二十二話:レアの甲冑
5.56mm弾の嵐がグールの一団を撃ち倒す。
狭い通路と言うのも相まって、二人の弾幕はそれなりに機能していた。
ストーカーが現れても、この狭い通路なら奴の動きが制限されるので、集中砲火でなんとかできたと言うのも理由だろう。
それゆえに、陽子はある事態を失念していた。
銃から弾が出なくなったので、マガジンを引き抜いて次弾を装填しようとしたその時だ。弾倉に弾はまだいくつか入っており、恐らく、薬室の中にもまだ入っているだろう。
よく見ると、銃身が真っ赤に焼けただれている。
銃身を保護する為のプラスチックパーツは熱で溶け始め、故障でもしてしまったのだろうか、銃弾が出なくなってしまっていた。
「……あつっ!」
とにかく排莢してどうにかしようとレバーを触ったが、熱くて引けない状態であり、手袋をしていなかったことを、陽子は悔やむ。
アサルトカービンを投げ捨てて、太ももに取り付けたホルスターから拳銃を抜いて応戦する。
替えの銃身があっても、この状況では交換なんて出来やしない。ハンドガードを握っていた手が火傷していたのに気づかない程、熱中していた己を恥じた。
「どうしマシタカ?」
アサルトカービンで敵を薙ぎ払いながら、ハルカが尋ねてくる。
「銃が故障したのよ!」
基本的に熱された銃の故障は、銃身が裂けるか、暴発しやすくなるかのどちらかなはずだが、今回は珍しい故障を引いてしまった。
ハルカのカービンも、そろそろ撃てなくなってもおかしくない熱を発し始めている。
「……潮時デスネ。退きマショウ」
通路も、山になった感染変異体の死体で塞がれ初めており、これ以上ここで防衛しても無意味になりそうだ。
ハルカの放つ弾薬のほとんどは、その死体に当たっていて、ここで防衛しても弾薬と銃身の無駄にしかならないだろう。
「退くって、これ以上退いたらレアの所に!」
陽子は振り向いてしまった。
それほど、レアを危険にさらす行為だったのだ。
ここから先は、一ヵ所で敵を押し留められそうな場所なんてない、修理用の広い工場が並ぶだけで、そこにはレアだっている。
そして、その一瞬が仇となった。
最初に気が付いたのはハルカ、死体の山を蹴散らして突進してくるストーカーを視認して、彼女は刀を引き抜く。
陽子が気づいた時には、彼女がストーカーの胸に刀を突き立てている最中だった。
「陽子様!!」
ハルカが叫ぶ、随分らしくない行動だと、陽子は思った。彼女の目の前にはハルカの倒したストーカーの後ろに居た違うストーカーがおり、先程のと比べると少々小柄だが、それでもサイハテよりは大分大きく見える。
奴は勢いを殺さず陽子に接近すると、少女に体当たりして、彼女を大きく吹き飛ばした。
ボールのように軽やかに飛ぶ、陽子の軽い体は広い工場まで飛んでいき、修理用のマザーマシンに叩き付けられてやっと停止する。
「……ぅあ」
あまりもの衝撃に息を詰まらせ、突如として来た鈍痛にうめき声を漏らした。
それでも、少女は寝ていたいと騒ぐ体を起こす。この背後にはレアが居て、ここを通してしまったら、あの自分より小さな女の子が死んでしまうと分かり切っていたからだ。
目の前では、大きな怪物が唸っている。
賢い奴だと、陽子は思った。
これまで散々暴れていた陽子の姿を見ていたのだろう、油断なく距離を取って、少女の事をエサではなく、敵として睨みつけている。
迷わず銃を構えると、奴は大きく飛びのいて、銃撃を躱そうとする動作を見せた。或いは、仲間が到着する時間稼ぎだろうか。
その様子を見て、陽子はとりあえず笑っておくことにする。
切れた唇から血が出て、顎を伝って地面に落ちるが気にしていられるような状況じゃない。
「……どうしたの、バケモノ。私が怖い?」
時間稼ぎに、乗る訳にはいかないと思ったら、勝手に口が言葉を発していた。
出てきたのは、自分とは思えない位に好戦的な言葉で、内心とっても驚く陽子。
「さっきまでの威勢はどうしたのよ……ほら、かかってきなさいよ。かかってこいって言ってるでしょ!!」
叫ぶと同時に引き金を引いた。
三発の発砲音が響くが、目の前の化け物はそれを全て受けて見せる。
どれもこれも、致命傷にならない所か軽傷の類で、僅かな出血を強いる程度の小さな傷しかつかなかった。
だが、ストーカーはそう受け取らなかったようで、雄たけびを上げると陽子に向かって突進してくる。
人間のように拳を作り、それを振り上げる姿は鬼気迫っている。向こうも向こうで必死なのだろうと、陽子は察した。
迫る拳を前に、微動だに出来ない情けない体だったが、とりあえず最後までは抗ってやろうとそれを睨んでたら、鉄錆にまみれた拳が少女の背後から伸びて、巨大な怪物を吹き飛ばす。
『なぐも、おそく、なった』
無線と背後から聞こえる、スピーカーで拡大された、聞き覚えのある抑揚のない声に、ほっと胸を撫で下ろす。
「……ナイスタイミング、よ。レア!」
振り返ると全高5メートル程あるブリキの巨人が、拳を突き出した格好で制止している。
錆びの浮いた装甲版に覆われて、とにかく急いで改造しましたと言わんばかりの急ごしらえだが、恐らくレアが作った巨人だろう。
胸の部分が音を立ててゆっくり開き、小さな座席に収まったレアが眉尻を下げた姿で、登場した。
「……けが、ない?」
しょんぼりした表情で、そんな事を聞かれてしまったので、陽子は思わず吹き出すと同時に、その衝撃で全身に走った痛みでもがく。
「……打ち身なら沢山あるわよ?」
「あとで、しんさつしたげる」
「ありがとね」
礼を言うと、巨人の手が差し出される。
乗れと言う事だろうと、勝手に判断した陽子は手に乗って、巨人の背中へと運ばれた。
そこには小さいながらも座席とシートベルトらしきものがあって、それに座ると、巨体がゆっくりと動き始める。
居心地の悪い振動だが、歩くよりはずっと安全でマシだろう。
前方で敵を押し留めているハルカも、この巨人が出す駆動音に気が付いたのか、大きく跳躍すると陽子の傍に降り立った。
「ハルカも帰ってきたわ。目的地に向かいましょ」
ハルカが居なくなったせいで、押し留めていた防衛線からは大量の感染変異体が溢れてきている。長居していたら食われそうなので、無線でそう知らせた。
『ちゅーおーとっぱ、する。ゆれるから、きをつけてね?』
「わかってるってば、それ、行きましょ!」
くるりと翻ったブリキの巨人はパンチ一発で壁を突き破ると、外にわんさか集まっていた感染変異体達を蹴散らして走り始める。
時速百キロ以上は出ているだろうその動きに、陽子は酔ってしまった。