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終末世界を変態が行く  作者: 亜細万
四章:かつての街で
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気まぐれ小話:陽子がお風呂に入るようです

 体と髪を洗って、湯船に浸かろうとしたその時だ。

 呆れたような視線で、陽子を見ているサイハテに気が付いてしまった。

 彼は湯船に浸かって、片足を突っ込んだ状態で硬直した陽子を見て、呆れているような、苦笑しているような表情で少女を見つめている。

 お互い、一糸纏わぬ姿であり、二人は恋人でも無ければ、そう言った爛れた関係でもない。この状況は至極珍しい事態だった。


「……入ってたなら声かけてよっ!」


 八つ当たりに近い、陽子の照れ隠しを聞いたサイハテは、いつものように顎を掻く。

 親しい者だけが解る、なんと言えばいいのかと、言葉を思い悩んだ証に、少女は八つ当たりした自分を少しだけ恥じた。

 この状況は、先に入っていた彼に気が付かなかった陽子が悪いのであって、珍しい事にサイハテが悪い訳ではない。


「あー、その」


 自己嫌悪と羞恥心でどうにかなってしまいそうな陽子に向かって、悩んでいたサイハテが唐突に声をかける。

 今回も助け舟を出してくれるのだろうか、淡い期待を小さな胸に秘めた少女は、彼に向き直った。


「声をかければ、よかったな。恥ずかしい思いをさせてすまなかった」


 そう言って、サイハテは素直に頭を下げて湯船から上がってしまう。

 珍しい事に大人の対応であり、自分が悪い事にしてしまえば彼女も傷つかないだろうと、彼なりに気を使った答えは、少女の心に小さな傷をつけてしまった。

 思春期は多感な時期と言っても、やっていい事といけない事位の区別はつくものであり、悪い事をした自分が謝らせてしまったと言う、酷い状況だった。


「……ち、違うのよ!」

「お、おう?」


 考える前に、否定の言葉が口から出る。

 サイハテが首を傾げ、陽子の言葉を待っているが、彼女の頭はこんがらがっている。続いて飛び出した言葉は常識に照らし合わせても、十二分におかしいものだった。


「い、一緒にお風呂入りましょ!?」


 羞恥で顔が赤くなる陽子。

 無表情になって、彼女を見つめたまま微動だにしないサイハテ。

 この状況は、陽子を更に狂わせる。

 人間、焦った時は誰しもなんとかしなくてはと、誤魔化しの言葉がでてしまうものである。一度墓穴を掘ってしまえば、人生経験の浅い少女は、掘った墓穴に落ちて、その際に暴れた衝撃で積んであった土が崩れて、埋まる位はやってしまうのだ。


「さ、サイハテはいつも頑張ってるから!? 少しくらいはお礼をしなくちゃいけないなーって私も思ってたのよ!」

「……待て待て、その理屈はおかしい」


 唐突に変な事を言い出した陽子を、サイハテが制止する。


「おかしくなんてないから、私が返せるのは? ほら、こういう事位だし? あんたもうれしいでしょ?」

「……やっぱり、君は俺の事を誤解していないか?」


 しかし、混乱中の彼女には通じなかったようで、どんどん墓穴に埋まっていってしまう。


「五回も六回もないわよ! ほら、入って!!」


 サイハテを湯船に押しこめて、陽子は彼の上に座るような形で、湯船へと飛び込んだ。

 分厚く、たくましい胸板に背中を預けて、少女は男の顔を見上げてみる。

 相変わらずの仏頂面で、何を考えているのか分からない表情だったが、なんとなくだが困惑しているんじゃないかと予想した。


「……ねぇ、サイハテ?」

「うん?」

「困ってる?」

「……ああ」


 どうやら、困っているらしい。

 それから会話らしい会話はなく、二人で湯船に浸かっているだけの、嫌な沈黙が長く続いてしまい、居心地が悪くなった陽子は何度も身じろぎする。

 恥ずかしいやら、バカバカしいやらなにやらで、もう何をしていいか分からなかったのだ。

 しばらく身じろぎをしていると、切羽つまったかのようなサイハテの声が、陽子の耳にかかった。


「……なぁ」

「うひぃ!?」


 珍妙な悲鳴を上げて、困った表情をしている彼に振り向く。

 あの、耳心地のいいバリトンボイスで囁かれては、陽子のような少女は飛び上がる事しか出来ない。顔を赤く染めて、息のかかった耳を抑えながら、彼女はサイハテの言葉を待った。


「あんまり尻でちんこをゴリゴリしないでくれ。痛い」


 その言葉に、陽子はさらに赤くなる。


「……私、どこに座ってた?」


 一応確認してみる、何かの間違いであってくれと、信じてみたいからだ。


「俺のちんこの上」


 だが、ダメだった。

 とんでもない所に座っていた、しかも、自ら望んで座っていたのだ。陽子の羞恥心は天元突破しかかり、意識が光る雲の彼方にフライアウェイしそうになる。


「……そ、その」


 目を泳がせながら、陽子は口を開く。


「その? なんだ?」


 首を傾げているサイハテが、今は憎らしい。


「その、あの……サイハテのえっち!!」


 なので、捨て台詞を吐いて、陽子は逃げ出した。

 一目散に風呂場から撤退する少女の、白くて柔らかそうな尻を見送って、サイハテは天井を仰ぐ。あの世にいる妻が、この状況を見たら、なんて言うだろうか。

 まぁ、それはともかく。


「……今回、俺悪くないよな」


 と、ぼやくのだった。

一緒にお風呂に入っても、襲われないと言う信頼感……!

ではなく、ただ単に、ノリと勢いでやっちゃっただけ。

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