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終末世界を変態が行く  作者: 亜細万
四章:かつての街で
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七話:陽子の我儘

 川沿いにある道は大変危険だった。

 大きく陥没した道路に川の水が浸入して、新しい川が出来ていたり、川から水生の感染変異体が襲ってくる事もあった。

 レアが川に引きずり込まれそうにはなったが、その時は感染していない変態がなんとかしてくれ、レアはびしょ濡れになるだけで済んでいる。


「ちなまぐさいー」


 文句を言っているが、死ななかっただけましであろう。

 陽子の眼から見て、銃を構えて歩く彼の姿は、頼りがいのある男の背中だった。どうしようもない変態ではあるが、身寄りのない陽子とレアを、大した代価もなく養って保護してくれる、奇特な大人の男でもあるのだ。

 彼はぴたりと止まると、視線を左へと向ける。

 サイハテが見た方向を陽子も見てみると、コンクリートで出来た、この世界では状態の良い家が鎮座していた。


「ここにしよう」


 彼が見つける野営地点は必ず、入口が二つ以上五つ以下の、ちょっとやそっとの攻撃では破壊できない家屋だ。

 頑丈そうな家を選ぶのはわかるが、入口が少ない事に意味はあるのだろうか?

 そんな事を考えていたら、サイハテがドアを開けて中をクリアリングしている。

 ぼーっとしていた陽子を、レアが眠たそうな目で見つめていた。


「なぐも、どーしたの?」


 相変わらずの抑揚のない声に、思わず口元が緩む。


「ちょっと考え事をね」

「さいじょーにねっしせん、して?」


 そんなに見つめていただろうか。

 自問自答してみるが答えはでない。


「そんなに見つめてた?」


 なので、聞いてみた。


「うん、おやのかたきのよーに」


 レアから見ればそんなにひどかったのかと思い、苦笑いしてごまかしているとサイハテが戻ってくる。この炎天下の中で汗を僅かにしか掻いていないのは、どういう理屈なのだろうか。


「中には何もいない。ここで休もう」


 彼の表情はいつも通りの仏頂面だった。

 口をへの字に引き結んで、顎を引いて、眉間に皺を寄せた小難しそうな表情である。

 じーっと彼の顔を見つめていると、視線が陽子へと向いた。


「……なんだ?」


 片眉を跳ね上げた表情でそう尋ねられた。

 陽子は首を左右に振ると、彼から視線を反らして返事する。


「別に? 何でもないわ」


 こう言えば、彼は深く追求してくる事はない。


「そうか、それじゃあ君も休んでくれ」


 そう言うなり目を伏せて、彼は家の中に入って行ってしまう。もう少し、興味を持ってもいいじゃないかと、少し理不尽な感情を頂きつつも、陽子は彼に続いた。

 蜘蛛の巣の張った薄暗い廊下を彼に続いて歩き、リビングらしき場所へと到着する。

 暗くて汚いリビングであるが、革製のソファが並んでおり、雨風どころか、ぐっすり眠れそうな廃墟であり、一言で言うと当たりの宿だろうか。


「さいじょー、のどかわいた」


 彼が腰かけたソファの横に、ちゃっかりと座ったレアが、サイハテに水を強請っている。自分が持っていた分は飲んでしまったらしい。


「ん」


 彼は自分の水筒を外して、容易くレアに渡してやった。

 彼女は水筒を振ると、沢山入っている事に驚きつつも、水を飲んでいる。どうやら彼は、水をあまり飲んでいないようだ。

 もう水は残り少ないのだろうか、陽子も彼の隣に腰掛けて、聞くことにした。


「もう水ないの?」

「いや、後二日分はある」


 それは、サイハテが水を摂取しない時の量だろう。


「あんたが水を飲めば、残りはどれくらい?」

「……明日の分だけだ」


 彼は目を反らした。

 誤魔化した事が心苦しいのだろう、彼はいつもこうだ。

 だが、陽子が怒る事はない。彼が誤魔化す時はいつも陽子とレアの事を考えてだ。それに、嘘は吐いていないから、怒る必要もないだろう。


「そっか、それじゃあ水見つけないとね。どうするの?」


 どうやって探すんだと聞いてみると、彼は陽子を怒らせる事を言った。


「夜間に探してくる、朝までには帰ってくるから、君達は休んでおけ」


 その言葉にカチンと来る。


「休んでおけって、皆で行くんじゃないの!? 一人で夜の廃墟なんてダメよ!! 危険すぎる!!」


 歌手としての声量は大きく、家を揺るがす程の大声が出てしまった。

 レアが耳を塞いで、ハルカが目を丸くしている中、サイハテは敵が近寄ってきていないか、家の外を気配を探ってから、陽子に目を向ける。


「危険だからこそ、俺が行かなくてはならない。ろくな隠形も出来ない君達を連れていく事はできないんだ」


 サイハテが得意なのは単独潜入だ。

 バックアップは何一つ無く、己の身一つで敵地に潜入して、情報を引き出し、施設を機能不全にする。それが彼の本領なのだ。

 それ位、陽子だってわかっている。


「昼に行けばいいじゃないの。あんた一人が戦う必要なんて……ない」


 無機質な人形のような瞳で、サイハテは陽子を見つめている、まるで、これからの一挙一動を見逃さないようにしているように見えた。


「昼に探していたら、襲ってきた奴らに追いつかれる可能性がある、奴らはまだこちらを見失ってはいない。こちらを補足される可能性を高めてでも、そうする必要があるのか?」


 サイハテは襲撃者から逃走しながらも、常に奴等からの視線を感じていた。まるで、こちらを探るような、背中に張り付く気配であり、気の休まる暇がなかったのを覚えている。

 しかし、夜の間はその嫌な予感も無くなっており、奴らの気配を感じる事はない。


「……じゃあ、逆に聞くけど、あんたが帰ってくる保証あるの? 私嫌だからね、あんたが帰って来なかったらここから動かないからね」

「……!」


 サイハテが驚いたように目を見開いた。

 まさかそこを見破られるとは、と言った驚愕のようだ。

 彼は罰が悪そうな表情で首を掻くと、心配そうなレアを見た後、陽子を見つめた。


「じゃあ君が付いてくればいい。心配してくれているんだろう?」


 そんなことを言われると思っていなかったので、陽子は驚いてしまう。少し位なら認められているのだろうか、少女の胸は、少しだけ温かくなったと言う。


「君は足音を消せないからな。スキンスーツをきてもらうが、いいか?」


 スキンスーツの厚さは驚きのナノメートルではあるが、それは上に何かを着ればいいだけなので、断る理由にはならない。

 と言うより、断ったらサイハテが危険なので断れない。

 頷いて返事すると、彼は同じく頷いて返事をした。


「じゃあ君が着るスキンスーツだが」


 しかし、スキンスーツなんてどこで手に入れたんだろうかと考えていると、サイハテが自身の背負っていた背嚢を漁り、一つの金属ケースを取り出した。

 陽子用と書いてあることから、恐らく人数分持っているのだろう。

 本当にどこで手に入れたのだろうか。


「ほい、開けてみてくれ」


 手渡された金属ケースのロックを外して開いてみると、陽子は驚いてしまう。

 中から取り出されたのは半透明のサランラップみたいなスキンスーツだった。


「……何コレ?」

「スキンスーツだ」


 陽子は、これだと全身丸見えじゃないかと言いたいのだが、サイハテには伝わってないのだろうか。


「丸見えじゃないの」

「それがいいんじゃないか」


 思わず、サイハテの頬を張ってしまった。


「ありがとうございます」


 彼はキリッと表情を引き締めると、随分と男らしい顔で礼を言う。

 わざわざキメ顔で言う事なのかと、陽子は表情をゆがませる。彼はシリアスになるといつもその空気をぶち壊していく。


「ま、冗談はさておいて、それは着てくれると嬉しいが……ほれ、こっちが本物だ」


 乱雑に折りたたまれた黒いスキンスーツを渡された。

 夜間潜入用のステルススキンスーツだ。


「初めから渡しなさいよぅ」


 そう苦言を申してみるが、彼はニヤリと笑うだけで取り合わなかった。

終末世界のクリーチャー:ファイル2

電球鼠

フェーズスリーの感染変異体

尻尾に電球のような丸い発光器官が存在する巨大な鼠。

チワワの成犬程が標準サイズではあるが、年を取ったエルダークラスの鼠になると熊より大きくなる。

尻尾が発行しているのは体内でウランを精製しているからで、鼠の群れの周囲は核爆弾が直撃した位の放射能が撒き散らされている。

生物のみならず、老廃物ですらエサとするので、際限なく増えていく危険な鼠である。

終末世界では、億単位の鼠の群れが近畿地方にある武装都市を食らい尽くした事例が報告されている。

実は鼠がウイルス感染したのではなく、栗鼠が変化した存在。

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