11話
太陽が昇り出した早朝、草原と化した道路を行く三人の人影があった。
サイハテ一行だ、時間的には午前4時半程度でこんな早朝に動き回るのには意味がある。明け方と言うのは尤も人間が油断する時間帯であり、奇襲に向いている。
サイハテ曰く、少数側のメリットは見つかりにくい事と移動速度が速い事であり、このメリットを逃してはいけないと言う。
「お風呂に入りたいわ……」
べたついた髪を弄りながら、陽子がぼやく。
「ぼくもおふろー」
女の子二人組は、どうやら自身が薄汚れているのに不満たっぷりのようだ。しかしこんな状況で体を洗う事など出来やしない、少なくとも町を出れば泉の水で体を洗うこと位できるはずだ。
「トイレがないのも、考え物だわ」
先ほど、野糞を初体験した陽子の言葉である。
「そとでおといれ、しんかんかく」
昨日経験したレアはそんな事を言っている。
そんなやかましい女二人に囲まれたサイハテは、微妙な表情を見せているが何か言ったりする訳でもない、大体こんな状況で口を挟んだら、たまりにたまったストレスがこちらに向く事を理解しているからだ。
慣れるまでは好きにぶーたれさせる事にした。
「それでサイハテ、結構歩いたけど……昨日のレコーダーが言ってた場所は見えてきた?」
「いや、流石に建物が多すぎてな」
工場と言っていたが、どれだけ大きな工場かもわからないし、もしかしたら下町の小さな工場かも知れない。注意深く見守る他ないのだ。
「距離的には近いはずだ。戦車から逃げ回った時、こっちの方へと走っていたのが幸いした」
距離的には出た図書館から三キロ前後であろう。
徒歩で一時間かからない距離なのだ。
「ふーん……あ、あれじゃないかしら?」
陽子が指差したのは倒壊した建物の向こう、元々は生垣であったであろう大木どもに囲まれて隠れている工場であった。
駆け出す陽子とレアの後ろをサイハテは苦笑いで着いて行く。
着いた工場の看板には反町自動車修理工場と書かれている、どうやら下町の工場ではなく反町の工場であったようだ。
「この辺りは工業地帯だったのか……これ以外にも探せばいろいろあるかもな」
錆びた看板が、この辺りは工業地帯であったことを教えてくれる。一人呟いたサイハテに、陽子の叫び声が響いてくる。
「サイハテーーーーー! ドア錆びててあかないんだけどーーーーー!!」
敵が寄ってきたらどうするんだと思いながらも、サイハテは陽子が開けようと四苦八苦しているドアの元へといく。
「………………………………」
ドアを眺めて、サイハテは顔を顰める。
「……どしたの?」
陽子の問いに、サイハテは扉を拳で叩きながら返事をする。
「セラミック加工された防弾扉だ、厚さは1メートルか? 叩いた感触だと、何枚もの装甲を重ねている様子も分かる。意図的に中空を作って高性能爆薬への対応もなされている……おまけにこの建物…………ただのコンクリじゃないな」
コンクリートの壁には一片たりとも継ぎ目が見えない、おまけにサイハテが本気でぶっ叩いても皹一つ入らなそうな程に頑強だ、作られてから何百年も過ぎ去っているだろうに。
サイハテのパンチは鉄筋コンクリートをぶち抜く威力を持っている、少なくともそれ以上の強度って事だ。
「……この扉は埋め込んだだけの偽物、となると」
サイハテの頭がフル回転し始める。
ただ生垣に隠されていただけの工場だ、恐らく奴らの仲間はここを開けようと躍起になったに違いない。しかし開けられないようにこの入口……いや、この建物はただの巨大なコンクリートのブロックに過ぎない。
「そうか、入り口はこっちか!」
「え、今の一瞬でそこまでわかったの?」
そこまで一瞬で判断しきったサイハテを訝しげに見た陽子は、移動を始めるサイハテの背後へと続く。サイハテは工場の外壁へと回り込む。
そこにはサイハテ視線では不自然にも排気口が着いていた。
「……なるほどな、ここから登れってことか」
「え、梯子すらないわよ」
陽子が思わずつっこむ。
「さいじょーなら、あのだくとにゆびをかけて、のぼれる」
先に来ていたレアは、そう返答する。
「俺は罅割れさえあれば、そこに指をかけて登る事ができるんだ」
ロッククライミングの技術だ。ちなみに今の状況とは全く関係がない。
そう返答するや否や、サイハテは助走をつけて、壁へと駆けだしていく。壁の直前で飛び、右足を壁へと叩きつけると、そこを支点にさらに高く飛ぶ。
ギリギリ届いた排気口に指を引っかけると、その勢いのまま体を引き上げ、排気口に足をかけてさらに飛び、屋上へとたどり着いた。
丸みを帯びたコンクリートの屋根、そこには何もないようにも見える。
しかし、サイハテは目を皿のようにするとゆっくりと屋上を見渡す。
「あった」
サイハテが見つけたのは僅かな傷、そこに指を引っかけて、引っぺがすと……地下へと続く長い梯子が見えた。
偽装だらけの工場、それは間違いなくサイハテへの贈り物だったのだろう。コンクリート狭い穴の中にコの字に突き刺さった金属がほの暗い闇の底へとずっと続いている。サイハテは背負っていたバックパックからロープを引っ張り出すと、陽子たちがいる階下へと垂らす。
「引っ張り上げるから、これを握れ!」
レアと陽子は二人して顔を見合わすと、そのロープを体へと巻き付けている。言わずとも落ちない工夫をする二人に思わず笑みを零しながらも、サイハテは二人が結ばれたロープを引き上げるのだ。
腕力だけでクレーンのように女の子二人を引き上げる光景はどうにもシュールだ。
二人を屋上まで引き上げて、ロープをほどく。
「へぇー……こんな風になってたのね、屋上」
コンクリートの塊を退かされた入り口を見ながら、陽子はつぶやく。
狭苦しい、はしごだけの穴を見ながら、陽子は体を震わせる。落ちたらひどい事になりそうだからだ。
「今からそこを下りるから、俺に続いてくれ」
「わかったわ」
「りょうかいした」
両者の反応を聞いて、サイハテは先行する為に梯子を下りていく。
分厚いブーツの底が鉄柱を叩く小気味よい音が二つと、スニーカーのゴム底が固い物を蹴る音が狭い穴の中へと響く。
「ねぇ」
降り始めて十分程で、陽子が口を開く。
「なんだ」
只管降り続けるサイハテも暇潰しになればいいな、と思いつつも返事をする。
「こう、長い梯子を下りてると、蛇食い作戦のオープニングテーマが流れそうだわ」
思わず吹き出しかけて、落下しかけるサイハテ。
ああ、確かに、言われてみれば蛇食い作戦の例の場面に似てると言えるだろう、しかしまさか陽子の時代でそれを知っているとは思わなかった。
「そろそろそのオープニングも脳内で切ってくれよ。底が見えてきた」
「うん」
あんまりボケられても、サイハテは困るばかりである。
それはそうとして、サイハテの言う通り、ようやく狭苦しい穴を抜けて目的の場所まで辿り着く事が出来るのだ。
(車、あってくれればいいけどな)
サイハテは人知れずに退職金が望む物である事を祈るのだった。
要望、希望などは感想としてコメントしてくれると幸いです。