乃菊の危機
国也がキトウ呉服店へ向かっている頃、乃菊は木頭三千彦と対峙していた。
「お前は、誰だ?」
不敵に笑う三千彦。
「22年前、あなたに殺された、菊野太智の娘よ!」
三千彦は立ち上がり、机のところへ行き、引き出しを開ける。
「目障りな店は、皆潰れてしまう。私の辞書には、そう書いてあるんだ・・・」
引き出しに入っている紐を、ポケットに忍ばせる三千彦。
「私の店が繁盛するためには、お前の父親は邪魔者で、死ぬべき男だった。だから殺したんだよ」
乃菊は拳を強く握り締める。
「何て人間なの、あなたって人は!」
三千彦はソファの横まで歩いてくる。
「だが私は、何もしていないし、証拠も何一つないさ。あはははは!」
三千彦がまた笑う。
「あなたが裏で手引きしていたことは、あの男が捕まればわかることよ!」
乃菊が三千彦を睨む。
「捕まればの話だろ、そんなことは起こらないさ。電話をしてきた男も今頃・・・。フフフ、今まで何度も邪魔ものは消して来たんだ」
乃菊は唇を噛む。
「お父さんたちを殺したあなたが、何年ものさばって来たなんて許されない!きっと私が死刑台に送ってやるわ!」
そう言う乃菊に、三千彦がゆっくり近づいてくる。
「この小娘が、出しゃばった真似をしおって!」
三千彦は黒い革の手袋をはめ、ポケットから紐を取り出す。
乃菊は三千彦から発する殺気に、思わず後ずさりする。
「殺しを人任せにするだけじゃないんだぞ、時には自分の手で・・・」
乃菊を睨む三千彦の眼は、ワニのように瞳が細く、ニヤリと笑う口から出る舌は、蛇のように二つに割れている。
「この男は・・・」
乃菊は後ろに下がる。しかし三千彦がスッと乃菊に近づき、腕をとった。
「何するの!」
逃げようとした乃菊だが、怪我が完治していない身体のせいだろう、いつものように小気味よく行動出来ない。三千彦は乃菊の首に素早く紐をかけ、後ろに回って強く引く。
「ううっ!」
年はとっていても男である。乃菊が両手で紐を外そうともがくが、いっこうに外せない。
「お前は、親の後を追って、自殺したという段取りでいいだろう・・・」
強く絞められ呼吸は出来ない。かかとで三千彦の足を蹴るが効かない。苦痛で眼も開けられず、しだいに意識が朦朧としてくる。
「おじさんを待ってれば良かった・・・」
紐を掴む乃菊の手が、しだいに首から離れて行く。
10分前。
乃菊は、キトウ呉服店の近くで国也を待っていた。
「あっ、あれは木頭・・・」
店の前に女連れで現れた三千彦が、財布から札束を取り出し、派手な洋服を着た女に渡す。
「何も危機感を持っていないんだ、あいつ・・・」
女は手を振って去って行く。
「もう我慢できない!」
乃菊は、店に入って行く三千彦を追うように、歩き出してしまう。
三千彦が社長室のソファに座ると、すぐに乃菊が入って来た。
「この人殺しジジイ!」
仁王立ちの乃菊。
「このまま死んじゃうんだ、私・・・」
消えて行く意識の中で、乃菊は死を覚悟する。
「お、じ、さ、ん、さよ・・・」
乃菊の手がだらりと下りる。
「馬鹿な女だ、わざわざ死にに来るとは・・・」
三千彦は、念を押すように紐をさらに強く引く。
「乃菊ちゃん!」
国也が息を切らして入って来る。
「うわっ!」
国也に向かって人が飛んで来た。思わず身体を伏せて避ける国也。
「乃菊ちゃ・・・」
国也は言葉を失う・・・。