十一話:スーパーマーケット
スーパーマーケットの中には、つい最近まで誰かが暮らしていた痕跡が存在した。
食糧を温めたであろう焚火の痕跡に、散乱した空き缶や空のペットボトル等が転がっており、埃の積もり具合から、一週間程前まで、誰かが居たようだ。
居た人間は数十人の団体で、ゴミの様子から見ても、秩序ある暮らしを行っていたように見える。
「……誰か残っていればいいのだが」
口に出してみたが、その可能性は低いだろう。
折りたたまれた服や、放置された寝床などは、まだまだ使える物が多く、これを捨てて移動するのは考えにくいからだ。
おまけに、既に腐ってしまっているが、少しだけ手を付けてある調理品や、調理途中に思える鍋などが放置されていた。
まるで、突如として人々が消えてしまったかのような痕跡だ。
いくら予想しても、正解が出るわけでもないし、彼らが消えてしまった理由を知った所で、今のサイハテに何が出来るわけでもない。
彼らの捜索は諦めて、バックヤードにあるかも知れない水や食料を探し始める。
乱雑に積まれた段ボールや、巨大な保護コンテナなどを漁ってみるが、やはりどれもこれも漁られており、もぬけの空や、保護機能が死んでしまい、腐ってしまっている物が多かった。
だが、探せばあるもので、飲用に堪えそうな飲料水や、調理しなくとも食べられる食糧等を、僅かながら発見する事が出来、サイハテは胸を撫で下ろす。
「……よかった。まだいくつかある」
しかし、それはそれで不安が出てくる。ここに居た人間達は、食料や飲料水を切らして出ていった訳ではないと言う事が確定してしまった。
嫌な予感が、脳裏をかすめる。
その予感を胸に、バックヤードから商品売り場へと戻った。
「まさか……」
その言葉と同時に天井を見上げると、ここに居たであろう人間達を発見する事が出来た。誰も彼もが太く強靭な白い糸にまかれており、天井から吊り下がっている。
彼らの内、数人はまだ生きており、サイハテに縋るような視線を向けてくるが、今のサイハテに彼らを救う手立てはない。
彼らの傍には人よりも大きい蜘蛛がおり、今はお腹一杯なのか、八つの眼玉をこちらに向けてくるだけで、何かをしてくる事はない。
気配を感じさせない、天性の狩人を前にすると、人間であるサイハテの気配感知能力は一歩劣ってしまう。
あの蜘蛛は、サイハテがここに入ってくるのを見ていただろうし、襲い掛かる事だってできただろう。奴がその行動を起こさないのは飢えていない事と、サイハテの危険度を本能的に理解しているからである。
己より強い獲物には襲い掛からないリスク管理が出来る狩人は、自然界でも最も危険な存在だ。
「……たす……けて」
蜘蛛に捕らわれた彼らの誰かが、助けを求めてきた。
掠れた声が、サイハテの耳に入り、強く心を揺さぶる。
「………………………………」
だが、黙って首を左右に振って、彼の救助要請を却下した。
ここで救助する事は、可能不可能で言えば、可能である。しかし、ここで救っても結局彼らは死んでしまうだろう。
グールの群れが、バリケードすらないスーパーマーケットに入って来ないのは、あの蜘蛛の縄張りだからだ。結局あの蜘蛛を退治しても、彼らはグールに食われてしまう。
結局、彼らの命運はここで尽きるのだから、サイハテが余計なリスクを負う事はない。
そして、蜘蛛が動き出した。
捕らえた餌が声を出し、興奮したのだろう。助けを求めた彼の元に緩慢な動きで近寄り始めている。
「く、来るな! 来るなぁ!」
身を捩らせ、大声を出しているが、それでは蜘蛛をより興奮させるだけだ。
「やめろぉ!! やめろぉ!!」
口を開けた蜘蛛がストロー状の何かを伸ばして、被害者である彼に突き刺した。
彼は大きく身を震わせると、まるで古い風船か何かのように萎んで、静かになってしまった。蜘蛛はサイハテを見つめながら、皮だけになった彼をバリバリとかみ砕いている。
血の一滴、毛の一本すら落とさぬ見事な食事ぶりに、サイハテは背筋が凍るような感覚を受け、速足でその場を後にした。
スーパーマーケットの従業員出入り口から退出し、安堵の息を吐く。
「いろいろと……洒落にならん体験だ……」
冷や汗でべっとりと濡れた額を拭って、サイハテは大通りを迂回して、仮宿を目指す。
あんな死に方は、人間のしていい死に方ではなかった。スーパーマーケットに向かって、胸で十字を切り、重くなった足取りで歩き始めた。
モブに厳しい世界観。
そして本当はモブをひで(淫夢)にしようと思ってた。