二十一話:防衛ライン2
「陽子様! 残り弾薬は!?」
残り六発となった砲弾をケチる事なく敵前線にぶち込んだハルカが叫ぶ。
「これで最後!」
元々運んでいた弾薬が少なかった為、陽子の持つ狙撃銃は弾切れを起こしていた。
貫通力殺傷能力共に、抜群の性能を発揮する7.62×66mm弾だったが、車から持ちだせた弾薬は少なく、十分間の戦闘でカンバンになってしまう。
残された武器は、感染変異体には首を傾げる威力になってしまうアサルトカービンと、元々戦力外の9mm拳銃しかない。
しかし、どちらの銃も、特にアサルトカービンの弾薬は豊富である。陽子、ハルカ、レアが分譲して運んで来ており、残り十分間撃ちまくっても、無くならない位には存在していた。
だが、5.56×45NATO弾の威力は低い。人間を相手に戦うように設計された弾薬であるから体の頑強な感染変異体相手では、少々心許ない威力である。今のように貫通力と衝撃力を求められる状況では不適格と言える。
「ああ、もう! もっと威力の強い銃が欲しいわ!」
文句を言いつつも、スナイパーライフルを投げ捨てて、立てかけてあったアサルトカービンを持ち、迫り来る感染変異体の集団を薙ぎ払った。
銃身を節約する必要があるので、フルオート射撃は加えられない。
セミオートで正確に変異体の眉間を撃ち抜いていくが、グールなら未だしも、柴犬頭の化け物相手には威力不足だった。
「これで、カンバンデス!」
陽子が倒し損ねた柴犬頭の化け物に砲撃を加え、ハルカは叫ぶ。
ここの最大火力である57mm砲の砲身は真っ赤に焼け爛れており、どちらにせよ継続使用は無理そうだ。
「ハルカ! 火炎瓶!」
「ありマセン!」
「手榴弾!」
「ありマセン!」
「じゃあなんか威力あるやつ!」
「あったらとうに使っていマス!」
阻止砲撃が無くなった事で、変異体前線は一気に防衛ラインへと押し寄せてくるが、二人の持ったアサルトカービンが火を噴いて、近づいてきた敵を射殺している。
だが、火力不足は否めなかったようで、二人の十字砲火を食らいながらもバリケードへと接近したストーカーが、剛腕による一撃を叩き込んだ。
頑強なはずのH鋼が拉げ、分厚い鋼板が折り紙のように破ける。
「うそぉ!?」
「……シッ!」
常識外れの威力だ。
陽子が身を竦ませるが、刀を引き抜いたハルカの一撃が、奴の二撃目を許さなかった。
バリケードに凭れ掛かるように絶命したストーカーを一瞥し、陽子は安堵の息を吐く。とりあえずは事なきを得たが、まだストーカーは数匹こちらに向かってきている。
一度工場内に退くべきか、それともここに留まるか陽子は迷いながら、接近してくるグールを撃ち倒す。
「リロードシマス!」
箱型弾倉を交換するハルカの隙をついて、グールがバリケードへと取りつく。
「もう!」
アサルトカービンの火力は正面へと当てているので、拳銃を引き抜いてグールへと対応する。ダブルタップで仕留めて、拳銃をホルスターに叩き込む。
明らかに正面火力が足りなくなっていた。
巨躯を持ち、5.56mm弾が豆鉄砲に見えるストーカーなら未だしも、それで十分に対応できるグールが取りつくような状況になっている。陽子は直感する、このバリケードが持つ間に後退しなければ、変異体に取り囲まれてしまうと。
「ハルカ、退くわよ!!」
「了承しマシタ」
弾倉内に残っている弾薬を二人揃って敵前線にぶっ放して、一目散に後退する。
陽子の背後ではバリケードが拉げて、悲鳴を上げるような金属音が響いており、奴らがバリケードを破るのも時間の問題だった。
とにかく、最初にプランニングした第二防衛ラインまで引かなくてはならない。
まだ、レアの修理にかかる時間は五分もある。
けたたましい音と、何かが倒壊する轟音が聞こえてきた事から、バリケードが容易く突破されたのだと理解した。
「陽子様! 第二防衛ラインを通り過ぎマシタ!」
ハルカがどうしたんだと言いたげな口調で叫ぶ。
「大丈夫!」
それに対して、陽子は足を止めて答えた。
彼女が選んだ防衛ラインは当初の予想より、少し多めに後退した先にある、狭い通路だった。元々、連絡用の通路で、人が三人程並べば一杯になってしまうサイズの、狭い通路だ。
しかし、それでは第二防衛ラインに残してきたガソリン等の爆発物が無駄になってしまう。
「回収は……不可能そうデスネ」
残念そうに呟く機械侍女だが、ある事を忘れている。
南雲陽子は銃に関しては誰にも負けないと言う事を。
「それはね。こうするの!」
アサルトカービンを構える陽子、一直線の通路だが、第二防衛ラインに行くには直角の曲がり角を曲がらなくてはならない。
ここから狙うのは、不可能な話だ。
そして陽子は壁に向かって引き金を引く、放たれた弾丸は二発、フルメタルジャケットの弾頭と曳光弾の二発だ。
その弾丸たちは別々の角度で壁にぶつかると、己の衝撃力で罅を残して跳ね返る。第二防衛ラインに残していた、ガソリンを満載したポリタンクに向かって。
瞬間、轟音が響き渡る。
火のついたガソリンの火炎が吹き上がり、釘を巻いたガスボンベに引火する二重の衝撃にハルカはめを丸くした。
人間には到底成せぬ神業を、土壇場で成した少女を驚愕と尊敬の眼で見る。
彼女の片目はいつぞやのように紅く染まり、淡い光を放っていた。
「フフン、どうよ?」
得意げな顔をする陽子。
「もう、凄まじいの一言しか贈れマセン」
素直に拍手して称賛するハルカの前に、黒焦げになったストーカーが姿を現した。
奴は二人を視認すると、覚束ない足で歩行するが、二三歩歩いた所で倒れ伏す。強靭な生命力を持つ怪物でも、高温でたんぱく質が凝固してしまえば動けないようだ。
全てをぶっ放したハルカに隠れて、二発だけ残していた陽子はこれがやりたかったようで、空になった弾倉を交換している。
内部に突入してきた第一陣は吹き飛ばしたが、バリケードの残骸に引っかかっている第二陣と、戦闘音を聞きつけてこちらに向かっている三陣はまだまだ健在だろう。
「それじゃ、気を取り直して残りの時間を稼ぐわよ」
状況はまだまだ圧倒的に不利、僅か三分の残り時間ではあるが、この時間は少女陽子にとって人生で最も長い三分間になるだろう。
終末世界クリーチャーファイル
ストーカー
5メートルを超える巨躯と一トンを超える体重を持つ怪物。
ヒグマとか正直おやつですわーと言える程の怪力と素早さを持つ。
全速力で逃げる車に追いつく機動力、重サイボーグ並みの怪力、小口径のライフル弾では複数急所を狙わなければ倒せない生命力等々、危険な逸話に事欠かない、顔だけキュートな怪物。
また、食性は結構なグルメであり、不味いグールや、固い男は好んで食わず、柔らかく美味な若い女性ばかりを食べる事からストーカーと言う名前が着いた説と、逃走した避難民の集団を120キロ以上追いかけて全滅させた逸話から着いた説の二通りある。
繁殖形態は驚く事に、社会性昆虫のような形態を取っている。廃墟になった街にコロニーを築き、女王を頂点として繁殖し、群れを成す事で知られているが、何故か一つのコロニー対して500匹程しか居ないようだ。
食糧の関係か、または増えすぎるとフェロモンが抑制されるのか、二つの説があるが、これからの研究に期待しよう。
知能もそれなりに高いようで、彼らのコロニーには人間や家畜のつがいがおり、定期的に養殖しているらしいが、真偽は不明。
全て、そのコロニーを制圧した英雄的人物の話から推測された事だからだ。