セッティング
2日後、
夕衣は、駅前の喫茶店に乃菊を呼び出していた。
「急だけど、明日、予定ある?」
コーヒーを一口飲んで、夕衣は乃菊に尋ねる。
「いいえ、空いてます」
「一緒に都代川稲荷へ行きましょ!」
「私とですか?」
「ええ、私、友達がいなくて・・・。乃菊ちゃんとは、年が離れているけど、友達みたいなお付き合いがしたくて・・・」
乃菊も一口コーヒーを飲む。
「光栄です。私もお店でお話しした時から、憧れの存在でしたから」
「ありがとう」
二人とも嬉しそうである。
「でも、どうして都代川稲荷なんですか?」
「人に勧められたんだけど、しばらく仕事以外で外へ出かけることがなったから、行ってみようかなって思ったの」
「いいじゃないですか、一緒に行きます」
二人は、待ち合わせ場所や時間を話し合い、夕衣は店に戻り、乃菊は帰宅した。
一方国也は、雄平の店で世間話をしていた。
「僕は、史跡や神社仏閣、それにお城なんかを見て回って、写真を撮ったりするのが趣味なんですよ」
国也は、目を輝かせて話をする。仕事以外だといつもこんな調子である。
「僕も一緒ですよ。先月は、京都に行ったついでに、東寺へ行きました」
「そうなんですか、今度一緒に行きたいですね」
「ええ、是非」
雄平も趣味のことだと行動派だ。
「あ、そうだ、明日休みなんですよね、都代川稲荷へ行きませんか?ちょうど近くへ行く予定があるんですよ」
ここぞとばかりに言ってみる。
「そうですね、しばらく行っていないし・・・。いいですよ、行きましょう」
国也は、心の中でガッツポーズをした。
「それじゃ・・・」
打ち合わせをして、店を出る国也。
「よっしゃー!セッティング良し!
都代川稲荷は、雄平の住む街と夕衣の住む街のほぼ中間にある。これで縁さえあれば、偶然出会えるはず、国也は、本物のガッツポーズをする。
ただ、世話を焼く雄平の相手である夕衣には、自分も少なからず好意を持っている。交際相手のいない国也にとっては、心中複雑な思いである。
国也と雄平は、都代川稲荷の専用駐車場へ車を停め、参道を北側から入り、門前の商店街を歩いて行く・
時期外れなので、人通りは少ない。
「あ、カメラを忘れてきちゃった。三嶋さん、先に見て回っててください。見つからなかったら電話しますから」
国也は、そう言って駐車場へ戻り、雄平は、商店街を散策しながら歩く。
その頃夕衣は、乃菊とともに原豊駅から電車に乗って、都代川駅に着いたところだ。
夕衣は、滅多にない洋服姿である。ここまでは、国也の思惑通りに事が進んでいる。
駅前の狐の像を見ながら、夕衣と乃菊も参道へと入り、突き当りで門前通りを進む。ギャラリーや民芸品店もある。
「食べ物のお店が、いっぱいありますね」
乃菊は、お腹をさすりながら、茶目っ気たっぷりの笑顔で言う。
「ああ、お腹すいちゃった」
夕衣は、乃菊のしぐさを見て笑う。
「そうね、それじゃ、あそこにしましょ」
しばらく歩いて、右手にある和食屋に二人は入る。
「私、きつねうどんにする」
「この稲荷ずしも頼みましょ」
メニューを見て会話が弾む二人。女性同士だとこんなものなんだろう・・・。
民芸品店を出た雄平は、左右の店を見ながら、そのまま都代川稲荷の正門を入り、本殿へ向かう。
その様子を見ていた国也は、二人の接触がなく少しがっかりする。
雄平の入った民芸品店の前を夕衣は通り過ぎ、雄平もまた夕衣たちの入った和食屋の前を通り過ぎてしまった。
「それにしても、あの娘は誰だろう」
店の前で腕を組む国也、邪魔をされているような気分である。
「いや、まだチャンスはある」
とりあえず、国也も空腹ではあったが、雄平を追うことにした。
「三嶋さん」
国也は、本殿の通路を歩いている雄平に追いつく。
「今、お参りを済ませたところです」
「じゃ、僕もお参りしますから、その奥の方へ行ってみてください」
国也は、宝物殿の方へ行くように勧め、自分はお参りをする。
「食事が済むまで、どうにか時間稼ぎをしなきゃ」
国也は、お参りを済ませ、再び雄平を追う。
夕衣と乃菊は、食事を済ませ、参道を歩いていた。
「美味しかったですね」
乃菊は、無邪気である。二人とも美人だが、年の差のせいか、夕衣の落ち着きが際立つ。
「ところで、ここを誰かに勧められたって言ってましたけど、誰ですか?」
夕衣は、国也の名前を出すのをためらった。
「えーっと、誰だったかしら。んー、知り合いの呉服屋さんだったかなあ?」
夕衣らしからぬ返答に、乃菊は夕衣の顔を覗き込む。
「何?」
「夕衣さん、嘘ついたでしょ。顔に書いてある」
夕衣の顔が赤くなる。
「ひょっとして、夕衣さん不倫してるの?」
ここは、小声で話す乃菊。
「してません!ただのしみ抜き屋さんだから」
「しみ抜き屋さんか、相手は・・・」
乃菊は、小走りで進む。
「だから、違うってば乃菊ちゃん!」
夕衣が追いかける。
「もうこっちへ向かってるだろう」
そう思う国也は、雄平を本殿の方へ向かわせ、塔の陰から雄平の様子をうかがう。
雄平がおみくじを引く。
「あっ!」
その向こうを本殿に向かって夕衣と乃菊が歩いて行く。
「気がついてくれ」
国也の願いも空しく、二人はお互いを気づくこともなく、雄平は出口へ向かい、夕衣はお参りをしている。
国也は、夕衣に気づかれないように雄平のところへ行った。
「三嶋さん、まだあっちにも何かありますよ」
なんとか引き留めようとうする国也。お参りを済ませば、こっちへ来るかもしれない。
「夕衣さん、あっちに狐塚があるから行きましょ」
「ええ」
乃菊が夕衣の手を引き、走り出す。
「なんだよ、またあの娘が邪魔をする!」
国也たちが行っていた方へ向かってしまう二人。今日は、ついてない。
「大野さん、もう帰りましょ」
「そ、そうですね・・・」
肩を落とし、雄平の後ろを歩く国也である。