文字数30万文字突破記念小話:サイハテの愉快な元仲間達1
また、何かめでたい事があれば、続きを書こうと思います。
「ねーねー、サイハテ」
ベッドで彼の伝記を読んでいた陽子が、唐突に声をかけてくる。
オリーブのエングレーブが掘られた銀色のボディに象牙のグリップパネルを持つ、自慢の45口径拳銃を磨いていた彼は珍しく気を抜いていたらしい。
「んあ?」
間抜けな声を出し、これまた気の抜けた表情で返事をした。
「あんたって、どれ位かくれんぼが上手なの?」
いくら彼でも、時々はそんな事があるのだろう、陽子は特に気にした様子もなく、感じた疑問をぶつけるのだ。
「あー、随分難しい質問をしてくれるな」
ぶつけられた疑問は、単純明快だったが、答えるには難儀する物だった。
取り外した銃身にブラシを突っ込んで、煤を掻きだしながらサイハテは思考する。
「そうだな、一言で言えば……当時の地球で俺が潜入できなかった場所はなかった位……か?」
「へぇー、凄いじゃない!」
単独での敵地潜入は、サイハテがもっとも得意とする事だった。
特に自慢する風でもなく、彼は言い放ったが陽子にとっては称賛すべき事だったようで、少女は素直に感嘆の言葉を述べる。
「ほかの友達も、サイハテと同じ事が出来たの?」
「いいや、俺達アルファナンバーズは二十人で一つの部隊だから、得意な事はそれぞれ違った」
過去に知られる事なく戦った英雄たちの話に、興味が無さそうに機械を弄っていたレアが、興味を抱く。元々憧れからサイハテを蘇らせた狂気の科学者だ。
油の着いた作業服姿のまま、彼の膝に飛び乗って目を輝かせている。
「ぼくも、ぼくも!」
自分も聞きたいと言う意思表示をしたいのだろうが、憧れが先走ってうまく言葉にできていない。
「俺が得意なのは単独潜入、一人で重要施設に忍び込んで情報を流すのが役割だった。ここまではいいな?」
「うんうん」
少女が二人揃って頷いている。
「この前おちょくりに来た、女装趣味の変態野郎……ネイトと言うんだが、あいつが得意なのは物資調達。アルファナンバーズが使用する金、武器弾薬、身分。全てアイツが手に入れていた。ナイフでの近接格闘なら、俺を凌駕する。ナイフでアイツに勝てた事は一度もない」
陽子からすれば、一方的にぶん殴られていたようにしか見えなかったので、弱いと言うイメージしかないが、あれでもサイハテより優れている部分が二つもあるらしい。
レアはショウウィンドウのトランペットを見つめる貧しい少年のような顔になっている。
「……俺の元妻、ジルと言うんだが、彼女は情報収集が得意だった。人民軍のお偉いさんから軍閥の重鎮、はたまた資本家から情報を探り出して、俺の潜入任務や人民軍の動きを把握する情報のスペシャリストだった。それに、彼女は優れたスナイパーでもある。彼女が目標を仕留められなかったことはない」
そう言うなり、サイハテは幸せそうに笑った。
既婚者だった事にショックを受けたが、そんな表情をされては突くわけにもいかず、陽子は口を紡ぐが、レアは違う。遠慮なんてない。
「さいじょー、けっこんしてたの? およめさん、びじん?」
一瞬だけだが、彼が無表情になったのを、陽子は見逃さなかった。
触っちゃいけない部分なのだろうか。
「……そうだな、凄く美人だったよ」
とてつもなく穏やかなサイハテと言う、ものすごく珍しいものが見れてしまった。
「美人で、気が利いて、優しくて、とても飯が不味かった。正直、冷めたMREとか、生の昆虫の方がマシだったな。ああ……うん、思い出しただけで腹が痛くなる……結婚を後悔した事なんてないさ。ああ、無いに決まっている。多分、恐らく、きっと、メイビー」
そう言って、サイハテは目頭を押さえてしまう。
本当に不味かったらしく、トラウマにでもなっているのか、彼の顔色は真っ青になって、脂汗が全身から滲み出ている上に、小刻みに震えていた。
愛情とPTSDの狭間で、サイハテは今も地獄のような戦いを繰り広げているのだ。
「……サイハテ、思い出すの辛いならもう話さなくても」
「ぼ、ぼくも、そーおもう」
少女二人に気を使われ、最もタフな体とセラミックス処理された防弾鋼板にも勝る精神を持っているはずの、ジークと呼ばれた諜報員は情けない顔をして笑った。
「だ、大丈夫、大丈夫。小休止を挟んでから、続きを話そう」
どう見ても大丈夫そうではない。
陽子はふと思う。
どんな状況でもへこたれないサイハテをここまで痛めつける料理と言うのは、どんな味なのだろうかと、少し食べて見たくなってしまった。
彼の友人の話は、まだまだ続く。
どうでもいい裏話。
ジルの料理でサイハテは胃袋全摘出する羽目になった。