年の差対決
この日も浜名で呉服店回りをしていた国也。
その途中、昼食をとるために喫茶店に入る。
店の奥のテーブルで食事をしていると、見たことのある男が喫茶店に入って来た。夕衣の夫の真佐雄である。
思わず気づかれないように雑誌で顔を隠す国也・・・。嫌いだから?それともライバル?
レジを挟んで反対側にあるスペースへ行く真佐雄。その後ろからもう一人歩いて行く。
ウェイトレスが真佐雄のテーブルへ行き来する。
そして一緒にいるのは・・・夕衣ではない、誰だ?
国也は見た!
真佐雄が夕衣ではない女性とお茶を飲んでいる。それも親しげに。
「なんて奴だ!」
誰かに聞かれたかもしれない、と思うほどその言葉が口から出そうだった。
仲良さそうに話をする相手の顔を見ると、これまた見覚えのある顔。
「都代川稲荷の娘だ!」
また聞かれたかもしれない。そう乃菊である。
もう食事なんてしていられない。腹が立ち、むかむかする国也である。
店を出た二人は、別々の方向に向かって歩き出した。やはり密会なのだ、と思う国也。
そして国也は、乃菊の方を追う。
乃菊の行動が許せない。夕衣とも仲良くしていた娘が、陰で夫の真佐雄とも付き合う。そのことに腹を立てる国也だ。
「君、ちょっといいかい」
乃菊が振り返る。
「何ですか?」
「君は、あの男とどういう関係なんだ」
乃菊は、表情を変えない。
「おじさんには、関係ないでしょ」
「お、おじさん・・・」
国也は腹が立ったが、考えてみればこの娘から見ればおじさんかもしれない、いやそんなことはない、まだ若いんだ、などと考えている国也。
「じゃ、行きます」
「いや待ってくれ、関係ないって、彼には奥さんがいるんだぞ!」
「知ってますよ」
「そんな男にちょっかい出していいわけないだろ!」
「だから、おじさんには関係ないでしょ」
「いや、だから、君みたいな若い娘が近づけば、その気になってしまうだろ!」
人生の先輩として、必死に忠告する国也。
「いいじゃない、その気になったって。そんなの彼の勝手でしょ」
「き、君は・・・。世の中には倫理ってものがあるんだ!それに、君にはこれからも長い人生があるんだし、そんなことをしていちゃいけないんだよ!」
そう、人生の先輩のお言葉である。
「おじさんには、関係ないって言ってるでしょ、しつこい人!」
聞く耳を持たない乃菊に対して、国也はさらに腹が立った。
「君は、大人の言うことがわからないのか?」
「私、もう22才です。自分のことに責任取れるわ!」
国也は、イライラして頭をかきむしる。
「だから・・・なんでわかってくれないかな?」
通りに車が行き交う。しばらく沈黙が続く。
「とにかく、彼にはもう会わないでくれ!」
「なんで、おじさんがそんなに出しゃばるの?」
「彼の奥さんが、可哀そうじゃないか。それに僕には、夕衣さんを守る理由があるんだ!」
正義感は誰にも負けない、と自負する国也。
「おじさん、ひょっとして、しみ抜き屋さん?」
ギクッ、なんで知ってるんだこの娘。あたふたする国也である。
「図星のようね。おじさんこそ、夕衣さんを誘惑しちゃいけませんよ、倫理に反して・・・」
「そ、そんなことしないよ・・・」
逆襲されてしまった国也である・・・。ああ、最初から負けていたか。
「残念ですが、おじさんの出番じゃないわ」
乃菊は、プイと背を向けて歩き出す。
「き、君は何なんだ!」
国也は、乃菊の肩を掴んで振り向かせる。
「おじさん、私のこと憶えてないの?」
可愛い顔の乃菊が、キッと睨みつける。
「知るもんか、今日初めて会ったのに!」
乃菊が腕を組んで首を振る。
「おじさんこそ、世間をちゃんと見て生きなきゃいけませんよ」
何のことだかわからず、キョトンとする国也。
「本屋さんで、私のことをイヤラシイ目つきで見てたのは、誰だったかなあ・・・」
そう言われて、横を向く乃菊の顔をよく見てみる。
「あ、着物を着ていたあの時の・・・」
「それに、都代川稲荷で私と夕衣さんをストーカーしてたのも、おじさんじゃないですか?」
国也は、頭が真っ白になってしまう。
「おじさんが、私に説教するなんて、十年早いわね!」
く、悔しい!気づかなかった国也の完敗である。
「い、今は、そのことじゃなく、君が、あの男といたことを・・・。あ、そうだ、君こそ、本屋の時も男といたじゃないか!」
一発逆転か、と思う国也だが、乃菊は呆れた顔をする。
「まあいいわ、それでおじさんは、夕衣さんに何かしてあげられるんですか?私は、夕衣さんの悪縁を切るための手段を探ってるんだから、邪魔しないでください!」
国也は、冷静になって考えてみる。そもそもこの娘に喰いついてることが、夕衣のためになることなのか、考え込む国也。
しかし、この娘は何者なんだ。乃菊の存在が、国也を錯乱させる。
電話が鳴る。
「乃菊ちゃん、明日の夕方、迎えに行くから温泉に行きましょ」
乃菊は、携帯電話を耳に当てながら歩いて行く。それにトボトボとついて行く国也。
「温泉ですか?」
「ええ、冠山寺温泉なんだけど、招待されたから一緒に行ってくれる?」
「私が行ってもいいんですか?」
「あなたとだったら行ってもいいって、ホテルの方に言ったの」
夕衣の明るい声を聞いて、断る理由のない乃菊。
「じゃあ、今から行って、お話を聞きます」
乃菊は、携帯電話をしまう。
「あら、まだいたんですか?」
ボケっと立っている国也に、乃菊の駄目押しの言葉。
「それじゃ、今日のバトルは終了。引き分けでいいから。おじさん、じゃあね、バイバイ!」
ついさっきまでの言い合いが嘘のように、乃菊は、笑顔で手を振り去って行く。
残された国也は、一人ポツンと立ちつくす。
「ホンとにおじさんかもしれない。あの娘にはついていけない・・・」
・・・油断していた。
「わっ!」
肩を叩かれ驚く国也。
「あのお、済みませんが、あの方どこに行かれたんですか?」
またあの赤ずくめの男である。
「またあなたですか、何なんだすかあなたは?」
男は、胸の内ポケットから名刺を出し、国也に渡す。
「最上、稲斗・・・。仲介人?」
「そうです、一応」
顔色変えずに答える赤ずくめの男、最上。
「ところで彼女なんですが、先日、ご家族が亡くなられたんです。もう少し気を使ってあげなきゃいけませんね」
国也は驚く。
「えっ、そうなんですか?でも僕は、彼女とは無関係ですから」
男は、ニヤリと笑う。
「関係ないと思っているのは、あなただけかもしれませんね」
国也は、最上の顔を見る。
「どういうことですか?」
最上は、挨拶代わりか、片手をあげて歩き出す。
「あなたとは、ご縁があるようですから、また会うでしょう」
国也は、呆然と見送った。
「気丈にしていたけれど、本当はつらかったのかもしれない。いや、あんなことしてるんだから、したたかな女なのかもしれない。いったい彼女は、何者なんだ。それに、あの男も・・・」
国也の独り言である・・・。