表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/24

もう一つの出会いと・・・

今日は、浜名の街で車を走らせている国也。

「またあの店に行ってみようかな」

そう思ったのは、一度訪問したことのある呉服店だが、国也があまり好まないタイプの店である。

「社長にも会ってないし、行ってみよう」

市内のルートを済ませ、駅の東側の幹線道路を走って南へ抜ける。しばらく走るとすぐにその店は現われる。大きな看板が目立つ立派なビルの呉服店だ。

「いつもこの通りは、賑やかなんだよな」

車を裏側に走らせ、駐車場を確認。すると駐車場は満車状態。

「ああ面倒くさい、やーめた」

大きな呉服店を好まない国也、この状況にすぐさま諦めモード。路上駐車も嫌なのでそのまま脇道を抜けて南へ走る。

「このまま1号線へ出よう」

そう思ったのだが、急に用足ししたくなってしまう。

「あ、ちょうどいい」

しばらく走ると公園があり、道路脇に駐車して公園のトイレに入った。

「ああ、スッキリした」

手を上げて伸びをする国也。公園を見回すと、ベンチに和服の女性が座っている。

「綺麗な人だな」

もちろん心の中で思う。でも何だか淋しげだ。

その姿をしばらく見ていると、お互いの視線が合ってしまった。慌ててそらせるのも嫌だったので、国也は知り合いであるかのように笑顔で頭を下げる。すると女性の方も、つられたようにお辞儀をする。

「あの、ちょっといいですか?」

意外にも和服の女性の方から話しかけて来た。

「え、何?」

声には出さないが、戸惑う国也。ひょっとして自分に一目惚れしたのか、などとは思わなかったが、立ち上がって近づいてくる和服の美人で、少し陰のある女性に、緊張気味の国也は、少し後ずさりしてしまう。

「もしかしてあなたは・・・」

と言いかけたが、美しく淋しげで笑顔も綺麗な着物美人は、すぐに頭を下げる。

「ご、ごめんなさい、人違いのようです。失礼しました」

「い、いえ、僕の方こそ知り合いかと思って会釈したから間違えたんでしょ」

残念。知り合いでありたい、と思う国也である。

「いえ、昔ここで話をした幼馴染みかと思ってしまって・・・」

幼馴染みと間違えるか?白々しい嘘をつく美人で清楚な着物を着た女性だ、と国也は思う。

「失礼ですが、お茶か何かされていますか?」

「は、はい・・・」

不自然な返事をする綺麗な女性。また嘘なのかと思う国也は、続けて質問。

「ひょっとして、呉服屋さんの店員さんとか?」

「は、はい・・・」

また中途半端な返事をする女性。とことん素性を明らかにしないミステリアスな女性である。

「失礼しました。初対面で余計なことを聞いてしまって・・・」

携帯電話が鳴る。国也は、女性から離れて電話に出る。

「もしもし、大野ですが」

「先日お会いした、丘崎の三嶋です」

「あ、ど、どうも、何か?」

「頼みたい仕事が出来たので、今度こちらに来る用事のある時、寄って下さい」

「は、はい、ありがとうございます。水曜日に寄らせて頂きます」

「じゃ、よろしくお願いします」

「はい、どうも、失礼します」

国也は、お辞儀をしながら電話を切る。

「営業をされているんですか?」

美人で清楚で淋しげなよく嘘をつく和服の女性が聞いてくる。

「営業が仕事じゃないいんですが、時々してます」

なぜか照れながら頭をかく国也。

「ひょっとして、呉服関係ですか?」

「どうしてわかるんですか?」

鋭い勘を持つ和服美人だ、と思う国也。

「先ほど私のことを、お茶をしてるかとか、呉服屋の店員かとか聞かれてたので、そちらがそういう仕事に携わっているんじゃいかと・・・」

確かに聞いた。

「じゃあ、本当に呉服屋さんの店員さんでしたか」

嘘つきではなさそうな和服美人は、答えずに笑顔を見せた。

「お時間をとらせてすみませんでした。私はこれで失礼します」

着物を着て美人で清楚で、嘘つきのようでそうではなく、淋しげであるが笑顔の素敵な呉服店の店員らしい女性は、公園を出て、国也の帰り道とは反対方向、すなわち国也が走って来た方向へと歩いて行く。

「ひょっとして、あの呉服店の店員さんだったりして・・・」

国也は、営業の成果はなくても、思わぬ出会いがあったことで、ほんの少し喜びを感じた。

「わっ!」

国也が和服美人の後ろ姿を見送って振り向くと、奇妙な男がっ立っていて驚いた。

「あの方を、ご存知ですか?」

赤い髪、赤いシャツに赤いコートをはおり、赤いズボンに赤い靴をはいた奇妙な男は、国也に尋ねる。

「し、知りませんけど」

国也は、ぶっきらぼうに答える。知っていてもこんな男に言うもんか、と思う。

「そうですか、私の勘違いでしたか。じゃ、失礼します」

奇妙な男は、それだけ言って去ってしまう。

「なんなんだ、あいつは?」

常識的にも考えられないスタイルの男。関わりたくないタイプの人間だ。

国也は、車に戻り帰路につく。


二日後、国也は丘崎にいた。

「この反物のしみ、取れますか?」

「大丈夫だと思います」

俺に任せなさい!と言いたいくらいの気持ちを隠しながら、仕事の依頼を受けた。

「ところで、ダ、イ、コ、クさん。」

「ありがとうございます。そう呼んで下さい」

国也は嬉しくなった。

「何ですか?」

「ルートは、どこを回っているんですか?」

「こちらの方は、丘崎から園城、西緒を回っています」

「たいへんですね。他は?」

「原豊や浜名の方も回ってます。週2、3回ルートに出て、あとは店で仕事をしています」

「浜名もですか?」

雄平の表情が変わる。

「浜名の呉服屋さんともお付き合いあるんですか?」

「はい、何軒かありますけど」

「どこですか?」

妙に喰いついてくる。

「沢田屋さんとか、呉服の志摩さんとか、アリスさんとかですけど」

「あの、花田屋さんは、行ってないですか?」

この前行ったところだ。

「花田屋さんとは、まだお付き合いしていません」

その言葉を聞いた雄平の落胆ぶりが、国也にも伝わる。

「お知り合いですか?もし何かあれば行ってきますけど」

「いえ、いいんです。ただ、知っているかなと思って・・・」

花田屋と何か縁があるんだ、と国也は思う。

「じゃ、これ預って行きますので」

「はい、よろしくお願いします」

国也は、反物を風呂敷に入れ、店を出る。

「あの、悉皆屋さんですか?」

少し離れた所にある店の駐車場に入った時、後ろから声をかけられた。

「は、はい、しみ抜きとかやってますけど・・・」

自転車に乗った、主婦っぽい女性である。でも綺麗。最近よく美人に出会うものだ、と思う国也。

「三嶋の妹ですが、蒲橋の方ではないですか?」

兄に似て美形だと思う国也である。

「そうですけど、どうして?」

国也は、顔色を変えずに答える。

「兄が先日、同い年の業者さんに会ったって言ってたものですから、そうじゃないかと思って」

「そうですか、変な奴が来たって言ってませんでしたか?」三嶋の妹が笑う。

「いいえ、話しやすいって言ってましたよ。兄がそんなこと言うのが珍しいから、どんな人か一度お会いしたくて」

少し安心する国也。

「妹さんは、近くに住んでいるんですか?」

「これで、20分くらいかな。もらいものを届けに来たんです」

自転車で20分、やや遠い。前のかごには、袋に入った野菜。後ろの荷台には、重そうな段ボール箱を縛って走って来るなんて、たくましい女性だ、と思う国也である。

「私は結婚してるんですけど、兄は一人もんなんで、気がかりなんです」

「やさしいですね」

「たった一人の身内なんで」

少し妹の顔が曇る。それを察した国也は、話を変える。

「ところで、お兄さんと浜名の呉服屋さんと何か関係があるんですか?」

浜名と聞いて、また妹の顔が曇る。また失敗。

「私たち、子供の頃、浜名に住んでいたんです」

そうなんだ、と国也は思う。

「じゃあ、花田屋さんは知ってる?」

妹は頷く。

「私たち小学生の時に両親が亡くなって、こっちのおじさんに育てられたんです。だから兄さんも好きな同級生の子と離れ離れになってしまって、その影響なのか、いまだに結婚しないんです」

腕を組んで聞き入る国也。

「その同級生の子が、もしかして・・・」

雄平の妹はまた頷く。

「花田屋さんの娘さんです」

国也は、自分の目指す仕事を見つけたような思いになる。

「立ち入った話を聞いてしまってすみません」

妹は、首を振る。

「いいえ、こちらこそすみません。兄の相談相手になって欲しくて話したんです」

結婚してなければ、自分が妹さんの相談相手になりたい、と思う国也である。

「そうだ」

国也は、カバンから名刺を取り出す。

「何かあったら、連絡してください」

「ありがとうございます」

国也は車に乗り、見送る雄平の妹の姿をバックミラーで見ながら走り去る。




















評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ