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終末世界を変態が行く  作者: 亜細万
四章:かつての街で
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総合評価1000ポイント記念小話:ジークにお嫁さんが出来るようです

1000ポイント記念だと言うのに、ただサイハテと琴音(故)がイチャイチャしているだけの話

 まだ十六歳だった頃、サイハテはジークと名乗っており、西条疾風と言う名前は、彼女と結婚するにあたって、無理矢理名付けたに過ぎない。

 彼は終生の名を、山田太郎と無難すぎるどころか、無難すぎて逆に目立つ名前にしようとしており、恋人であった女スパイ、コードネームジル・ベイカーは、彼の為に名前を考えた。


「私が東屋琴音(あずまやことのね)だから。苗字は西にすれば?」


 そう言われたので、ジークは西を起点に考える。

 西、と一言で苗字を現すのは、なんとなく地味である。それに、英霊たるバロン西の苗字を名乗っては、頭の固い上層部の怒りを買いかねない。


「……それだったら西条と名乗ろうかな」


 婚姻届けに書く苗字は決まったので、記入しておく。

 後は名前だ、西条の苗字に太郎は合わない。その名はもっと素朴な苗字に着けるべき、優しい名前なのだから。

 ジークのゲンを担いで、ゼロでもいいのだが、何かとゼロと言う数字はスパイにとって演技が悪い。自身が無に近い存在の為、そう言った名前やコードネームを嫌うのだ。


「……うーん」


 ジークは悩む、西条までは決まったが、やはりそれに合う名前なんて、彼の頭では思い浮かばなかった。

 それを見かねたジルが、名前を付けてくれる。


「だったら、疾風にすれば? しっぷうって書いて、はやてって読むの。西から吹く疾風なんて、貴方にぴったりじゃない?」


 頬を朱に染めて、殊更幸せそうに笑う彼女の笑顔は、見惚れる程だった。

 そんな笑顔を見せられたら、ジークは頬を掻いて目を反らす事しか出来ない。


「……うん。それがいいな。語呂もいい」


 頬を掻きながら、ぶっきらぼうに話す彼の事を、ジルは気に入っていた。彼がいつもよりぶっきらぼうな時は、胸に湧いた喜びに対して、照れているだけなのだから。


「うんうん! じゃあ決まりっ! 今日から私は疾風の奥さんだ! これから一生、一緒に生きていこうね」


 誰よりも幸せそうに、屈託のない笑顔を浮かべるジルは、ジークをそう呼んだ。

 こう言われては、彼もこちらの名前を呼ぶしかないと、理解しているからこその言葉だ。当然、そのまんまの意味も含めているのだが。


「ああ、よろしくな。琴音」


 呼んでみると、響きのいい名前だった。

 もう一度呼んでやりたいが、これから沢山呼ぶ機会があるのだから、今日の所は遠慮しておくことにする。


「それじゃあ、ちゃっちゃと役所に行って、式場探して、ご飯にしようね! 疾風は車を出して」

「分かった」


 テーブルの上に置いてあった鍵を取って、ジークは出立の準備を始めた。

 ジルは部屋着から余所行きの服に着替えるようだが、彼女だってスパイだ。準備に時間はかからない、化粧は必要ない位、彼女は美しいし、工作員であるならば、早着替え位は必須の技能なのだから。

 車庫から車を出そうと、庭先でのんびりと歩いていたらジルが追い抜いていく。


「……?」


 何かあったのだろうか。

 彼女は車庫のシャッターを開け、車に手をついてこう言った。


「いっちばーん!」


 思わず、笑ってしまう。

 それをやりたいが為に、わざわざ走っていったのかと、とてつもなく得意げな表情をしている彼女を見て、こんな所に自分は惚れたのだろうと、冷静に分析する。


「じゃあ、俺は二番だな」

「へっへー!」


 時折、意味のわからない行動をすることがあるジルだが、それはそれで彼女の魅力である。

 勝ってうれしいのだろう、じゃれついてくる彼女を助手席に叩き込んで、ジークは車のエンジンをかけた。

 日本にある自宅から出発して、役所を目指す道中、彼女は喋るのをやめたりはしない。


「あのねあのね、昨日近所のスーパーでもやしが一袋七円だったの」

「へぇ、随分安いな」


 彼女が言う通り七円は安い。

 素直に関心していると、喜んでいた彼女はとんでもない事を言う。


「だからね、一杯買っちゃった! 得したね!」

「……おい、まさか」


 嫌な予感しかしなかった。

 彼女の言う一杯とはそれはもう一杯なのだ。


「冷蔵庫埋まってるから、新しい冷蔵庫ほしいなー」

「…………………………マジか」


 となると、このひと月ある休暇は、毎日もやしを食べなくてはならない。

 そして、一つ疑問がある。

 二人が暮らしている家の冷蔵庫はかなり大きい、それを占有する位の量をどうやって買って、どうやって持ってきたのだろうか。


「……お前、それどうやって持って帰ったんだ? いつも行くスーパーってかなり距離があるだろう」

「え? ふつーに、自転車の荷台に乗せて持って帰ってきたよ」


 なんでそんな事を聞くのかわからないとでも言いたそうな表情だ。


「大変じゃなかったか?」

「凄く大変だった! もうやらないと思う!」


 それを買う前に気づいてくれたらどんなに有り難いかと、ジーク思う。

 もうやらない、ではなく、やる前に気づかないのが、ジルのいいところかも知れない。


「あのなぁ、ジル。お前はもう少し思慮と言う物を……」

「ジルじゃなくて琴音! こ~と~の~ね~!!」


 話を遮ってまでの、名前アピールだ。

 ジークは困ったように頬を掻いて、小さな声で返事をする。


「琴音」

「うん、よろしい」


 まるで子供好きのお姉さんのように振る舞っている彼女を見て、思わずため息と苦言を吐いた。


「……いや、だからな。お前はもう少し思慮ってものをだなぁ」

「もー、ハヤテは一々細かいなぁ」


 苦言に、ジルは唇を尖らせる。


「お前が大雑把すぎるんだよ……」


 呆れと共に、そんな言葉を吐く。


「あれくらいなら食べれるでしょ?」

「見てないからなんとも言えんよ……」


 冷蔵庫なんて、飯を作るときか、買い物に行くとき位しか見ないのだ。わかる訳がない。


「それに、私。今日からハヤテの奥さんなんだよ?」

「お、おう。唐突だな」

「もう少し優しくしても、いいと思うの。ベッドの上だけじゃなくて」

「随分人聞きの悪い事を……」


 そんなこんなを話している内に、役所に着いてしまった。

 話を中断して、駐車場に車を止めると、ジルの頭はそうそうに切り替わって、助手席から外に飛び出してしまう。


「ほら! 早く夫婦になりに行こうよ!」


 彼女は運転席の窓を叩いて、車の中で婚姻届けに不備がないか、確認しているジークを急かした。


「急かすなって、まだ役所が閉まるには早ぇよ」


 まだ午前である。

 確認し終えた婚姻届けを封筒の中に突っ込んで、ジークは運転席から出た。

 彼の隣に、ジルがちゃっかりと移動して、彼の手を握る。


「うへへへへへ、あんちゃん手ぇでかいのう」

「お前が小さいんだよ」


 よくわからないキャラになったジルの手を引いて、役所に向かう。

 こいつを提出すれば、晴れて夫婦であり、二人にとっては、新たな人生の出発点に思えている。

 胸の奥で輝く幸福感を確認して、ただの道を二人寄り添って歩いていく。

本編は7月18日に更新

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