三話:スティール
今回も短いです。
サイハテのガラス玉に似た無機質な瞳が、唇を引き結んだハルカを貫いている。
たった三秒の出来事だと言うのに、永遠にも感じられる瞬間だと、ハルカは思った。
先に目を反らしたのはサイハテだった。彼はなんでもなかったかのように、機械侍女に背を向けて、作業に戻りながら、つぶやいた。
「さぁな」
そんな先の事なんて分からない、とでも言いたげな口調だ。
ハルカは一度だけこくりと頷くと、再びサイハテの手伝いに戻った。
三十分程で、バリケードは撤去し終わり、待ちくたびれていた陽子とレアが、サイハテに続いて家の中に入っていく。
その後ろ姿を見送って、機械侍女は入口に簡素なバリケードを築いた。
「ねぇねぇサイハテ。あんたハルカと何話してたの?」
二階では薄汚れたベッドのマットを干しながら、陽子がそんな事を聞いている。
「他愛のない世間話だ」
ソファーの上に積もった埃を叩いて、座る。
事実、他愛のない世間話だろう。サイハテがそう言った決断を下すのは、ずっとずっと先の事になるのだから、決断を下す事なんて出来ない。
「ふーん?」
彼の様子はいつも通りだ。
口をへの字に結んで、感情のない瞳で誰も居ない一点を見ている。
陽子はスリングで肩に担いでいたM24を下ろし、壁に立てかけると、サイハテの隣に座った。ちらりと、彼は少女を見たが、特に何を言うでもなく、視線を元の位置に戻してしまう。
「明日には、あそこに着くんでしょ?」
陽子は唐突に、そんな事を聞き出した。
彼女の視線の先には、板でふさがれた窓があり、その隙間から墓標のような街が見えている。少し前、サイハテに出会って、レアに出会い、死の恐怖を生まれて初めて感じた街でもあった。
学校に行って、銃の練習をして、アイドル活動までしていた陽子にとって、死が間近にあると言うのは、新鮮な体験であり、彼女が一歩大人に近づくきっかけにもなっている。
悪い事ばかりではなかったが、少し怖い。
「ああ、明日には着く」
それが一体どうしたのか?
サイハテはそう聞きたそうだ。
「……無事に突破できるかな?」
陽子から出た言葉は不安だった。
確かに、あの町の危険度は周囲とは比べ物にならない程危険だ。海からは巨大蟹が、地下には巨大百足がおり、そうでなくとも、バンデッドやらグールやらがうじゃうじゃいる街である。
バンデッドと言うのは、ウイルスに適応できたが変異し損ねた、いわば、寿命がないだけの人間だ。奴等には武器を使う知能があって大変に危険だ。
「なんとかするしかないだろう」
なんとかなるではなく、なんとかする。
サイハテの言葉はいつだって希望を排斥しており、現実的な言葉であった。
どうにかできなければ、死ぬしかない。厳しい言葉であるが、サイハテが居る分、大分難易度が下がったような気がする。
「そっかぁ」
陽子はそう返事をするだけだ。
なんとかすると言っているのだから、なんとかするのだろう。
「サイハテ、今夜何食べたい?」
「なんでもいい」
「…………」
相変わらず張り合いのない注文だ。
ムスッとしながらサイハテを見ていると、彼は陽子を見て、にやりと笑った。
「じゃあ女体盛り」
レアにでも盛り付けろと言っているのだろうか。
作るのは陽子であるし、盛り付けが出来る料理人は、彼女しかいない。流石のレアも泣いて嫌がりそうなので。
「却下」
した。
「まぁ、なんでもいいさ。君の作る飯はなんでも美味い」
そう言って、彼はソファから立ち上がってしまった。
武器の整備でもして、時間でもつぶしてくるのだろう。
そして、陽子は違和感を感じた。サイハテに対してではない、己に対してだ。
違和感の元凶は腰のあたり、こう、やけにスカートの中が涼しいような違和感だった。
陽子は壁際によって、自分のスカートをめくってみる、そして驚愕した。今日一番驚愕した。
「さ、サイハテ! 私のパンツ!!」
奴さんはいつの間にか盗んでいったのだ、貴方のパンツを。
次は長くなる予定