四話:奇襲
サイハテ一行は難なく千葉の街へと侵入した。
多少なりとも、バンデッドからの攻撃があると思っていたが、そんな事は無く、街の中心まで進むことが出来、サイハテは首を傾げる羽目になる。
「どうしたの?」
銃座についている陽子が、こちらを見ながら、そんな事を聞いてきた。
「……静かすぎる」
サイハテの車は工業地帯に近い高架道路を通っており、非常に目立つ位置に居る。
それなのに、敵の姿も、向こうからの攻撃もないのはおかしい事態だった。サイハテは優秀な兵士だ、かつての中華共産党は彼に対して莫大な懸賞金をかけて、殺そうとした位には優秀な兵士だ。
その優秀な兵士の勘と経験が罠の臭いを感じ取っていた。
「もう、サイハテは心配性ね。静かなのはいい事じゃないの」
対する陽子は優秀なスナイパーであったとしても、兵士ではないので、緩み切っている。
街に入ってから二時間と少し、少女の集中は既に切れていた。ワンダラータウンで、サクラは言っていた、罠を張っているグラジオラスとやらは、ジークの逃れられない過去なのだと、つまりはだ。奴はサイハテを熟知している。
「仕掛けてくるぞ。集中してくれ」
事実、仕掛けるタイミングは今がベストなので、そう苦言するしかないが、
「え? うん、わかった」
一度切れた集中を戻すのは、普通の人間には難しい事だと、サイハテにはわかっていた。陽子も、返事を返してくれたが、どうにも集中できていないように見える。
レアは既に飽きてしまったのか、機械を分解しては組み立てて遊んでいた。
そんな、だらけた雰囲気漂うジープは格好の獲物だった。
「……捕まれ!」
サイハテが叫ぶの同時に、ジープの車体が大きく揺れる。
衝撃と爆音が進路右の方向から聞こえ、陽子は思わず耳を抑えた。
「何があったの!?」
「ロケット弾だ! 背後から撃たれた!!」
「え!? 聞こえない!! 何!?」
どうやら、陽子は耳をやられてしまったようだ。
世界から音が消えてしまった彼女は、混乱していて、機銃を撃つ事を忘れている。
どうやら、ドライビングだけで、この場を切り抜けないといけないらしい。
サイハテは、ここに来るまでの、自分が見せた甘さに、強く歯を食いしばると、アクセルを踏み込んだ。うなりを上げる水素エンジンがジープを加速させる。
背後からはロケットの雨がジープ目掛けて飛んでくるが、サイハテが運転するジープは凄まじい軌道を見せて、全て回避していく。
「陽子様! 射撃を加えて下サイ! 50度の方向のビルから攻撃されていマス!」
そんな中、ハルカはなんとか陽子に射撃させようとしているが、彼女の耳は数分程不能である。
「ごめん、聞こえないの!! なんて言っているの!?」
「デスカラ! 50度の方向デス!」
「デスマスカラって何!?」
「言ってマセン!」
背後は阿鼻叫喚だ。
なんとか唇を読もうとする陽子と、なんとか言葉で砲撃を加えられている方向を教えようとしているハルカが、かみ合う訳がなかった。
それでも、こちらにはサイハテが居る、ロケット砲撃の雨霰を切り抜けて、後数秒で遮蔽物の影に入ろうとしている。
あと少しだと、集中を強めて、相手が予測する砲撃の方向を、さらに予測し返す。
「さいじょー、あと、すこし!」
運転席にしがみついたレアの声援が有り難い。
ハンドルを切って、高架道路から降り、ビルの影へと入っていく。
誰もが、砲撃を乗り切って安堵の息を吐いている中、サイハテは自分が罠にはまった事を知る。道路に敷かれた、いくつもの対戦車地雷が見えてしまったからだ。
今から減速しても間に合う訳がないとはわかっているのだが、それでもブレーキを踏まずにはいられなかった。
横滑りを起こしながらも停止しようとするジープは、あっさりと対戦車地雷を踏み抜いて、爆風と衝撃で容易く空を舞ってしまう。
陽子は銃座から外に弾き飛ばされて、力のないレアは車内を跳ね回るが、ハルカがなんとかキャッチした。
ボールのように回転するジープは、何度も地面でバウンドして、最後はビルにぶつかってようやっと横回転が止まる、しかし、横倒しになっている上に、エンジンから水素が漏れて、非常に危険な状態になっている。
「……くそったれ!」
回転しながら弾んでいた際に、どこかにぶつけたのか、額から血を流しながら、サイハテは悪態を吐く。
自分を固定しているシートベルトをナイフで切り裂き、サイハテは車内に立った。
「ハルカ、レアは無事か」
「失神していマスが、外傷はございマセン」
なんとか、レアは無事だったようだ。
不幸中の幸いに、思わずため息が出るが、生憎とゆっくりとしている暇はない。
「そうか……そっちは任せた、俺は陽子を迎えに行く」
変形してしまった車の扉をむりやりこじ開けて、サイハテは外に出る。
隠蔽が一切されていない、ただ道路にまいただけの対戦車地雷が、まだぽつぽつと残っており、陽子はその中心で倒れていた。
大規模な流血は無く、彼女もなんとか生きていると言う事が解っただけで、サイハテは安堵した。
彼女の元へと歩いていき、助け起こしてやる。
「……陽子?」
目立った外傷も無く、頭を打った形跡もない。
肘の辺りはすりむいているが、問題はなさそうだ。
声をかけてみると、瞼が動く位の反応はあるので、意識が朦朧としている位だろう。これならすぐに覚醒する。
「……サイハテ?」
薄らと目を開けた彼女が、名前を呼ぶ。
「ああ、おはよう。吹き飛ばされた気分はどうだ?」
「……サイアク」
陽子の返事を聞いて、サイハテは含み笑いを漏らした。
大分、目の焦点も合ってきており、受け答え出来る位、意識もしっかりしている。これなら移動位は出来そうだと、彼女をゆっくりと助け起こす。
立ち上がった陽子は何度かふらついたが、何度か頭を振ると、しっかりと立てるようにはなっていた。
「ジープはもう駄目ね。これからどうするの?」
廃車になってしまったジープを見た陽子は、そう評する。
「武器を集めて、ここから移動しよう。襲ってきた奴が再び攻撃してくる前に」
「うん」
少しだけ、落ち込んでいるように見えるが、特に慰めたりはしない。
お互い、軽い手傷は負ったが死んだ訳ではないし、陽子のミスらしいミスと言えば、気を抜いていた事位である。
ここでの経験が、また陽子を少し大人にしてくれるだろう。
散らばったライフルケースの中をかき集めて、壊れている物とそうでない物に分ける。
結局、無事だったのは三丁のアサルトカービンと一丁のバトルライフル、そしてボルトアクション式のスナイパーライフルが一丁位であった。
弾薬が豊富にあっても、これはよろしくない。
「西条様、どうなさいマスカ?」
それ以外に残った武装は、ハルカの所持している57mm砲と、各々が持つ拳銃位だ。サイハテお気に入りの猟銃も壊れてしまった。
「カービン一丁はハルカ、スナイパーライフルは陽子。バトルライフルは俺、残りのカービンは部品にして、俺と陽子の背嚢にいれて運ぼう」
そこまで言って、サイハテは言葉を切る。
反対意見がないか、二人の言葉を待っているが、特に無いようだ。
「食料と飲料水は最低限、弾薬を多めに運んで、飯と水は現地調達しよう。ここはまだ手付かずの廃墟が多い、何かしら見つかる可能性が高い」
確実とは言えない案ではあるが、これが最も効率的であると、サイハテは考える。
やはり、反対意見はないようで、二人は準備に取り掛かっている。気絶しているレアはハルカが運ぶようだ、彼女は疲れ知らずのロボットだから、それが最も体力配分的にはいいのだろうが、彼女の即応力が殺されてしまう、一長一短だ。
「とにかく、みんなでここから抜ける事を第一に考えて行動しよう。各員、仲間を見捨てないように」
「そんな事解ってるわよ!」
ここでの目標を話すと、陽子が怒ったように言った。
まるで、見損なうなと言わんばかりの怒声である。
サイハテはカラカラと笑うと大きく頷いて、移動する先の方向を示した。
「俺を先頭にハルカ、陽子の順で続くぞ。陽子は後部警戒、ハルカはそれの補助だ。それじゃあ出発!」
急ぎ足の出発だが、文句を言う者はいない。
再び戻ってきてしまった地で、サイハテは前に進んでいく。
長くならなかった件。