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終末世界を変態が行く  作者: 亜細万
四章:かつての街で
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十九話:VS殺人鬼

 陽子達が工場に到着した頃、サイハテはようやくグールの群れを巻いて、病院への道を走っている頃だった。

 一度降りようとしていた駅前まで戻る事になってしまったので、大分時間を食ってしまったのだろう。彼は高架線路の上を全速力で走り抜けている。

 この線路はサイハテの時代にはなかった物だった。

 地図上でどこまで続くか位はわかるが、その道のりは険しいのか穏やかなのか、どこか崩れやすいのか等は、今のサイハテが知る由もない。


「……何っ!?」


 突如、彼が進んでいく高架の先で、爆発が起こった。

 その爆音は高架線路を綺麗に破壊し、サイハテの道を塞いでしまう。

 このまま走り抜けたならば、彼は地面に向かって落ちていってしまうので、慌ててブレーキをかけ、ギリギリの距離で踏みとどまる。

 続いて、背後の線路が爆破された。


「…………………………」


 サイハテは二本の柱で支えられた、数十メートルしか残っていない高架線路の上で、孤立する事になる。

 飛び降りようにも、この高さでは負傷は免れない。どうにもこうにも、罠にはまってしまったようだと、彼は小さく舌打ちをした。

 当然、罠にはまった獲物を逃すような狩人が、サイハテをはめられるはずがない。

 数本のワイヤーが線路の端に絡まって、釣り上げられた魚のように、狩人が同じ舞台に立つ。


「よう、待たせたな」


 狩人はクロノと名乗った殺人鬼。


「今度は仕留めるヨ」


 それと、装甲服を着こんだ、空飛ぶ少女だった。


「……挟み撃ちか」


 サイハテは、特に焦る事もなく、拳銃と刀を引き抜いて気を張り詰める。


「ジーク。あんたに恨みがある訳じゃない」


 背中を見せないように移動した彼を見て、クロノはそう宣う。


「憎い訳でも、悦楽の為でもないヨ」


 殺人鬼に続いて、背中に背負ったジェットランドセルで浮く、装甲服の少女も口を開いた。


「ただただ、この胸を焦がす憎悪の為に」


 クロノの周囲を、まるで踊るかのようにワイヤーが渦巻く。


「ただただ、網膜に焼き付いた惨劇の為ニ」


 少女は二丁の50口径拳銃を構える。


「あんたの命を頂戴したい」

「あんたに死んでほしいノ」


 二人から発せられる殺気の量が跳ね上がった。

 心臓の弱い人間ならば、二人を直視しただけで死に至るだろう強烈な気当たりだ。言っている意味はよく分からないが、サイハテとてこのチャンスを逃す訳がない。


「それは俺の台詞だ。憎悪だか、惨劇だか知らないが……お前達はここで死ぬ。さぁ、かかってこい。殺してやる」


 吹き上がるような殺気を前にしても、サイハテの様子は変わらない。いつもと同じように気配も無く、敵に感知できそうなバイタルは死者のように抑えて、対峙する。

 戦いの場において、彼は霞のような存在に徹する、達人のように、心の奥底に闘争心を抑えるのではなく、自然と一体化し、平常と同じような心構えで、命を狩るのが、ジークのスタイルであり、殺気や怒気が飛び交う戦場では、彼の存在を確認し辛くなるのだ。


「シャァッハァー!!」


 クロノがワイヤーを走らせる。

 目標はサイハテではなく、その周囲。

 彼の逃げ場を無くす為、動ける範囲を狭める為に、攻撃してくる。まるで詰将棋のような戦い方だと、サイハテは評価した。


「本命は、上か」


 彼が焦る事はない。

 申し訳程度に飛んできたワイヤーを刀で捌き、僅かに顔を傾けて、上空より迫る装甲服の少女……ツクネを視認する。

 無言で発射される50口径弾の嵐を、張られたワイヤーを利用した三次元軌道で、躱して反撃を行う。

 45口径弾を数発、ツクネとクロノに向けて放ってみるが、片方の装甲には貫通力不足で、もう片方にはワイヤーで弾き飛ばされてしまった。


「……………………」


 接近するのは危険だと判断したのだろう、ツクネは背中のジェットを吹かして大きく距離を取り、その時間を稼ぐ為か、クロノのワイヤーが、サイハテの動きを阻害する。

 攻撃の後は隙になるからと、隙が出来た殺人鬼に向かって拳銃を向けると、距離を取った少女がライフルのバースト射撃で、彼の行動を阻害した。


「……思ったより、厄介だな」


 阿吽の呼吸とはこの事を言うのだろう。

 クロノもツクネも、サイハテに比べれば二つ位格が落ちる程度の兵士だ。

 しかし、その核の差を、二人は息のあった連携で埋めようと努力している。その努力は実っており、サイハテが攻勢に出るのを防いで、彼らは攻撃をし続けていた。

 つまりは、ずっとオレのターンをされているのだ。


「どうした! この程度か、ジーク!!」


 攻勢に移ろうとしたサイハテを、爆弾を巻いたワイヤーで阻害したクロノは叫ぶ。


「………………」


 呼ばれた彼は答える事をせず、後方斜め上から降り注ぐ銃撃を回避する事に専念した。

 どちらかに攻撃しようとするが、必ずもう一方から妨害されて、失敗に終わってしまう。そして、少しずつだが、クロノによって張られたワイヤーにより、動ける範囲が狭くなってきている。

 先程、ワイヤーを蹴った時に理解したが、どうやら、張ったワイヤーに仕掛けがあるらしく、ブーツのつま先が切り取られてしまった。

 恐らく、表面に単分子処理がしてあるのだろう。

 下手に触ったら、腕位ならもげそうだ。

 このままでは、ジリ貧だ、逃げ場がなくなって、圧殺される羽目になりそうだと、サイハテは予感する。

 余計なリスクを負うのは、危険ではあるが、彼の合流を少女達が待っているのだ。ここで無茶をしなければ、合流がさらに遅れてしまうだろう。


「……お前ら、強いよ」


 とにかくどこでもいいから引き裂こうと、振るわれたワイヤーをはじき返しながら、サイハテは相手を称賛する。


「正直、このまま戦い続けていたら、俺は殺されるだろうな」


 踏み込もうとすると、上空からの銃撃に邪魔をされるが、これは相手の銃撃を誘っただけだ。


「だから、少々無理をさせてもらおう」


 命中率が下がらない距離まで接近してきたツクネに銃を向けると、案の定クロノがそれを妨害する為に、単分子ワイヤーで急所を狙ってくる。

 バッテリーの残りが少なくなった高周波ブレードにスイッチを入れて、そのワイヤーを絡めとった。


「何ぃ!?」


 クロノが驚く、それはそうだろう。

 ワイヤーを使ったキリングアーツには、絡めとった武器を自分の元まで引き寄せる技があるのだから、失敗すれば、サイハテは刀を失うばかりか、バランスを崩すリスクだってある。

 だが、そんな事は百も承知だった。

 サイハテは巻き取られそうになった力に逆らわず、自分もクロノの元まで走る。


「クロノ!!」


 彼の思惑を知ったツクネが、それを阻止しようと射撃を加えるが、残念ながら、素早いサイハテに当てられる距離まで接近できなかった。

 銃弾はサイハテの数ミリ隣を通って、足元のコンクリートを砕くだけに終わる。

 クロノが、サイハテに掴まれる。


「よう」


 西日を背にしたサイハテの顔は、無機質な瞳だけが輝いて、後は漆黒に覆われていた。


「自由落下は嫌いかな?」

「テメェ、何を……!」


 殺人鬼は恐怖してしまった。一つでも間違えば死ぬような危険を、なんでもない事のように犯した。目の前にいる伝説を見て、一瞬だけだが、その狂気に怯え、行動が一手遅れてしまう。

 そして、サイハテはその隙を見逃さなかった。

 クロノの胸倉を掴み、高架下へ向けて、飛ぶ。


「う、おおおおおおおぉぉぉお!?」


 驚愕の悲鳴を上げる殺人鬼を下にして、二人は地面へと叩き付けられる。

 受け身すら取れなかったクロノの骨は砕けたが、あの一瞬で致命傷だけは避けた辺り、こいつもおかしい奴だと思いながら、サイハテは転がって、落下によるダメージを軽減した。


「クロノぉ!!」


 悲痛な声で、相棒を呼ぶ少女が急降下して、接近してきている。

 体のついでに庇った45口径を構えて、ツクネが背負っているジェットランドセルの吸気口を一撃で撃ち抜いた。

 正確に撃ち抜かれたジェットランドセルは、安全装置が作動してエンジンそのものをストップさせてしまう。後は慣性と重力に任せるしかなくなった少女は、地面に叩き付けられて動かなくなってしまう。

 死んだ訳では無さそうだが、骨折位はしてそうだ。


「……ぐ、がぁ……」


 人間にとっては洒落にならない高さから叩き付けられたと言うのに、殺人鬼はまだサイハテと戦おうと、もがいていた。

 口から血が流れているので、どこか内臓位はやられているだろう。


「……ぐ、ぞ。まだ、だ。まだ、まげでない」


 やられた内臓の一部が解った。

 恐らく気管支だ。

 喘息のような呼吸音と共に、血の膜に無理矢理空気を通す、泡のような音が彼の喉からは鳴っている。


「……いい根性だ」


 クロノの胸を踏みつけて、サイハテは拳銃を彼に突き付けた。

 この距離ならば、何があっても殺人鬼を仕留める事ができる。


「一つ聞きたい。何がお前をそこまで動かす」


 ちらりと背後を振り返ると、片腕だけでこちらに這いずってくるツクネが見えている。二人とも、サイハテ好みのいい兵士だ。

 死ぬまで、作戦目標を遂行しようとしている。


「……にぐ、じみ」


 クロノが喋るごとに、彼の口からは血の泡が溢れており、見ているだけでも苦しくなってきた。


「いもー、ど、がだぎ、ごろざれだ」


 折れた骨が飛び出している両腕をバタバタと動かすクロノの姿は、言葉通りに憎悪で塗れている。

 彼の瞳には、その、妹を殺した人物が移っているのだろう。感情を殺したサイハテとは真逆の、感情に燃える瞳だった。


「あいづ、ごろざないど、じ、んでも、じにぎれない……!」


 ヒューヒューと鳴る喉で、クロノは自身に滾る感情を語ってみせる。

 いつの間にか、這いずっていたツクネが、サイハテの背後で力尽きていた。


「……コイツとは、どんな関係だ?」


 少女の手には、サバイバルナイフが握られており、後一歩で殺せたのに力尽きてしまったようだ。重傷を負っても生き足掻く人間は、やっぱり嫌いではない。


「いもー、ど。にでる、つぎ、まもりだい」


 サイハテはその返答を聞いて、口角を上げた。

 殺人鬼クロノはどうしようもない人間である。

 復讐に生きる傍ら、似てるだけの少女を精神の慰み者にし、自身を誤魔化して戦い続けるような人間だ。

 胸に秘めた憎悪は、それはもう憎き仇を討つまで晴れる事はない。いや、例え仇を討っても、彼の憎しみが晴れる事なんてないだろう。

 次は必ず、次こそは守り切ると胸に抱いているようだが、彼女を守る度にクロノの心は、妹を守れなかったと言う事実に摩耗するだけだ。

 一緒に戦いたいと言ったのは、ツクネの方だろうと、サイハテは正解を予想していた。

 少女は、その行動によってクロノが摩耗するのを理解しているが、男に死んでほしくないが為に銃を握り、彼をずっと傷つけている。

 その事実に、彼女だって苦しんでいるだろう。


「……ははははっ」


 思わず笑ってしまう。

 お互いがお互いの為に行動し、その結果傷つけあう、ハリネズミのジレンマを持ったような奴等だった。


「いいだろう、お前らは生かしておいてやる。その様で生き残れたなら、もう一度俺を殺しに来るがいい」


 一度殺すと誓ったが、それは撤回する。

 ここで死なすには、惜しい人間だと思ってしまった。


「その命、もう一度会う時まで預けておく。精々、生き足掻いてくれ……俺を失望させるなよ」


 地面に突き刺さった刀を回収し、サイハテはその場から歩み去る。

 サイハテ達の命を狙っている上に、こちらを殺しかねない危険な奴等だったが、ある予感がしていた。

 いつか、己だけではかなわないような強敵と戦う時、彼らとは轡を並べて戦う時が来ると、何故か感じていた。それは、凄く遠い未来の話かもしれないし、近い未来の話かもしれない。

 その時が来れば、彼らはサイハテにもう一つの答えを示してくれるかもしれなかった。

少々、メタい。


殺人鬼一行は、普通ならば死んでもおかしくない重傷であり、危険な廃墟街で生き残るのは、まず不可能でしょう。

しかし、サイハテは天運とかを信じちゃう、少しオトメチックな部分も存在しているので、彼らがここを生き延びて、もう一度姿を現す事があったら、どんな状況でも戦ってくれると思います。

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