二十四話:遅すぎた到着
アサルトカービンを構えたサイハテが病院の駐車場に侵入する頃には、全てが手遅れだった。
銃声が聞こえたので、彼なりに急いで走ったのだが、陽子とレアは連れ去られてしまっており、全てが遅かったのだと悟る。
辺りにはアサルトカービンの薬莢が散らばり、人型機械の残骸が散乱し、ハルカの血らしき白い液体がぶちまけてあった。
「………………」
とりあえず、現場検証をしよう。
サイハテは脳内でそう呟いた。
陽子とレアが連れ去られた、その事実だけで動揺する己を、彼は嘲笑う。随分温くなったと、自分で自分の持ち味を潰していては世話がない所か、救えるものも救えなくなってしまう。
自分の持ち味はどんな状況でも100%のパフォーマンスを発揮できる所以外、何もないとサイハテは理解している、冷静さを欠いてしまえば、ただの男と変わりないのだから、頭を冷やす。
「……全て一撃、凄いな」
巨大な人型機械を見分して見たが、鋭い刃物で断ち切られた以外の傷は見当たらなかった。どれもこれも一刀両断で、相手は凄まじい剣士だったのだろう。
コックピットらしき場所にはまった座席には、ウェーブのかかった金色の髪が数本落ちており、レアの匂いもする。
これに乗っていたのは、あの少女だろうとあたりを付けるが、こんな物をどこで見つけて来たのか、疑問に思う。
「ばら撒かれた薬莢……あちこちにある弾痕。剣で弾いた? 弾丸を? マジで?」
弾痕と散らばった薬莢の数を数えてみると、驚く事に数が一致する。
それ故に荒唐無稽な仮説を立てて見たのだが、恐らく真実だろう。人類は随分と進化したものだと、二十一世紀出身のサイハテは関心した。
意外かも知れないが、彼は彼なりに武人に対する敬意を持っている。
剣で銃弾をはじき返す、なんてことは奇跡と呼んでもいい位、ありえない事だ。
「だが、そんな武人が何故俺達を?」
同時に疑問も抱いた。
こんな事が出来るのは並大抵の修練ではなかったはずで、その血が滲む所か鮮血噴き出すような努力を、こんな下らない事に使うのはありえない事だ。
「……………………」
答えは出ない、ならば他の事を片づけるだけだと、引き摺られたように残る、足元の白い血痕を辿っていく。
銃を構えて、病院の自動ドアを潜る。
中の感染変異体は、やはりと言うべきか、全てが片づけられており死体が散乱していた。
「……全部、一太刀でか」
素晴らしい手管だった。どれもこれも一撃で頭を割られるか、首を絶たれており、抵抗らしい抵抗すらさせて貰えていない。
隠密すれば、同じような事が出来るが、ここにある死体は全て真正面から叩き切られている。
サイハテには逆立ちしても、出来そうにない偉業ばかりだ。
「…………」
二人は連れ去られた。白い血痕から見て、ハルカは破壊されている可能性が高い。病院内にもハルカの結婚が点々と続いており、まるで案内されているかのような気分に陥ってしまう。
血の案内板は、サイハテが目的としていた場所にまで続いていた。
電気が着いていないはずの病院内なのに、目的の場所にだけ電気が着いており、老朽化したドアに空いた小さな穴から、いくつかの光点が漏れている。
ドアの向こうに、生物が居る気配はない。
(……誘われた?)
間違いなくそうだろう。
サイハテは扉から離れると、手榴弾の分解にかかる。
炸薬と信管を抜いて、空になったガワはリュックサックにでも入れておく。炸薬を金属ケースに詰めて、ダクトテープでドアに手製ブリーチャーを設置した。
離れた位置から紐で引っ張り、ドアを爆破し、埃舞い上がる通路に身を隠すが、トラップが作動する様子はなく、彼が首を傾げるだけの結果に終わってしまう。
「……うーん?」
しばらく待ってみても、何かが起こる事はなく、サイハテはゆっくりと部屋に近寄り、ドアが吹き飛ばされて大きく光が漏れる部屋を覗きこんだ。
「やっぱり、やられていたか」
そこにはハルカが落ちていた。
サイハテが目的とする機械の前で、体は正座しているかのように座り、落とされた首は両手に抱えられながら、膝の上に鎮座している。
彼の声に反応したのだろう、機械侍女の生首は少しだけ億劫そうに眼を開けて、口を開く。
「…………。……。…………」
だが、聞こえてくるのはノイズだけだ。
「発声機関が壊れたか、ちょっと失礼するぞ」
「……!? …………!!」
ハルカの体から頭部を取り上げて、首の断面図を見てみるが、見れば見る程人間そっくりの内部構造をしている。
微妙に違う部分もあるのだが、パッと見ただけでは判別がつかない位、精巧な作りだ。
「……よくは分からんが、多分こうかな?」
「…………! ……!!」
ノイズが大きくなったが、気にする事はないと損傷した発声機械らしき部品を、体の断たれた部分から引っ張り出して、くっつけて見ようと努力する。
「勝手に触らないでくだサイ! この変態!!」
「お、直った」
ハルカに見られる前に、瞬間接着剤を部屋の隅に放り投げて証拠を隠滅するサイハテ。
顔の角度を変えて、自身の顔が見えるように、正座したままの体に置いてやると、彼女は目を吊り上げてサイハテを睨みつけている。
「……あー、そんなに嫌だった?」
「嫌に決まっているデショウ。変に壊したらどうするつもりだったのデスカ」
彼女の反応は、まるで無理矢理襲われた乙女のようだ。
「笑って誤魔化すさ」
「誤魔化さないでくだサイ」
歯ぎしりをして、こちらを威嚇するハルカを見て、サイハテはカラカラと笑った。
全く持って人間らしい反応をするようになって、嬉しい限りである。
これはこれで、生物の新たな形なのかも知れないなと、妙にロマンチックな事を考えるサイハテだったが、首だけになったハルカは不機嫌そうだ。
「はぁー、全く、西条様にはデリカシーと言う言葉は存在しないのデショウカ。裸なら未だしも、乙女の断面を見たい等と……全く持って理解できマセン。いいデスカ? 乙女と言うのはデリケートな生き物デシテ、普段の西条様はそれはもう、陽子様やレア様にセクハラ痴漢に覗きにお触りし放題。機械から見てもデスネ。あれはちょっとやりすぎなのではないかと思う事も、多々ありマシテ……聞いてマス? そもそも」
クドクドと説教が始まってしまったが、聞いている暇はない。
「そりゃ悪かったな、後で土下座でもなんでもしてやるよ。だが、その前に陽子とレアはどこに言ったのか。教えて貰えないだろうか?」
後でいくらでも叱られていい、それはご褒美だ。
だが、彼女達が攫われたと言うのはいただけない。
サイハテの問いに、目を見開いたハルカは眉尻を下げて、話題の転換を図る。
「お二人は、攫われマシタ」
「見ればわかる。誰に攫われて、どこに連れて行かれたのかだけ、教えてくれ」
機械侍女はまるで自身の記憶を手繰るかのように目を閉じて、ゆっくりと口を開く。
「お二人は……」
遅すぎた投稿だろっなんて突っ込んではいけない(戒め)