訪問者
一月後。
「ふう・・・」
国也はため息をつく。クリーニングを終えた着物を干しながら、時々ため息をついてしまうのである。
「もう少し気合いを入れて仕事しなさいよ。彼女に振られたみたいに、この一月くらい、ずっとそんな調子じゃないかい」
国也は、またため息をつく。
「その通りだよ。振られたんだよ!」
声に出さないで言い返す国也。
「こんにちは」
店の受付の方に来客だ。
「さっさと出といで」
仕事の手を止めて、受付に出た国也は驚く。乃菊だったのだ・・・。
「何しに来たんだい?」
そっけなく言う国也。
「ここで働きたいんですが・・・」
国也は唖然とする。
数日前・・・。
乃菊は、百貨店の5階のカフェでコーヒーを飲んでいた。
「座っていいかな?」
赤ずくめの男、最上である。
「迷惑だけど、もう座ってるじゃないですか」
周りの客も、最上をジロジロと見ている。
「その格好で恥ずかしくないんですか?」
はっきりと言う乃菊。
「注目されるのが、快感なんですよ」
乃菊は閉口する。
「ところで、一人旅は済んだんですか?」
最上が聞く。
「どうして知ってるんですか?」
乃菊は、動揺する。
「まあ、いいじゃないですか。それより、これからどうするんですか?」
最上が聞く。
「どうするって・・・?」
乃菊が聞き返す。
「彼には、会わないんですか?」
最上がまた聞く。
「彼って、おじさんのこと?」
乃菊が聞き返す。
「他に誰かいるんですか?」
乃菊は黙る。
「自分に関わると、彼にも害が及ぶんじゃないかって、気を使ってるんですよね。いじらしいなあ・・・」
図星である。この男は何者なのかと、改めて思う乃菊。
「そう思っていても、君には彼が必要なんだよ」
最上が指摘する。
「どうしてあなたに、そんなことがわかるんですか?」
最上は、タブレットを乃菊にチラッと見せる。
「これに載ってるんですよね。君を助けられるのは、彼だけだと・・・」
乃菊が見ようとすると、最上はさっさとタブレットを懐に入れる。
「とにかく、君は一人じゃいけない、わかるね。それが君の運命だし、君と彼の縁なんだよ」
最上はスッと立ち上がり、カフェを出て行く。周りの客もその姿を目で追う。
乃菊は、閉店までカフェで考え込んだ。
「き、君が、どうして?」
国也が聞く。
「ここで働きたいんです」
今までのことがなかったかのように、普通に応える乃菊。
二人の会話を聞いていた雲江が、すぐに仕事場から受付に出て来た。
「さあ、お入り。話は私が聞くよ」
雲江が国也の前に立つ。
「か、母さん!」
国也が雲江の肩を掴む。
「何か問題でもあるの。人手は必要だと思ってたし、こんな若い子がここで働きたいなんて、10年に1度くらいの快挙だよ、ちゃんと話を聞かなきゃ」
雲江は、国也の手を払い、作業場の隣の事務所に乃菊を招き入れた。国也はあたふたしながらついて行く。
とんとん拍子に話は進み、乃菊はここで働くことになる。
「仕立ても勉強中なら、続けられるようにするよ」
雲江の頭の回転は、とにかく早い。
「ところで私、まだ住むところを見つけてないんです・・・」
雲江は、すぐに閃き答えを出す。
「探さなくていいよ。うちに空いてる部屋があるから、今日から住み込みで働きなさい」
雲江が即決する。
「か、母さん!」
とんでもない提案に驚く国也。
「いいんですか?」
笑顔になる乃菊。
「給料は安くて、たくさん働いてもらえるじゃない」
何て言う母親だ。いや事業主だ。
「そんなの労働基準局に訴えられるよ」
と国也が訴える。
「そんなことする?」
雲江が乃菊に聞く。
「いいえ、身内だと思って頂ければ、何時間でも働きます」
乃菊も調子よく答える。
「可愛い子だねえ。よろしく頼むよ」
乃菊の手を取り、握手をする雲江。
「母さん、勝手に決めないでよ」
自分をそっちのけの決定に戸惑う国也。
「何言ってるんだい、ここの経営者は、私だよ!」
勝手な経営者に国也は閉口する。
事務所を出ると通路を挟んで母屋がある。雲江は乃菊を連れて行き、玄関で待たせ、事務所へ戻る。
「あの子が来ることは、予感してたよ」
雲江が言う。
「ホントに?彼女を知ってたの?」
国也が聞く。
「初めて会ったよ。でも、あの子とお前とは縁があるんだよ!」
雲江は、一人で満足している。
「どんな?」
国也は、人の縁を結ぶことには関心があるが、自分の縁のことは、ほとんど考えない。
「いつかわかるよ」
そう言うと、雲江はまた母屋に戻った。
「こっちへ来て」
雲江は、乃菊を2階へ連れて行く。
「名前は、何て言うの?」
まだ聞いていなかったんだ。
「菊野、乃菊です」
乃菊が答える。
「可愛い名前だね。家族だと思って遠慮なくここにいてね」
階段を上がって、三部屋あるうちの一部屋の扉を開ける。
「ここを使いなさい。荷物を置いたら下の居間へ来て」
そう言うと、雲江は部屋を出る。
何だか用意されていた部屋のように感じる乃菊。カバンを机の上に置き、中から古い布袋を取り出す。
「私も、あの人たちも守ってください・・・」
乃菊は、布袋に入っていた石のペンダントを握り、目を閉じて祈る。
国也と乃菊の奇妙な関係の物語が、ここから再スタートするのである・・・。
出会い編は、これで終了。これからまた次のエピソードへと続いて行きます。菊野大国は、第二弾、第三弾と展開していく予定ですので、少しでも多くの人に読んでもらいたいし、少しでも進歩するように努力していきたいと思いますので、よろしくお願いします。