十七話:ノワール
一話だけだと思った!?
残念、今日は二話投稿でした!
地球共和国軍総司令部はワシントンにあった。
力のない国際連盟が解体されて、地球上に存在する最も巨大な国家として誕生した地球共和国は、世界中にばら撒かれた変異ウイルスの対応に追われていたが、所詮、相手は生物、最新式の兵器を装備した地球連邦軍にとっては、大した相手ではなかったのだろう。
問題と言えば、地球全土に展開するには、少々小さすぎた事位だろうか。
それでも、共和国に参加している国々へ派遣する事は出来たし、そこが安定さえすれば、他の国々へと軍隊を派遣して、人類の歩みを再開させる事だってできる。
人間の数は大きく減ったが、地球上には百二十億の人間が居るのだ。
宇宙開発計画は、一からのスタートになってしまうが、まだまだ、人類の歩みは止まらないはずだった。
東ユーラシア方面軍の指揮官、牧野貞治中将は、報告に来た序に、自衛隊時代からの付き合いである、太平洋第三艦隊司令ジョナサン・ベイカー少将の執務室へお邪魔している。
「やっと一息、と言う所ですかな?」
プラントで合成された豆からとは思えない程、味わい深くなったコーヒーを啜りながら、牧野はベイカーに対して、そんな事を言ってみた。
「何、まだまだ油断はできませんよ。ここまで漕ぎ着けるのに、十万の将兵が犠牲になった。彼らの事を思うと……ね」
ベイカーの暗い表情は、その被害を物語っている。
その将兵達は唐突に現れた感染変異体から無辜の民を逃がすために、人柱になった人間達と言ってもいいだろう。
「……そうですな。この戦、なんとしても勝たんといけないでしょう」
それも、迅速かつ完璧な形で倒さなくてはいけない。
犠牲になった兵士達に、君たちが頑張ったおかげで、こんなに沢山の人間が生き残れたんだぞと、教えてやらなくてはならない。
二人は新しく注ぎ直したコーヒーで乾杯し、将兵達の死を慎みあった。
その時である、慌ただしい足音と共に、一人の通信兵が飛び込んできて、叫んだ。
「東ユーラシア方面軍、壊滅です!! カムチャッカに駐屯していた第三艦隊も、半数が撃沈されており、残りの船も航行不能に陥っています!!」
牧野は飲もうとしていたコーヒーを持ったまま硬直し、ベイカーはコーヒーカップを落とす程の衝撃を受ける。
しかし、二人とも歴戦の司令官である。すぐに正気を取り戻すと、伝令に向かって怒鳴る。
「どう言う事だ! 何があったか説明しろ!!」
ベイカーが怒鳴るが、息を切らせた伝令は顔を青くするだけで、何も言わない。
「あー、クレンショー君、分かっている事だけでいい。伝えてくれないか?」
冷静な口調であるが、怒っていない訳ではない。ベイカーは熱のように怒るのに対して、牧野は怒れば怒るほど、冷静になるだけだ。
「は、ハッ! 情報が錯綜しており、詳しい事はわかりませんが、共通して報告されたのは、隕石による攻撃だと言う事です!」
「隕石ぃ……? 月面のマスドライバーか!! あれは地球に資源を送る為の……!!」
そこまで怒鳴って、ベイカーは理解したようだ。
「宇宙軍は? なんの対応もしなかったのかね?」
牧野の言う通り、共和国軍には宇宙軍がある。
荷電粒子砲を装備した戦艦七隻と、六百を超える艦載機を持った最強の宇宙軍だ。
「う、宇宙軍は、数分前から応答がありません……全滅したものかと」
「そんなバカな話があるか!! 共和国宇宙軍に対応できる軍隊など居る物か!!」
「ベイカー、怒っていても仕方ない。総司令部に行こう」
哀れなクレンショーの胸倉をつかみあげるベイカーの肩に手を置いて、なんとか引きはがし、彼を落ち着かせる。
「……ああ、ああ! わかってるさ!!」
二人で総司令部に出向き、情報を知るべきだと、走って向かう。
道中では、何人もの兵士が走り回っており、その度にベイカーが怒鳴って落ち着かせるので、少々時間を食ってしまった。
闘将と呼ぶべき素晴らしい指揮官なのだが、彼は少々、部下を思いやりすぎる。
総司令部についた二人を待っていたのは、巨大なメインモニター一杯に映る。三人の男女だった。
『やぁやぁ、こんにちは。ぼくノワール』
白い女と、紅い女を後方に控えさせた、年若いアジア系の少年が人懐こい笑みを浮かべて挨拶をしてくる。
どうやら、総司令部にハッキングを仕掛けて、この映像を表示しているのだろう。情報官の怒鳴り声から推察できた。
『ぼくからのプレゼントは気に入ってもらえたかな? 約三百トンのタングステン合金を落としたんだけど……』
彼がそういうと、月面の裏側に作られたマスドライバーから、いくつのも巨大な槍が、地球に向かって発射される映像に切り替わり、すぐに彼の映像に戻る。
「……貴様か、貴様がやったのかぁぁぁぁぁぁ!!」
ベイカーの怒りは最高潮だ。
『うん、はい。ぼくが共和国軍を壊滅させました。宇宙軍もやっつけたよ、すごいでしょ』
特に自慢するような事でもないかのように、彼は自慢風の報告を宣った。
「……君、人類が苦境に立たされているこの時に、こんな事をするのは、どう言う事かわかっているのかね? このままだと、人類は滅んでしまうぞ」
眉間に皺を寄せた牧野がそんな事を言い放つが、言われたノワールはどこ吹く風だ。
『おじさん、嘘吐かないでよ。人類がこんな事で滅ぶ訳ないじゃんか、そんなくっそ下らない問答で時間稼ぎしないでよね。この通信は切れないからさ……それに、伊達と酔狂でこんな事するはずないじゃん』
どうやら見破られていたようだと、牧野は舌打ちする。
彼の態度が面白かったのだろう、ノワールと名乗った彼は、ケラケラと笑い、牧野を見つめる。次の言葉はなんなのだろうと、期待の眼差しで見つめ続けた。
「……ノワールとやら、君は一体全体、なんの目的があってこんな事をする」
その質問をすると、彼は待っていたと言わんばかりに両手を広げて、宣言する。
『そんなの決まってるじゃん!! 知らない誰かを不幸のどん底にたたき落とす為だよ!! 善きも悪しきも、強者も弱者も同じように逃げまどって、化け物に食われる!! 頼りの軍隊は壊滅済みで、救いなんてありはしない!! ドラマティックじゃないか!! 自分は退屈な一般人ですーって面した奴らが、ホラー映画の登場人物になって、死んでいくんだ……あぁ、たまらん!!』
彼は大きく叫び、うっとりとした表情で天を仰いだ。
『どんな面で死んでいくんだろうね。どれだけ苦しい思いするんだろうね。最後にはどんな言葉を残すのかなぁ、恐怖と狂気と絶望の中で、みんなみっともなく死んでいくんだ。そして最後にはみんなこうやって叫ぶのさ。あぁ! 神よ!! ってね』
モニターに向けて、表情を戻したノワールはきょとんとした表情で総司令部を見渡した後、まるでやってしまったかと言いたげに頭を書いた。
『そうやってさ、唖然とされると萎えるんだけど?』
どうやら、向こうにこちらの様子は見えているのだろうと、牧野とベイカーは画面の中にいるノワールを見つめる。
『ま、いいや。とりあえず君たちの軍隊は壊滅したからさ。ぼくはもう何もしないよ、あがいてみればいいじゃん? 君達が頑張れば頑張るほど、失敗した時の不幸は甘く熱く、とろけるような不幸になる。成功したら、それはそれで面白いから、まぁ、頑張ってねー。バイビー』
通信は切られた。
周囲は未だに静まり返っており、全員がぽかんとした表情でメインモニターを見つめ続けており、そんな中、ベイカーが声を張り上げる。
「貴様ら案山子か! やることが増えたんだ! ボケっとしている時間はないぞ!!」
その叫びで、兵士たちは作業へと戻っていったが、牧野とベイカーは感じ取っていた。
最早、どうやって敵を駆逐していくかではなく、どうやって文明を維持し、後世へと残すかの戦いにシフトしたことを。
プロットの関係上、二話になるしかなかった件