八話:いざスカベンジ
あの言い争いの後、早めの夕食を取らせて、レアを寝かしつけた。
バトルライフルをハルカに預けて、アサルトカービンを組み立てているサイハテの横に、スキンスーツの上に、ポンチョを纏った陽子が現れる。
「私は準備完了よ!」
気合は十分、昼間の疲労なんて知った事ではないと、言った様子だ。
要するに、気合と根性で無理矢理テンションを保っており、彼女の顔には未だ色濃い疲労が見え隠れしている。
「そうか、組み立てにまだ時間がかかるから、休んでいるといい」
「え、そ、そう……」
せっかくの気合が空回りした陽子は、どこか落ち着かない様子で、近くのソファへと腰を下ろした。
やることも無いのだろう、彼女はサイハテがゆっくりと組み立てているカービン銃に視線を向けて、準備が終わるのを待っている。
しばらく、部屋には硬質なプラスチックを組み立てる心地よい音が響き、サイハテは時間をたっぷり使って、給弾と組み立てを行った。
「………………………………」
大人しくその作業を見つめていた陽子だったが、作業が終わる頃には、ソファの背もたれに寄りかかって、規則正しい寝息を立てており、とても気持ちよさそうに眠っている。
サイハテは口元に笑みを浮かべると、彼女の体を自分が座っていたLサイズのソファまで運んでから横たえて、組み立てたアサルトカービンを担いだ。
大人しく眠っている彼女に毛布を掛けてやり、サイハテは出立する為に玄関まで歩いていく。
初めから連れていく気なんてなかったのだ、お腹もいっぱいになって、落ち着ける環境になれば自然と眠ってしまう事位、分かっていた。
「……ごめんな、おやすみ」
リビングから出る前に、声をかけたが、反応はない。
どうやら、ぐっすり眠れているようだ。
家の外に出ると、外は月の明かり以外は存在しない真の暗闇だった。
「……陽子様は連れていかないのデスカ?」
家の屋上で見張りに着いているハルカから、声がかかる。
「ああ、当然だろう」
ここで着いてこられてしまったら、彼女は明日動けなくなってしまう。
サイハテが全てを守れればいいのだが、そこまで余裕がある訳じゃない。
「そうデスネ……彼女の事はお任せヲ。必ずや守って御覧に入れマス」
ちらりと、屋上に居るハルカを見た。
パンツを履いてなかったが、今は気にする必要と余裕がない。
「……任せたよ」
アサルトカービンに弾倉を叩き込んで、レバーを引いた。
人間の支配が及ばぬ、夜の闇を移動しなくてはならない。サイハテは軽く息を吐いて集中すると、銃を構えて街を進み始める。
その背中を見送っていたら、突如として背後から声をかけられた。
「サイハテはもう行った?」
聞き覚えのありすぎる声に、ハルカは身を竦ませる。
油の切れたブリキ人形のように背後を見ると、そこにはライフルを担いだ陽子が立っていた。眠そうに目をこすりながら、サイハテが歩いて行ったであろう方向を見つめている。
「よ、陽子様、起きてらっしゃったのデスカ?」
「うん。最初からね」
そう言うと、彼女は大きく伸びをした。
背骨から小気味の良い音が鳴って、あまりの気持ち良さに、うめき声をあげる。
「……そのう、着いて行かなくてよかったのデスカ?」
遠慮したような伏し目で、ハルカは尋ねる。
「最初から連れていく気がないのはわかってたもの。私じゃ無理矢理着いて行く事なんて出来ないし、サイハテを困らせるだけじゃない」
そして、当然のようにサイハテは陽子が寝たふりをしているのを気づいていたし、疲れている中気を使わせたのを誤っていた。
陽子も、今の体力だったら足手纏い以外の何物でもない事は理解していたが、言わずにはいられなかったのだ。
「心配かけてごめんね、ハルカ」
「イ、イエ……」
ハルカは、人間の心が複雑怪奇である事を学ぶ。
「……デスガ、どうしてあのような演技を?」
「あいつが死に物狂いで帰ってくるように、呪いをかけたのよ」
ケロッとそんな事を言い放つ陽子を見て、機械侍女は背筋を凍らせる。
言い争いの中には、連れていかなかったらここで待ち続けると、陽子は宣言しているのだ。それは、彼が死んだら自分も死んでやると言ってるようなものだった。
「私はもう覚悟決まったし、サイハテを信じて待ち続ける事にするわ。それじゃハルカ、おやすみなさい」
「……お、おやすみなさいマセ」
去っていく陽子を、見送って、ハルカは身震いする。
出会って半年の男の為に、そこまで出来る彼女の気が知れないからだ。
陽子は未だ、サイハテに惚れている訳ではない。友人以上には懐いているのだが、男として好きなわけではないのに、何故命を張る事ができるのか、まったくもって、これっぽっちもさっぱりと理解できなかった。
混沌属性ヒロインの怖いところ。