もう一つの出会いと・・・
今日は、浜名の街で車を走らせている国也。
「またあの店に行ってみようかな」
そう思ったのは、一度訪問したことのある呉服店だが、国也があまり好まないタイプの店である。
「社長にも会ってないし、行ってみよう」
市内のルートを済ませ、駅の東側の幹線道路を走って南へ抜ける。しばらく走るとすぐにその店は現われる。大きな看板が目立つ立派なビルの呉服店だ。
「いつもこの通りは、賑やかなんだよな」
車を裏側に走らせ、駐車場を確認。すると駐車場は満車状態。
「ああ面倒くさい、やーめた」
大きな呉服店を好まない国也、この状況にすぐさま諦めモード。路上駐車も嫌なのでそのまま脇道を抜けて南へ走る。
「このまま1号線へ出よう」
そう思ったのだが、急に用足ししたくなってしまう。
「あ、ちょうどいい」
しばらく走ると公園があり、道路脇に駐車して公園のトイレに入った。
「ああ、スッキリした」
手を上げて伸びをする国也。公園を見回すと、ベンチに和服の女性が座っている。
「綺麗な人だな」
もちろん心の中で思う。でも何だか淋しげだ。
その姿をしばらく見ていると、お互いの視線が合ってしまった。慌ててそらせるのも嫌だったので、国也は知り合いであるかのように笑顔で頭を下げる。すると女性の方も、つられたようにお辞儀をする。
「あの、ちょっといいですか?」
意外にも和服の女性の方から話しかけて来た。
「え、何?」
声には出さないが、戸惑う国也。ひょっとして自分に一目惚れしたのか、などとは思わなかったが、立ち上がって近づいてくる和服の美人で、少し陰のある女性に、緊張気味の国也は、少し後ずさりしてしまう。
「もしかしてあなたは・・・」
と言いかけたが、美しく淋しげで笑顔も綺麗な着物美人は、すぐに頭を下げる。
「ご、ごめんなさい、人違いのようです。失礼しました」
「い、いえ、僕の方こそ知り合いかと思って会釈したから間違えたんでしょ」
残念。知り合いでありたい、と思う国也である。
「いえ、昔ここで話をした幼馴染みかと思ってしまって・・・」
幼馴染みと間違えるか?白々しい嘘をつく美人で清楚な着物を着た女性だ、と国也は思う。
「失礼ですが、お茶か何かされていますか?」
「は、はい・・・」
不自然な返事をする綺麗な女性。また嘘なのかと思う国也は、続けて質問。
「ひょっとして、呉服屋さんの店員さんとか?」
「は、はい・・・」
また中途半端な返事をする女性。とことん素性を明らかにしないミステリアスな女性である。
「失礼しました。初対面で余計なことを聞いてしまって・・・」
携帯電話が鳴る。国也は、女性から離れて電話に出る。
「もしもし、大野ですが」
「先日お会いした、丘崎の三嶋です」
「あ、ど、どうも、何か?」
「頼みたい仕事が出来たので、今度こちらに来る用事のある時、寄って下さい」
「は、はい、ありがとうございます。水曜日に寄らせて頂きます」
「じゃ、よろしくお願いします」
「はい、どうも、失礼します」
国也は、お辞儀をしながら電話を切る。
「営業をされているんですか?」
美人で清楚で淋しげなよく嘘をつく和服の女性が聞いてくる。
「営業が仕事じゃないいんですが、時々してます」
なぜか照れながら頭をかく国也。
「ひょっとして、呉服関係ですか?」
「どうしてわかるんですか?」
鋭い勘を持つ和服美人だ、と思う国也。
「先ほど私のことを、お茶をしてるかとか、呉服屋の店員かとか聞かれてたので、そちらがそういう仕事に携わっているんじゃいかと・・・」
確かに聞いた。
「じゃあ、本当に呉服屋さんの店員さんでしたか」
嘘つきではなさそうな和服美人は、答えずに笑顔を見せた。
「お時間をとらせてすみませんでした。私はこれで失礼します」
着物を着て美人で清楚で、嘘つきのようでそうではなく、淋しげであるが笑顔の素敵な呉服店の店員らしい女性は、公園を出て、国也の帰り道とは反対方向、すなわち国也が走って来た方向へと歩いて行く。
「ひょっとして、あの呉服店の店員さんだったりして・・・」
国也は、営業の成果はなくても、思わぬ出会いがあったことで、ほんの少し喜びを感じた。
「わっ!」
国也が和服美人の後ろ姿を見送って振り向くと、奇妙な男がっ立っていて驚いた。
「あの方を、ご存知ですか?」
赤い髪、赤いシャツに赤いコートをはおり、赤いズボンに赤い靴をはいた奇妙な男は、国也に尋ねる。
「し、知りませんけど」
国也は、ぶっきらぼうに答える。知っていてもこんな男に言うもんか、と思う。
「そうですか、私の勘違いでしたか。じゃ、失礼します」
奇妙な男は、それだけ言って去ってしまう。
「なんなんだ、あいつは?」
常識的にも考えられないスタイルの男。関わりたくないタイプの人間だ。
国也は、車に戻り帰路につく。
二日後、国也は丘崎にいた。
「この反物のしみ、取れますか?」
「大丈夫だと思います」
俺に任せなさい!と言いたいくらいの気持ちを隠しながら、仕事の依頼を受けた。
「ところで、ダ、イ、コ、クさん。」
「ありがとうございます。そう呼んで下さい」
国也は嬉しくなった。
「何ですか?」
「ルートは、どこを回っているんですか?」
「こちらの方は、丘崎から園城、西緒を回っています」
「たいへんですね。他は?」
「原豊や浜名の方も回ってます。週2、3回ルートに出て、あとは店で仕事をしています」
「浜名もですか?」
雄平の表情が変わる。
「浜名の呉服屋さんともお付き合いあるんですか?」
「はい、何軒かありますけど」
「どこですか?」
妙に喰いついてくる。
「沢田屋さんとか、呉服の志摩さんとか、アリスさんとかですけど」
「あの、花田屋さんは、行ってないですか?」
この前行ったところだ。
「花田屋さんとは、まだお付き合いしていません」
その言葉を聞いた雄平の落胆ぶりが、国也にも伝わる。
「お知り合いですか?もし何かあれば行ってきますけど」
「いえ、いいんです。ただ、知っているかなと思って・・・」
花田屋と何か縁があるんだ、と国也は思う。
「じゃ、これ預って行きますので」
「はい、よろしくお願いします」
国也は、反物を風呂敷に入れ、店を出る。
「あの、悉皆屋さんですか?」
少し離れた所にある店の駐車場に入った時、後ろから声をかけられた。
「は、はい、しみ抜きとかやってますけど・・・」
自転車に乗った、主婦っぽい女性である。でも綺麗。最近よく美人に出会うものだ、と思う国也。
「三嶋の妹ですが、蒲橋の方ではないですか?」
兄に似て美形だと思う国也である。
「そうですけど、どうして?」
国也は、顔色を変えずに答える。
「兄が先日、同い年の業者さんに会ったって言ってたものですから、そうじゃないかと思って」
「そうですか、変な奴が来たって言ってませんでしたか?」三嶋の妹が笑う。
「いいえ、話しやすいって言ってましたよ。兄がそんなこと言うのが珍しいから、どんな人か一度お会いしたくて」
少し安心する国也。
「妹さんは、近くに住んでいるんですか?」
「これで、20分くらいかな。もらいものを届けに来たんです」
自転車で20分、やや遠い。前のかごには、袋に入った野菜。後ろの荷台には、重そうな段ボール箱を縛って走って来るなんて、たくましい女性だ、と思う国也である。
「私は結婚してるんですけど、兄は一人もんなんで、気がかりなんです」
「やさしいですね」
「たった一人の身内なんで」
少し妹の顔が曇る。それを察した国也は、話を変える。
「ところで、お兄さんと浜名の呉服屋さんと何か関係があるんですか?」
浜名と聞いて、また妹の顔が曇る。また失敗。
「私たち、子供の頃、浜名に住んでいたんです」
そうなんだ、と国也は思う。
「じゃあ、花田屋さんは知ってる?」
妹は頷く。
「私たち小学生の時に両親が亡くなって、こっちのおじさんに育てられたんです。だから兄さんも好きな同級生の子と離れ離れになってしまって、その影響なのか、いまだに結婚しないんです」
腕を組んで聞き入る国也。
「その同級生の子が、もしかして・・・」
雄平の妹はまた頷く。
「花田屋さんの娘さんです」
国也は、自分の目指す仕事を見つけたような思いになる。
「立ち入った話を聞いてしまってすみません」
妹は、首を振る。
「いいえ、こちらこそすみません。兄の相談相手になって欲しくて話したんです」
結婚してなければ、自分が妹さんの相談相手になりたい、と思う国也である。
「そうだ」
国也は、カバンから名刺を取り出す。
「何かあったら、連絡してください」
「ありがとうございます」
国也は車に乗り、見送る雄平の妹の姿をバックミラーで見ながら走り去る。