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終末世界を変態が行く  作者: 亜細万
四章:かつての街で
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十四話:キリングアーツ

ちょっと少な目。

 眼前に迫り来るワイヤーを、サイハテは上体を反らして躱そうとした。

 しかし、突如として命を吹き込まれたかのように鎌首を擡げ、ワイヤーはサイハテの腕に絡みつく。


「つーかまーえ……たっ!」


 撓んでいたワイヤーが、突如して棒のように真っ直ぐになり、サイハテの腕を固定する。

 彼の怪力を持ってしても、ピンッと張られたまま、微動だにしない位、強度が上がっているようだった。


「これは……キリングアーツ」


 術中にはまったサイハテが、顔を顰めて呟く。

 突如として始まった戦闘に、オタオタする陽子を置き去りにして、クロノと名乗った殺人鬼は語り始める。


「大正解。それじゃあ、ご褒美だ……ぜ!」


 巨漢としか言えないサイハテの体が軽々と浮き上がり、クロノの頭上三メートル超まで持ちあがった。

 先程まで柔らかいワイヤーだったと言うのに、今はまるで硬質な棒のように変化しているソレを、殺人鬼は叩き付けるように地面に振り下ろす。

 コンクリートの上に張られたタイル床に、サイハテの頭が叩き付けられて鈍い音が響き渡り、その様子を見ていた陽子は、顔を青くした。


「あっ……」


 地面に叩き付けられた時の姿で硬直した彼に向かい、ゆっくりと手を伸ばす。

 彼はぴくりとも動かず、死んでしまったんじゃないかと、陽子は思った。

 しかしだ、サイハテは足をバタバタと動かすと、つま先で地面を押して、コンクリートに埋まった頭を引っこ抜く。

 砕けたコンクリートの粉塗れの、白い頭だが、傷らしい傷は一切負っていない。


「やっぱりこの程度じゃ死なねーか」


 巻き取り機でもあるかのように、袖口にワイヤーが戻り、クロノは苦笑する。

 コンクリートの粉を叩いたサイハテは、ワイヤーに捕らわれていた腕を見て、どうやってこちらを殺そうか悩んでいる殺人鬼を見つめた。


「お前、その技をどこで知った」

「どこでって、そりゃー内緒だ。教えるわけねーじゃん」


 彼の問いに、クロノはまともに答えない。


「それもそうか」


 クロノの背中越しに、様子を見守っていた陽子は、今ならやっつけられるんじゃないかと、奴の背に向けて銃を構えてみるが、サイハテに手で制止されてしまう。


「やめとけ陽子。君にコイツは荷が重い」


 キリングアーツをマスターしているのなら、背後は死角ではなく、むしろ最も攻撃しやすい角度であると言ってもいいだろう。もし陽子が攻撃していたのなら、サイハテが庇う間もなく死んでいた。


「オレを前にして、女とおしゃべりかー? 随分余裕だな、ジーク」


 体の前で腕を交差させる、一見隙だらけな構えを披露するクロノを見て、サイハテはバトルライフルを構える。


「何、隙があったら、いつでも殺しに来ていいんだぞ。そら、どうした?」


 彼の挑発に、顔を顰める殺人鬼。


「なめやがって……その余裕も、すぐに無くしてやんよ!!」


 交差された腕が解き放たれると同時に、弾丸と遜色ない速度で複数のワイヤーが駅内に張られていく。その様子をサイハテが黙って見ている訳もなく、容赦なくバトルライフルの引き金を引いた。

 フルオートで発射される7.62mmNATO弾を前に、クロノは袖口から陽子の胴程まで太く束ねたワイヤーの綱を引きずり出し、前面に展開、弾薬を全て弾く。


「おらよっ!」


 サイハテの持つバトルライフルの弾が切れるのを確認した奴は、束ねていたワイヤーを一瞬で解き、違う形に作り直す。

 陽子の眼から見れば、それはワイヤーで作られた複数の棘だった。

 ドリルのような螺旋を持つ、鋭い棘。その棘たちは空間に張られたワイヤーに結び付き、まるでパチンコのように、全てのワイヤーが引き絞られている。


「三百六十度、全方位攻撃……避けれるかな?」


 ニヤリと笑って、勝利を確信したクロノに対して、サイハテは持っていたバトルライフルを落とし、背中に担いでいた刀に手をかけた。


「やってみろ。来いっ!」

「じゃあ望むままにしてやんよ!!」


 クロノが腕を振ると、引き絞られていた棘が一斉に解き放たれて、雨のようにサイハテへと飛んでいく。

 引き抜かれて、袈裟懸けに振られた刀が、四つの棘を地面にたたき落とした。

 続いて水平に振られて、三つの棘が壁に突き刺さり、振りぬいた反動で肩に担がれた刀は再び振り下ろされる。

 目にも止まらぬ連撃とは、この事を言うのだろうと、陽子は思う。

 小さな竜巻のような剣戟は、滅茶苦茶に振られているようにも見えるのに、その実、全ての棘が間合いに入った瞬間に弾き飛ばしている正確さだ。


「……凄い」


 素直に感想を漏らした。

 サイハテに向かってきた棘は七十八本、彼が刀を振った回数は十八回、これが見えている彼女も異常ではあるが、棘が発射されてから、二秒弱の出来事である。


「……マジかよ」


 傷一つなく、汗一つ掻かず、人間離れした迎撃を、サイハテは行って見せた。

 技を放ったクロノも、流石に舌を巻いている。


「おいおい、これで死なねーのかよ……テメー、本当に人間か? 正直、帰りたくなってきたぜ」


 顔を歪ませる奴を見ても、サイハテの表情は変わることはなく、刃についた埃を指で払うと鞘にしまって見せた。


「帰らせると思うのか? 正直、面白い奴だから見逃してもいいと思っていたが、今の攻撃を見て、気が変わった。お前はここで殺す」


 殺人宣言をしたサイハテの顔から表情が消える。

 殺っちまうモードに入ったのだと、陽子は理解した。


「殺す? テメーがオレを? そりゃー無理な話だぜジーク」


 クロノは二度、サイハテに技を見せてしまった。人知の及ばない身体能力を持つサイボーグなら未だしも、奴はただの人間である。

 もう、歩幅から呼吸数、攻撃速度まで見切られてしまったので、太刀打ちは出来ないだろう。

 しかし、そんな事はクロノも承知している。何せ、ツクシの砲撃を一度で見切るような奴だ、自身の攻撃もいずれ見切られるのは百も承知だ。


「もはやプランは次の段階に入ったんだぜー」


 まるでオペラ歌手のように両腕を広げるクロノと、急に動きが変わったので警戒し始めたサイハテ。

 二人の間に僅かな沈黙が流れ、突如としてクロノの足元に穴が開き、彼はそこに落ちていった。


「ばっははーい、また遊ぼうぜ」

「しまった!」


 手榴弾を引っ張り出して、奴が逃走した穴に投げ込もうと駆け寄るが、それより先に高架ホームからハルカとレアが降りてきてしまう。


「西条様!! 大量のグールがこちらに向かっておりマス!! すぐさま駅から脱出しマショウ!!」


 ハルカの叫び声と共に、どこからともなく大集団が走ってくる地響きが聞こえてくる。


「さいじょー! なぐも! いそいで!」


 急かすレアを見て、穴を見て、サイハテは強く歯ぎしりをする。


「わかった……急ごう、逃げるぞ!」


 都合よく、グールの集団がやってくるわけもなく、事前に準備をされていたのが、わかってしまった。

 向こうは、サイハテの実力を測る事が目的だっただけで、殺しに来ていた訳ではなかったのだ。都合よく乗せられてしまい、三人を危機に陥らせた己を、強く恨む。

 サイハテ達は再び駅のホームに登り、高架線路を駆け抜けていく。

 道路に面する駅の昇降口には、大量のグールがひしめき合っており、後少しでも判断が遅れたら奴らの餌食だった事が、容易に予測できた。


「クソッタレ!」


 サイハテが珍しく悪態を吐く。

 駅から少し離れた小さなビルの屋上で、クロノと装甲服の少女が楽しそうに手を振っているのが見えたからだ。

 ここを潜り抜けても、奴らに発見されてしまったのだから、眠れない夜が続くだろうと、必死で走る陽子とレアを励ましながら、高架線路を駆け抜けていく。







「行っちゃったネ」


 線路を駆け抜けていくサイハテ達を見送ったツクネはそう漏らした。


「そーだな」


 対するクロノは少し詰まらなそうだ。

 腕を組んで、彼らが走り去った方向を苦い表情で見つめている。


「……どしたノ?」


 装甲服越しにクロノを見つめて、尋ねてみると、彼はツクネをちらりと見て、大きなため息を吐いた。


「アイツ、ちょー怖い。しょーじき、二度と戦いたくない」


 たった二度の攻撃で全てを見切られたのもあるが、何よりも怖いのは去り際にこちらを見た時の眼光だ。絶対ぶっ殺してやるって目をしていたと、クロノは語る。


「それじゃあ、やめル? お金はまた集めればいいシ、無理してあんなのと戦う必要ないヨ」

「それがそーも行かないっぽいんだな、これが」


 腕組みを解除したクロノは屋上に座り込むと、ぼりぼりと側頭部を強く掻いた。


「ンー? なんデ?」


 装甲服を纏ったまま、彼の隣に腰掛けたツクネは、彼の肩に頭を乗せる。


「アイツ、ホンナヨーコちゃんを連れてた。このままだと、ちっと拙いわ」


 乗せた頭を跳ね上げて、クロノの顔を見つめた。


「それマジ?」

「マジなんだな、これが」


 肯定されてしまい、ツクネは大きくうなだれる。


「……まだ、ノワールにたどり着いてすらいないのニ」


 それは、彼女達の目標でもある。そこにたどり着くには、ホンナヨーコ、即ち、南雲陽子が手元にある必要があったのだ。


「ツクネ、大丈夫だってば。まだ、グラジオラスが奴等を見つけた訳じゃない。どーにかして、あのおっかない男を倒して、彼女を確保できれば、チャンスはある」

「……勝てル?」

「……準備して、孤立したアイツを二人掛かりでなら、なんとか?」

「ワタシ、それってすっごく難しいと思うノ」

「だよねー」


 サイハテの命を狙った暗殺者二人組は、ビルの屋上に腰掛け、揃ってため息を吐いた。

 どうにかしようにも、サイハテとハルカのコンビは危険すぎるのだ。歩兵が携行できる火器相手ならば、クロノのワイヤーはなんとか出来るが、あの機械侍女の持つ57mm砲はどうしようもない。

 そして、ツクネ自身も、サイハテと戦わせるには相性が悪すぎる。


「どうしよっカ……」

「どーしよーねー。マジで」


 二人掛かりならば、七割位の勝率は保てるのだが、奴を一人っきりにすると言うのは、難しい上に下手をしなくても、こちらが分断される危険性が高い。

 分断された所で各個撃破されたら、笑い話にもならないのである。

クロノが講じた今回の手段。

駅から敵を排除して待ち伏せていますよアピールをして、退路を確保させる為に、戦力の分断をさせる。

ツクシはグールの集団を駅までおびき寄せて、その時間稼ぎをする為にクロノは堂々と待ち伏せる。

ついでに少し会話して、おちゃらけて、時間稼ぎ。

準備が整ったので戦ってみて、殺せそうなら殺すが、やっぱり無理でした。

あらかじめ掘っておいた穴に蓋がわりのタイルを配置、蓋を踏み抜いて脱出。

追撃させない為のグール集団。

最後に煽る。


結果:サイハテを手玉に取った。サイハテはイラついています。彼のリビドーはこれ以上ない位に高まっています。


亜細万の感想:前作主人公の性能を引き継いだだけあって、厄介極まりない。

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