二十話:防衛ライン
サイハテが殺人鬼と戦っている最中に、陽子達も頑張るようです。
修理工場を制圧するなり、レアは言った。
「しゅーりちゅーは、おおきなおとがでる。てきがよってくるから、かんせーまでじかんをかせいで」
使えそうな工具をかき集める少女の背後には、どう見ても屑鉄にしか見えない鉄塊がたくさん置かれている。
「……いつまでかかるの? それ、直せるの?」
どう見ても直りそうにないが、レアにとってはそれを修繕する事なんて容易なようだ。
彼女は親指を立てると、自信満々の声で言い放つ。
「にじゅっぷん、じかんをくれればいー。かんぺきになおしてみせる」
彼女はそう言うなり、修理に取り掛かってしまう。
「わかったわ、なんとか押し留めてみせる」
屑鉄を運び終わって、油塗れのハルカが一生懸命自身に付着した油をそぎ落とそうとしているが、もうタイムアップだ。
防衛線を築いて、寄ってくる感染変異体を二十分の間押し留めなくてはならない。
「ハルカ、バリケードを築くから、手伝って頂戴」
幸いと言っていいのか、この工場は地盤沈下が起きて一階部分が地面に沈んでおり、バリケードを築く箇所は陽子達が入るために作った、壁の穴位しかない。
「デシタら、こちらを使ってみてくだサイ」
とりあえず手に付いた油だけ落としたハルカが、陽子に向けて、布の詰められた瓶と、釘やボルトを入れた金属缶の入った箱を突き出した。
「何コレ?」
「火炎瓶と、自作地雷でございマス。どちらも投げるだけで使用可能な、メイドインサイジョーの優れた武器デス」
そう言えばである。
千葉の街に来る前、宿にした廃屋でサイハテはそれを作り出す方法を説明していたと陽子は思い出した。作り方と調達方法を懇切丁寧に説明しており、陽子もメモを取っていた。
「……そう、有り難く使わせて貰うわ。それじゃ、箱は私が持つから、ハルカはバリケードに使えそうな廃材を拾って頂戴」
「地雷の仕掛け方はわかりマスカ?」
「ちゃーんと、メモに書いてあるわよ」
胸ポケットから取り出した、少し薄汚れた猫のメモ帳を揺らす陽子。
今は懐かしきショッピングモールで拾った生活物資の一部である。
「では、参りマショウカ」
天井を支えていたであろう、H鋼で出来た巨大な梁を担ぎ、重量感溢れる足音を残しながらハルカは先導した。
距離的に大した事はない、少し急ぎ足で行けば二分の距離である。
ハルカがバリケードを設置している間に、陽子は地雷をセットする事にする、急げば急ぐほど準備は早く完了するが、出来るだけ丁寧に設置した方が効果は高い。
工場からは、まだ修理の音が聞こえてこない、二人が防衛線の準備を完了するのを待っていてくれているのだろう。
「よしっ!」
地雷缶の底部にある釘を立てて、地面へと突き刺す。
これだけで地雷の設置は完了である。
サイハテ曰く、乾電池と銅線を利用した単純な発火方式ではあるが、確実に動作して高い殺傷能力を誇ってくれるとのことだ。
デメリットは、構造上一度設置したら解除できない事と、形状から人間相手には効果が薄い事らしい。
箱に入っていた三十個の地雷をセットして、自身が戻れば完成するバリケードに向かって走り出した。
「いいわよレア! 修理開始して頂戴!!」
『うぃー』
気の抜けた返事が来たので転びそうになったが、今転んでしまったら台無しになってしまう。工場からは工具を動かす轟音が響き、背後の街から地響きと怪物の雄たけびが聞こえてきている。
数分も経たない内に、ここは戦場になるだろうと未熟ながらも、戦士の勘が育ってきている陽子は感じていた。
「塞いで!!」
バリケードに飛び込むと同時に叫ぶ。
ハルカも、心得ていたのか、陽子の叫びと同時に、彼女が飛び込む為に開けていた穴を素早く塞ぎにかかる。
鉄骨を地面に突き刺し、鉄板を鎖で括った頑強そうなバリケードが完成したが、聞こえてくる地響きの前では頼りない壁にしか見えなかった。
担いでいたスナイパーライフルを構えて、あらかじめ立てかけて置いたアサルトカービンがある場所へと陣取り、陽子はスコープを覗く。
この場にサイハテが居たら怒られただろう。
観測手が居ない状況で、獲物を目視するまでスコープを覗いてはいけないと、しかしそんな事に頭が回るほど、陽子は戦い慣れしている訳じゃない。
「陽子様」
段々と大きくなる地響きの中、唐突にハルカが口を開く。
もう時間的余裕がある訳じゃないから、彼女に視線を向ける事で返事をする。
「もし、アタシが倒れたら、レア様をよろしくお願いシマス。姉として、友として……家族として、彼女と共にあってくだサイ」
壊れるつもりなど、毛頭ないが万が一の状況に陥ってしまった時の為、伝えておくことにした。
機械侍女からの願いを聞いた陽子は、驚いたように片眉を跳ね上げたが、すぐさまスコープを覗き直して落ち着いた口調で返答する。
「わかったわ。でも、貴女もその家族だって事を、忘れないで」
ハルカのよく知る、正しくあろうとする少女らしい答えに思わず口角が吊り上がった。
カーボンを合成したチタン合金のフレームと、人口たんぱく質で出来た被膜を持つ、ただの道具に臆面もなくこんな事言い放つ少女なんて、陽子位だろう。
機械侍女、そう呼ばれる事はなんら恥ずかしい事ではない。いくら人間と同じような反応をするとは言え、ハルカはガイノイド。所詮は機械であり、人間と違って何かを産み出す事なんて出来やしない。
それでも、人間扱いされるのがこんなに心地良い事だとは、作られてから二百五十年、一度も思った事はなかった。
ココロプログラムの中で、最も重要な感情の動きをつかさどる部分に、このメモリの増大を嬉しいと言う感情であると、刻み込む。
「では、頑張りマショウカ。第一陣が現れマシタ……ぱぁりないっでございマス」
ハルカの57mm砲が火を噴いて、工場の正門を突き破って現れた感染変異体の一団を吹き飛ばした。
イヤーパッドをしていても、耳が遠くなりそうな轟音に、陽子は僅かに身を竦ませたが手足が吹き飛ばされただけだったり、ハルカが撃ち漏らしたであろう敵に止めを刺していく。
57mm砲の砲撃は、所謂阻止砲撃と言う奴であり、大きなダメージを変異体の群れに与えるが細かい敵を狙う事はできない。
ハルカが撃ち漏らした敵を陽子が始末する、これが現状で最も良い防衛プランだと二人は判断した。
「りろーでぃんっでございマス」
「わかったわ!」
彼女の57mm砲は、レアに改造されているのか、回転式弾倉を採用している。
四発しか入らないので、度々リロードを行う羽目になるが、折りたたんで携行できるようになったので、車が大破した時に損失するのを避けられた。
陽子は足元に用意してあった箱に手を伸ばし、火炎瓶を引っ張り出す。
バリケードには、いくつかの発煙筒が括り付けられており、それは今でも煌煌と炎を噴き上げている。それで火炎瓶に火を付けて、投擲するのだ。
工場内にあった可燃性は高いが、ゲル状になってしまった腐ったガソリンに、これまた工場内にあったマグネシウムを混ぜて温度を跳ね上げた即席火炎瓶の威力は効果覿面であった。
死を恐れないとは言っても、痛覚は存在するので体に付着したガソリンを払おうと、感染変異体はその場で暴れてしまう。後続の変異体も、そいつに躓くなりなんなりで足を止める事が多いので、足止め効果は高いと言えよう。
「装弾完了にてございマス」
「これを投げたらさっきの作戦に戻るわー……よっと!」
返答と共に投擲された火炎瓶は、筋骨隆々の体に、柴犬の頭を乗せた変異体に直撃して派手な炎を噴き上げた。
火を消そうとして転がりまわるので、背後に続いていたグールと小鬼のような怪物が巨体に引き潰されて、倒れていく。その倒れた奴らに後続の変異体が躓いて倒れ、ハルカの砲撃がまだ生きている怪物達を吹き飛ばす。
じりじりと、そのサイクルの前線がバリケードへと迫ってきているがこれならば二十分位はもたせられそうだと、汗まみれになった陽子は笑みを見せた。