする程の殺気を撒き散らして、一人の男を見つめている。彼女にとっては千載一遇のチャンスであり、一日千秋の思いで待ち続けていた、憎い憎い仇なのだ。

 一度の跳躍で座席からピッチャーマウンドまで飛び、バッターボックスに立つサイハテと相対するグラジオラス。


「会いたかった……! この日をどれだけ待ち望んだ事か!」


 喜びで弾んだ、乙女のような声色だ。

 対するサイハテは、訝しむような視線を向けた後、ぽかんとした表情で、首を傾げる。


「……君は?」


 敵に対する、無感情の声ではなく、陽子やレア達に対するような声色のサイハテに、陽子は不審に思い、レアはわかったかのように頷いていた。


「わたしに名前はない。貴様を殺す為だけに、今日まで磨き続けてきた一振りの剣! グラジオラス!!」


 彼女が粒子剣を引き抜き、構える。


「母の仇、ここで朽ち果てるがいい! ジィィィィィク!!」

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